9.クラスのアイドルと陸上部エースの関係

 姫愛奈は政臣に翼との関係を話し始めた。


「私が陸上部のマネージャーをやってたのは知ってるでしょ?」

「うん。一年の頃は先輩に告白されまくってたって聞いてるよ。でも選んだのは同じクラスの門倉だったってことウッ!?」

 

 姫愛奈は政臣の脇腹に鋭いチョップを食らわせた。


「あの時も言ったでしょ。向こうが勝手にその気になっただけって」

「う~ん、そこがイマイチ分かんないな。何で門倉は『その気』になったの?」

「あの馬鹿は一年の時から期待されててね。まあ親が有名な陸上の選手だから仕方がないけど」


 翼の父親はオリンピックにも出場したことがある陸上選手だった。そんな父親からの教育を受けた翼は、小学生の頃から様々な大会で好成績を残していた。アニメやゲームの方が好きな政臣にとってはただ走ったり障害物を越えたりすることの何が人々を熱狂させるのかよく理解出来なかったが、それは姫愛奈も同じだったらしい。


「じゃあ何で陸上部のマネージャーなんかしてたの?」

「元々は昔からやってたバトミントンのマネージャーをしたかったんだけど、紙一重のところで締め切られちゃって。そこで陸上部のマネージャーはどうだって言われたの。その時は特に何も考えずに承諾したわ」


 部員の事は特に何とも思っていなかったし、彼らが目指す目標にもまるで興味が無かったが、課された仕事は完璧にこなしたいという生来の性格もあり、姫愛奈は思いの外精力的にマネージャーの役割をこなしていた。


「競技自体に興味は無かったけど、みんなからの人気を維持するには良い材料だったわ。適当な笑顔を作ってスポーツ飲料渡すと、飛び上がって喜ぶんだもの」


 姫愛奈と翼の関係が──少なくとも翼視点では──変わり始めたのは一年の夏、陸上競技会の一年生大会に翼が出場した時だった。全国大会常連の星歌高校には期待が寄せられ、特に翼は人並み以上の才能を発揮していた為、少数ながらメディアからの関心を集めていた。


「そういえば白神さんも美少女マネージャーって感じで新聞に出てたね」

「私にとっては黒歴史だわ。それで、その大会でアイツは陸上競技の花形とかって言われてる百メートルに出場したの。で、大方の予想は翼がぶっちぎりで一位って感じだったんだけど、なんと大会初出場の高校のやつが翼を僅差で追い抜いてね。翼は二位になったの」

「二位でもすごいんじゃないの?」

「スポーツをやらない人の論理ね。まあ私もそう思ったけど、翼は見たこともないほどに落ち込んでね。みんなが声を掛けられないくらいだったわ」


 政臣はピンと来た。


「そこで白神さんがなぐさめたわけだ」

「そう。私としては『面倒見の良いマネージャー』を演じたつもりだったんだけど、どうもアイツの琴線に触れちゃったみたいね」

「まあ、傷心しているところに白神さんみたいな美少女になぐさめられたら誰だってコロッと落ちると思うけどね」

「からかってるの?」

「いいや」


 姫愛奈から見て、それはただの励ましで、特別な気持ちはこもっていなかった。だが、政臣の言う通り翼は恋に落ちた。姫愛奈が気が付いた時には、二人は付き合っていることになっていたらしい。


「私としては特に付き合っていると思われるようなことはしてなかったんだけどね」

「一緒に帰るとか、二人きりになるようなことしてた?」

「住んでたマンションとアイツの家が近かったし、確か三回くらい何かの偶然が重なって二人だけで帰った記憶があるわ。あとマンションにみんなを招いたり、他の人の家に遊びに行くときはアイツがいたわね」

「……なんか微妙だな」

「私がいたグループではしょっちゅうからかわれたわ。しゃくだったけどみんなとの関係維持が優先だったから我慢してたわ。アイツったら許可も無しに肩触ったりしてホントに気持ち悪かったわ」

「ふーん……」


 政臣の反応の悪さに姫愛奈は不満を表す。


「何よ」

「いや、割とくだらないなって……」


 姫愛奈の拳を政臣は受け止める。


「待って待って。冷静に考えれば全くくだらないってことが分かるでしょ」

「当事者じゃないから言える事でしょ。あなたも同じ目にあったら分かるわ」

「あいにくそんな目にあうとは思えないね。そもそも告白された事なんて一度も無い」

「かわいそ」

「どうも」 


 姫愛奈はルルクスに言って水を取ってこさせる。グラスに注がれた水を一気に飲み干し、口を拭う。


「とにかく、アイツに恋愛感情なんてものは一切持ってないわ。まあ、会ったら取りあえずぶった斬ってやろうと思ってるけど」

「きっと説得してくるよ?あの陽キャグループも一丸になって」

「考えただけでイライラする……いや……そうだ、良いこと思い付いた」

「何?」

「青天目くん、私と付き合って」


 一瞬の間。


「……はい?」

「アイツらに諦めてもらう一番の方法だわ。別に恋愛感情がなくても付き合いは成立するでしょ? そうよ、あなたが私を奪ったって構図にでもすれば良いじゃない」

「いやそうなると俺がクラスの敵になるよね!? ラノベでいう『学園一の美人と付き合っているのがバレて、男子たちに嫌がらせをされる陰キャ主人公』みたいになるんだけど!?」

「クリスタル攻撃と指鉄砲で全部なんとかなるでしょ。それにどうせずっと一緒なんだし、なるべく良好な関係を築くきっかけが必要でしょ?」

「う~ん、まあ、そうだけど……」


 政臣はどうするべきか迷っていた。


 こんな美少女とずっと一緒にいられて、しかも付き合えるなんてこれ以上無い僥倖ぎょうこうだと思うが、性格にクセがありすぎる。しかも付き合うとなったらいずれ再会するクラスメイトになんと思われるか知れたものではない。ひょっとすると〈憎悪〉を司るアマゼレブにとっては好都合なのかもしれない。アマゼレブは何故か黙ったままだ。きっとアマゼレブは憎悪を向けられる姿が見たいのだろう。まったくもって悪の神だ。しかし、ここで断ったりしてアマゼレブの機嫌を少しでも損ねたら、契約を無下にされるかもしれない。


「……まあ、良いか。何より美人だし。性格の面は我慢してあげるよ」

「何よそれ。生意気なんだから。まあ良いわ。それじゃあこの際呼び方も変えましょう。お互い名前で呼び合うの」

「別に今まで通りでも良いんじゃない?」

付き合うのよ。カップルは他人行儀な呼び方はしないわ。だからあなたも私を名前で呼んでね、政臣くん?」


 政臣は目を丸くして姫愛奈を見つめた。


「何?」

「いや、ラブコメだとヒロインに名前を呼ばれて主人公がドキッとする、なんて展開があるんだけど、そこまでドキッとしなかったな……」

「そりゃお互いに恋愛感情が無いからでしょ」

「そういうことか。なら改めてよろしく、姫愛奈さん」

『さん付けは他人行儀だと思うがな』


 ここに来てようやくアマゼレブが言葉を発した。


『まあ良い。これでお前たちの間に心の障壁が生まれる可能性は少なくなった。それでだ。私から昨夜遭遇した敵について話がある』

「急に改まってどうしたの」

「結論から言わせてもらうと、最低でも一人、『善』の連中の誰かがあの敵におせっかいを焼いている可能性がある』


 アマゼレブの言葉で弛緩しかんしていた空気が一気に緊張感で満たされる。


「根拠は?」

『一番の根拠はお前たちが襲撃を受けたことだ。私は転移魔法へ介入し、お前たちをクラスメイトから引き離したわけだが、お前たちを召喚した者たちには『魔法の効果が完全に発動しなかっただけ』という風に見えているはずなのだ。それにお前たちの見た目を変えたのは万が一にも正体が悟られない為だ。しかしあの白装束の小娘はお前たちの正体が分かっていた。この世界の者がお前たちの存在を知る方法といえば、私が教えるか私以外のおせっかいな神が教えるか、二つに一つだ』

「アンタが教えたに一票」

『そういう回りくどい方法は面倒でな。それに今のところお前たちの周囲に介入するのが精一杯だ。神といってもやれることに制限があるのだ』

「じゃあ……アンタ以外の神がアンタの悪巧みを察知して妨害に動き出したって事か?心当たりは?」

『ありすぎて目星がつけられん。私は『善』のやつらに目の敵にされているからな』


 どちらにせよ面倒な事だ。二人はそう思った。


「これはクラスの連中に話したりしてるのかな?」

「さあ。でもなるべく早くオセアディアに向かった方が良いわね」


 

 

 

 


 


 


 


 

 

 

 

 


 

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