2.悪役向きの二人

「〈カルマ〉というのは……?」

『うーむ。まあ簡単に言うとだな、お前たち定命の者それぞれにある『善悪の評価基準』だな。その個人が善と悪のどちらに寄っているかを表す便利な代物だ。お前たち定命の者によって善悪の概念が出来てから考え出されたものだ。我々はこのカルマに沿ってお前たちを善か悪か見極める』

「でも、どうやって判断してるの?数字とかで分かるの?」

『カルマは色分けされている。善に寄るほど明るい色、悪に寄るほど暗い色といった感じでな。お前たちのカルマはそこらの定命の者共と比べるとかなり黒いぞ。お前たちの言葉では『無自覚な悪意』だとか、そんな風に言うのか?お前たち自身は自覚できてないだろう。しかしその片鱗は覗かせているはずだな。お前たち、クラスメイトの事をどう思っている?』

「は?友達だろ」

「そうね。良い友人よ」

『嘘をつくな』


 先ほどよりもずっと冷めた声音でアマゼレブは言った。


『お前たちの考えていることはお見通しだぞ。お前たちは私の話を信用するか否か迷っているだろう。だがそれと同時に既に『不老不死』というものに惹かれている。不老不死というのは、つまり今の肉体年齢のままなのか、それとも何か自分たちに不利益のある形で取引に応じるのでは……とな。お前たちは賢いな。だが安心しろ。私は〈契約〉を司る。書面での契約でも口約束であっても、一度取引すればその通りに履行しなければならない。これは不文律なのだ。まあ安心しろ。私の眷属は考えることを知らん人形ばかりだからな。そろそろ自律する眷属が欲しいと思っていた所だ』

「……不老不死以外で何か叶えてくれないの?」

「まあ、不老不死以外でも良いぞ。ただし、契約の権能はどんな願いでも叶えられる類のものではないということを考慮に入れてほしい」

「……」

「じゃあ、不老不死じゃなくて、元の世界に戻す、ってのは?」


 異世界転移系のラノベだと、物語のボスを倒して仲間たちと一緒に元の世界に戻る、という筋書きのものが多い。政臣はその点が気になって尋ねた。


「悪いが契約の権能で世界をまたぐことは出来ない」

「なら、俺らを召喚した魔法か何かで戻るのは?」

『理論上は可能だ。だが世界間の移動を前提とした転移魔法は転移させる対象をランダムに決める。からお前たちの世界とお前たちが選ばれたのは全くの偶然だ。正直言って、元の世界を『当てる』まで魔法を行使し続けるのは不毛だぞ』


 二人はまた黙って考え込む。事実上元の世界に戻るのは不可能と言われた今、どうするべきか。アマゼレブの話を鵜呑みすれば、自分たちは非人間の亜人──おそらくエルフとかドワーフとか獣人とか──と戦う為の『勇者』として召喚されたのだ。だが、現地で何と呼ばれようともそれは『兵器』だ。転移先の時代が自分たちの世界のどのくらいの時代なのかはまだ分からないが、誰かに指図されて殺しをするのは嫌だ。そもそも亜人側が『悪』なのかどうかすら怪しい。さっきアマゼレブは自分たちの世界にも亜人や魔物がいたと取れる発言をしていた。そしてそれらを絶滅して人間だけの世界にしたとも。転移先の世界の人間も同じ目標を掲げて亜人たちと戦争をしているとしたら──。


「──ちょっと質問なんだけど、みんなはどうしているのかしら?」

『様子が気になるか。よし、見せてやろう』


 二人の目の前の空間が裂け、その裂け目に映像が出る。よくあるファンタジーもののアニメやゲームに出てくる衣装を身にまとったクラスメイトが映っている。


『見る限りお前たちの仲間は状況を受け入れて戦うことにしたようだな』


 映像が切り替わり、闘技場のような場所で剣を振ったり、杖から火球を繰り出すクラスメイトたちが見える。よくある戦闘訓練の風景だった。


「マジかよ……」

「ちょっと、私たちのことは?」

『この様子を見るに召喚した人間共が誤魔化したようだな。向こうには私が干渉したことは分からないから、単に『あまり上手くいかなかった』ということで済ませているようだ』

「なんて適当な……」


 そこで政臣は映像に映っているものを見てあることに気が付いた。


「ちょっと待て。今、画面の端に兵士みたいな人が見えたけど、なんか銃持ってなかった?戦車らしきものも見えるんだけど、文明レベルどうなってんの?」

『技術力はお前たちのよりも劣っているが、魔法でそれをカバーしているようだな。お前たちの世界には魔法が無いからよく分からないだろうが、技術力に不可能な部分を魔法で補っているお陰で文明レベルはお前たちの世界の数十年前程度のものになっているようだな』


 姫愛奈も別のことに気が付いた。しかしそれは映像に映っていることではなかった。


「えっ、待って。私たちはあなたの干渉で今ここにいるけど、本来はみんなと転移するはずだったんでしょ?そしてあなたに世界を移動させる力は無いって言ってたわよね?」

『ああ、その点なら心配するな』


 アマゼレブは転移の仕組みについて二人に説明した。転移の魔法は転移させる対象を選ぶ術式と、対象を移動させる術式、そして転移先の世界に『吐き出す』術式の三つを組み合わせることで機能する魔法で、アマゼレブは後者二つの術式に干渉して二人の転移を妨害したという。術式の干渉は神々の特権のようなもので、本来は定命の者が世界のバランスを崩しかねない魔法を開発した際に使う力らしいが、悪の神にとっては世界のバランスなどどうでもいいことなので無用の長物だったらしい。


『……とまあ小難しく言ってみたが、簡単に言えば私が『足止め』しているだけでお前たちに対する魔法の効果は働いている。その証拠に──後ろを見てみろ』


 二人が振り返ると、十メートルほど後ろに光を放つ裂け目があった。石像が妙に光っている上にそれがぺらぺら喋るものだから二人は中々気付かなかったのだ。


『あの裂け目を通れば転移が完了する。お前たちがここにいるのは私の干渉する力の方が大きいからだ』

「じゃああそこを通れば『勇者』としての力とか、転移先の世界の言語を翻訳出来るスキルみたいなものが勝手に身に付くのか?」

『いや──その点について一つ謝っておかなければならないことがある』

「何?」

『術式に干渉するというのはつまりその術式を弄るということだ。そうすると魔法の効果の一部が上手く機能しない時があるのだ』

「──つまり?」

『転移は出来てもそれに付随する効果が出る保証は無い、ということだ』


 ここで二人は唐突に最初から選択肢は無かったということに気が付いた。アマゼレブは否応なしに自分たちをクラスメイトたちと戦わせるつもりだ。スキルが付かないというのはハッタリかもしれないが、クラスメイトと違うプロセスを踏んで転移する以上、デメリットが付いてくる可能性が高い。おそらくアマゼレブはそれも考慮しながら自分たちを魔法の効果から引き剥がしたのだ。異世界に転移する魔法というだけでも驚異だというのに、それに干渉して好き勝手出来る存在……。勝てる訳が無い。


 二人は互いに目配せした。そしてわずかにうなずく。


「ちょっと、二人だけで相談しても良いですか?」

『別に構わん。そもそもお前たちに取れる選択肢は無いがな』

(言いやがったあいつ……)

「ねえ、どうするの?」


 小声で姫愛奈が政臣に尋ねた。


「どうって……言うこと聞くしかなくない?報酬はめちゃくちゃ良いよ?不老不死だよ?」

「でも、こんないきなり言われても……」

「クラスのみんなは完全に受け入れてたよ!がっつり戦闘訓練してたじゃん。こうなりゃアイツの言うこと聞いてみんなと敵対するってのが一番現実的な選択だよ」

「現実的な選択って……青天目なばためくんは覚悟出来てるの?」

「いや、まあ……確かに突然の事だけど、元の世界では俺たち死んだことになってると思うよ?だって飛行機事故だよ?クラスまるごと死体が見つからないっていうのは確かに不自然かもしれないけど、もう家族は俺たちのことを──」

「待って。ちょっと考えさせて……」


 姫愛奈は考えた。認めたくないが、政臣の言うことが現状一番理にかなっている気がした。こんな異常事態では流れに任せてしまうのが正解かもしれない。変に抵抗する方が愚かということだ。現にクラスのみんなは『勇者』とやらになろうとしている。辛くても、頭を切り替えて冷静に順応するのだ。


「ところで、青天目くんは本当の所クラスのみんなをどう思ってるの?」

「──正直、『良い人たち』ってだけで、友達だとは……白神さんは?」

「……カルマが低いって言われても仕方がないわね」

「じゃ?」

「あなたと同じ。そこまで大事じゃない。不老不死の方が魅力的」


 ──お互いクソ野郎だな。


 お互いの意思を確認出来た二人はアマゼレブに向き直った。


「……分かった。正直、未練はあるけどあんたの眷属になってみんなの敵になるよ」

「私も。ただし、どっちも今の肉体年齢のままで不老不死にしてちょうだい。そうしてくれるなら受け入れるわ」


 二人は動かないはずの石像の口が動いた気がした。


『そうかそうか!素晴らしい!気が付いていないだろうが、今のお前たちの顔、最高に〈悪役〉だぞ』


 


 


 


 


 

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