3.厨二病な軍服と蠱惑的な戦闘服

『よし。そうと決まればお前たちに〈祝福〉を与えてやろう。向こうの世界の住人に傷つけられないようにな』


 石像の放つ光が強みを増した。二人は眩しさに思わず手で目元を隠す。光の強さが元に戻ったところでアマゼレブが言った。


『お前たちの身体能力と反射神経、動体視力やスタミナを底上げした。魔法に対する耐性も最上級のモノにしてやったぞ。もちろん物理的な攻撃に対してもだ』


 政臣は手を軽く握りしめがら言った。


「はえ~。そんな感じはしないけど……って白神さん!?」

「ん?何?──ちょ、青天目くん!?」

「髪と瞳の色が変だよ!?」

「それはあなたも同じよ!」

『気付いたか。まずは雰囲気から入らないとな。勝手だがお前たちの姿を少し変えさせてもらったぞ』


 二人は互いの見た目の変化に開いた口が塞がらなかった。政臣は銀髪碧眼に、姫愛奈は金髪に瞳が赤くなっていたからである。


「そっちの方が格好良いわね」


 冷静さを取り戻した姫愛奈が優雅に髪をなびかせながら政臣を褒めた。


「えっ、まじで?白神さんもますます可愛くなってますよ」


 と言い返してみたものの、やはり恥ずかしかったのか政臣は頬を赤らめた。


「あ、いや……今の無しで」

「全く、これだから童貞は……」

『ついでに悪の幹部っぽい衣装も用意したぞ』

「ノリノリだな、あんた」

『確かに思いつきではあるがそれなりに準備をしたんだぞ。まあ見てみろ』


 突然、二人の制服が赤いパーティクルと共に『悪の幹部っぽい衣装』に置換されていく。


『どうだ?』

「……厨二病かな?」


 政臣の衣装は黒を基調とした軍服のような服だった。


「なんだかネットで見たナ○ス親衛隊の制服みたいだな……何なんだ、この腕章。しかもこの帽子、制帽ってやつだな。完全に厨二病軍隊の士官服だろこれ──」

「な、な、何なのこの衣装!?どう考えてもハレンチでしょ!」

「えっ?どういう──ッ!」


 わなわな震える姫愛奈の姿を見た政臣は愕然とした。

 

 姫愛奈の衣装は政臣と同じく黒が基本色のワンピースのようなゴスロリ風戦闘服だった。アームガードにオフショルダー、赤い透けたフリルが特徴的なミニスカートにストッキングがずり落ちるのを防ぐガーターベルトが妖艶な雰囲気を醸し出している。そして何より政臣の目を引いたのは胸開きの衣装だということ。姫愛奈の大きめの谷間が露出していた。


「ちょっと、ジロジロ見ないで」

「うん? いやいや見てない見てない」

「変なこと考えてないわよね」

「大丈夫大丈夫。確かに蠱惑こわく的だけど襲ったりはしないから。まあ胸元が見えてるのはエッチな気がするけどグブッ!?」


 政臣は姫愛奈の強烈なパンチをみぞおちに食らった。


「で、何でこんな男の欲望の塊みたいな服なの?」


 姫愛奈は石像を睨み付けた。


『いや、結構動きやすい戦闘服なんだぞ? それにそいつは私の眷属である堕天使共が着ているのよりグレードが上のやつなんだが……』

「まあまあ白神さん。いかにもアニメやゲームの敵キャラって感じがして雰囲気出てるよ。それに大鎌持ったら完璧だね」

「そういうキャラ設定要らないわよ!」

『ん? お前の武器は大鎌だぞ? エネルギー刃を放って遠距離攻撃も出来る優れものだ。ほれ!』


 姫愛奈の手元に姫愛奈の身長ほどの大鎌が現れた。


「ウソ、私が近距離担当なの!?」

『そして政臣、お前は神代じんだいの魔法を使えるようにしてやったぞ。手のひらを前に突き出して、何か鋭利な物をイメージしてみろ』


 政臣は言われた通りに手のひらを突き出し、ナイフを頭の中に思い浮かべた。すると手のひらから紫色の先端が尖ったクリスタルが現れ、弾丸並みの速さで石像に命中した。


『ちょ、待て、こっちに向かって撃つな──』

「すごい! 指鉄砲の形にすると弾丸みたいなの撃てる!」


 政臣はアマゼレブの話を聞かず両手の指をピストルの形にして洞窟中に乱射し始めた。


「止めなさい! 『弾』が跳弾してるわよ!」

『おい、石像に当たりまくって……のわーッ!?』


 弾に耐えきれなくなったのか、アマゼレブの石像が崩れ落ちた。石像の頭が跳ねて二人の前に転がってくる。


「普通に壊れる物なの!?」

『──『自己』を認識してもうどれくらい経ったのか分からないが……こんな仕打ちを受けたのは初めてだ……。いくら石像に意識だけ移しているとはいえ、この扱いは無いぞ』

「すんません。契約はしっかり果たすんで」


 石像の頭を拾い上げて政臣は言った。


『クソ、能力を与えたのは間違いだった気がする……』



******



『よし、大体の準備は出来たな』


 瓦礫が積まれた祭壇の上にちょこんと乗っている石像の頭部が言った。二人は戦闘服から学校の制服へ着替えていた。しかも転移後に怪しまれないよう、アマゼレブによってカスタマイズが施されている。


『お前たちの仲間やその関係者にはバレるかもしれんが、取りあえずはそれで溶け込めるだろう』

「……すごい微妙なカスタマイズ。街に行ったらまず私服を買いましょう」


 服を検分しながら姫愛奈が言った。


「賛成」

『そうか。なら金は現地で調達しろよ』

「はっ!? 無限にお金が出てくる財布とかちょうだいよ!」

『何でも収納出来るポーチくらいなら貸してやってもいいが、さすがに金ばかりは無理だ。そもそも現地の通貨がどんなものなのか分からん。確かにお前たちの同行は見ていられるが、いちいち干渉することは出来ん。眷属を送ったり人の形を模した像を介して会話するくらいが限度だ』

「面倒だなぁ……」


 遠い目をして政臣が呟いた。


『大丈夫だ。現地でお前たちに敵う相手と言ったら、強いてお前たちの仲間くらいだ。それ以外は有象無象に過ぎん。住人を殺してそっくりそのまま金品を奪ってしまっても良いんだぞ?』

「いや、そこまではしたくないな……」

『何を言ってる。お前たちは〈憎悪〉を司るこの私の眷属なのだぞ。世界に憎悪を振り撒いてもらわねば』

「都合よく司る権能を変えるのやめなさいよ。あなたの暇つぶしには付き合ってあげるけど、向こうに行ったらある程度は好きにさせてもらうわよ」

『構わん構わん。私にとって時間というのは無限にあるものだからな。それにお前たちも一時的に不老の体になっているからな。言うなればもう人間ではない。仲間たちはどうかは知らんが、お前たちは何年経っても今の姿のままだ。どんなに時間を掛けてもいいぞ』


 「もう人間ではない」という言葉に二人は若干の衝撃を受けるが、平静を装う。


「じゃあ、ゆっくりやらせてもらうわ」


 姫愛奈は手をひらひらさせて気だるそうに言った。


「──よし」


 二人は裂け目の前に立った。


『術式をいじったせいでどこに飛び出すかは分からん。まあ、大丈夫だろうが。私と話したいときはさっきも言ったように人の形を模した像に話しかけろ』

「はいはい」


 二人はアマゼレブの話をほとんど聞いていなかった。頭の中にあるのはまだ見ぬ世界への期待だった。二人は同時に手を伸ばし、裂け目に触れた。目の前に光が広がり、身体が思い切り引っ張られるような感覚が──


「あっ、ちょっ、意外と地面と離れてるッ!」


 裂け目が開いたのは地面と三メートルほど離れた位置だった。政臣は着々に失敗し地面に激突する。


「イタタ……そうか、防ぐのは攻撃であってこういうやつではごぼおッ!?」


 うつ伏せになっていた政臣の背中に姫愛奈が落ちてきた。


「あら、クッションになってくれたの? 優しいのね」

「てめえこの野郎」

「青天目くんって女の子に痛くされるのが好きじゃないの?」

「そっちの趣味は無い!」

「ホントに~? さっきの腹パンもくせになったんじゃ……ちょっと何、この臭い」


 二人が転移したのは周囲を森に囲まれた広場のような場所だった。辺りを見回すと、それほど離れていない場所から煙が立っているのが見えた。


「山火事!?」

「異世界に転移して初めてのイベントが山火事って、どういう──」


 政臣がそこまで言いかけた時、煙の立つ方角から銃声が聞こえた。戦争モノやアクションモノの映画によくある遠くの銃声音。二人はお互いの顔を見合わせた。


「……どうする?明らかにヤバイよ。もし行く気なら──」

「大丈夫よ。アマゼレブアイツの〈祝福〉がちゃんと機能するか確かめないと」


 二人はアマゼレブに教えられた通り、戦闘服に着替える時に唱えるフレーズを口にした。


「メタモルフォーシス!」


 二人の服が一瞬で赤いパーティクルに包まれ、戦闘服に変わった。


大鎌よファルクス!」


 姫愛奈は大鎌を喚び出し、戦闘体勢に入った。


「さあ実戦よ。私たちの力を見せつけてやりましょう」


 自分自身に言い聞かせるように姫愛奈が呟き、政臣はうなずく。二人は煙の出所に向かって森に飛び込んだ。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

 


 





 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

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