第6話
でも、私の言葉にはちゃんと意味があったみたい。私にその気はあまりなかったけど、ハヌイはいたく感動したらしい。
「そうだね、きっとそうですよ! ああ、あなたは良いことを言う、聡子さん! 禁忌なんて、勝手に私が恐れているだけだったんだ!」
「あ、うん?」
あれだけまくし立てておいて、こんなことを言うのは大変申し訳ないとは思うんだけど、そんなに真に受ける? え、だってさっきまであんなに葛藤してたのにさ、私の言葉一つで決心しちゃう?
そんなに責任は持てないよ。あぁあ、さっそく後悔した。余計なことを言うんじゃなかった。
「余計なことを言うんじゃなかった!」
モミジがハヌイに聞こえないように耳元でささやいた。
「え、モミジ? なんで?」
私もまた小さな声で答えた。
「そう顔に書いてあったから。でもどうして? 彼は君の言葉で今一歩を踏み出そうとしてるんだよ。素敵なことじゃないか」
「それで冷夏姫に想いを伝えて駄目だったら? 一瞬で素敵じゃなくなっちゃうわ。それどころか、私がハヌイを奈落に突き落としたようなものじゃない。きっと祟られてしまうわよ」
「まったく……」
モミジはため息を一つついた。
「君は妖のことを何だと思ってるのさ。そんな無知ばっかりの怖がり方は、失礼だし、卑怯だよ」
「なによ、あなたまで。いいわよ、しょうがないわね。こうなったら見届けてやるわよ。ハヌイ、しっかりやってきなさい!」
「あ、ありがとうございます! 頑張ってきます」
ハヌイは冷夏姫がいる屋内へと向かい始めた。
最初は冷夏姫の相談に乗るためにここに来たっていうのに、いつの間にか妖の恋愛相談に乗っていようとは。だけど、私自身恋愛の経験なんて皆無だから、本当にこれで正解だったのかしら? 分からないわ。
怖さと興味とが渦巻きつつも、私は重い腰を上げた。モミジに促されて、ハヌイが向かった姫のおわす寝殿造の中ほどを目指して、庭の真ん中にあるこの中の島を越えていく。中の島は普通ちょっとした浮島で済ませてあるのだけれど、この家はさすがの大きさだから、中の島にも趣が張り巡らされている。まるで渡月橋をそのまま運んできたようだわ。いや、そんなこと言えないな。私はそもそも渡月橋を本でしか知らないから。
寝殿造の縁側のほんの目の前あたりにハヌイの姿は見える。彼はあれほどにまで決心したのに、まだ建物の中には入れずにいた。
「モミジ、あの子はまだ入れてないみたいだけど?」
「怖いのさ」
「怖い? どうして? もうあとは恋文なり、言葉なりを姫に届けるだけでしょ?」
またモミジはため息をついた。ちょっと腹が立つ。
「どうしてって。恋に恐怖はつきものだろう? 心と心が接したら、自然と怖さは出てくる。今彼は自分の心が姫の心に受け入れてもらえるか、その恐怖に襲われているんだよ。いつも言い寄られてばかりの聡子には分からないかもしれないけれど」
「……そういうものかしら」
「そういうものだよ。いい機会だ。君に求婚した男たちがどんな気持ちだったのか、それに応えろとは言わないけど、知っておくといいさ」
モミジは私の背中を軽く叩いた。
私たちも、縁側のそばまで来ていた。ハヌイはまだ立ち尽くしている。
「あ、お二人とも……」
「心の準備はできそうかい?」
「準備はできているつもりなんですけれど……なんと声を掛けたらいいか、想いはこれほどまでにあふれかえっているというのに、それを言葉にできない」
「そうだね。そんなものだよ。誰しも、歌聖だって賢者だって、想い人を目の前にしたら千の言葉も霧に散ってしまうものだから」
「どこか嫌な響きね。まるで恋には誰も抗えないみたいじゃない」
そんな空気じゃないことは分かっているけど、我慢できずに異議を挟んだ。
「そうだよ、抗えない。だからもうその思い溢れるままに、言っておいで。きっと伝わるから」
モミジはさっきと同じように、今度はハヌイの背中をぽんと叩いた。
押し出されるように数歩前に出たハヌイは私たちの方を振り返った。
「ありがとう、二人とも。感謝しますよ」
幾らか迷いが晴れた表情のハヌイは、奥の方、冷夏姫の部屋へと消えていった。
モミジは、そのあとをなぞるように歩いていく。
「何をしてるんだ聡子、早く追うよ」
「え! でも、私たちがいても邪魔になるだけなんじゃ?」
「見届けなくては駄目だろう? それに、邪魔になる心配はないよ」
「どういうこと?」
聞き返すと、モミジは私の方に向き直り、人差し指を私のおでこに当てた。
「うにゃ! 突然何するの!」
「ふふ、これでいいよ。もう大丈夫」
「なにが大丈夫なの!」
からかってくる真意が読めないのがよけいに腹立たしい。
しかしそんな私の心内とはうらはらに、モミジはずかずかと縁側に足をあげて屋敷の中に入ってしまった。
「ほら、おいでよ」
「だれかに見つかるかもしれないわ」
「大丈夫だって」
モミジは私の手を取ると、引張り上げてしまった。
結局二人でハヌイの後を追うことになったのだが……ああ! 心配していたことがこんなにもすぐに起きるなんて!
「誰か来るわ!」
足音が聞こえてきた!
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