第5話

 「僕たち妖は、人間よりは丈夫だし、長生きもしますけど、もちろん不老不死でも無敵でもありません。霊力が弱まれば身も弱ってしまいますし、最悪死んでしまうことさえあります」


「え、そうなの?」


 思わずモミジの方を見ると、彼女は黙ってこくりと頷いた。


 私自身最近まで見ることすらできなかったのだから、てっきりモミジたちはすべてが霊的で、魂だけの存在だと思い込んでいた。けれど話を聞く限り、本当のところはどちらかというと普通の生き物に近いらしい。


「僕が姫に出会った時、僕はいろいろあって霊力が底を尽きかけて道端に倒れておりました」


 正直あまりこの身の上話には興味がなかったけれども、ここまで来たからには聞いてやるしかない。


「道端で、いよいよ死ぬのかと頭をよぎってはまだ生をあきらめきれずにあがいて、しかし体は言うことを聞かず……その繰り返しでした」


「どうしてそんなことになったのさ?」


 モミジが聞いた。話を早く進めたい私としては内心ため息が出そうだったけれど、黙って押し殺した。


「人間が僕のことを捕えようとしたのですよ。ですからもちろん僕は逃げます。しかし逃げるうちに僕の体力と霊力はどんどん削られて行ってしまい……」


「それで道端で倒れていたのか。まったく、酷いことをする人間もいたもんだね」


「ええ、ですから満身創痍の僕はもう駄目になる、その一歩手前で道端に転がっていたのです」


「それで、続きは?」


 思わず急かしてしまった。


 ハヌイは淡々と、しかし若干の悲壮感とともに語りを続けた。


「その倒れていた道端というのが、川の土手のそばだったものですから、僕は水欲しさに川の流れる音に引き寄せられていきました。力の入らない体を精一杯引きずってゆくのですが、なかなか着きません。僕は川とは反対側の道端にいたのですから当たり前です。まずは道を横切ってしまわねばなりませんから」


「そういう詳しい話は別にいいのよ。姫との出会いのとこだけ聞かせてちょうだい」


「聡子! 君は失礼じゃないか、ハヌイが子供だと思って軽んじているのなら大きな間違いだよ? 見た目で判断しちゃいけない。これでも君の何倍も生きているんだぞ?」


 さっきまで自分が一番邪険にしてたくせに……。


「軽んじてなんかいないわよ。ただこの話をずっと聞き続けるのはちょっと退屈だっただけ」


「まったく君というやつは」


「いえ、構いませんよ僕は。それに、そろそろ姫との出会いに入りますから」


 正直私も言い方を間違えたとは思ったけれど、ハヌイは怒らずにまた中断していた話を始めた。


「それで道幅の中ほどまで来た時でした。道だから当たり前なのですけど、運の悪いことに牛車が通りがかってしまいました。ああ、僕の死に方は弱って死ぬわけでも、霊魂が枯れて死ぬわけでもない。車に轢かれて死ぬんだ。覚悟いたしました。……しかしどうでしょう? 車は僕の目の前まで来るとそこで停まったのです」


「それで、そこから降りてきたのが冷夏姫ってわけでしょ?」


「ちょ! どうして先に言っちゃうんですか!」


 ハヌイは残念そうな声を出した。


「だって、予想できたから」


「よくないよ聡子、そう言うのは」


 さっきは眉一つ動かさなかったハヌイの顔には、戸惑いと落胆の色が浮かんでいる。


「なに? そんなに悪いこと言っちゃった?」


「当たり前ですよ! 僕と姫の輪廻のつながりさえも信じたくなるような出会いの一番の山場なのですから!」


「まあ、人の話は奪っちゃだめってことさ、聡子」


「それは、申し訳なかったわね」


「まあいいです、続けますよ。ともかく、そこで姫は車から降りてくると、汚く傷だらけの僕の体を両手で優しく拾い上げてくれたのです」


「それで惚れちゃったんだ?」


 モミジがニヤニヤしながら言った。すっかりノリノリになってきたな。


「ええ、そりゃもちろん。姫は僕を安全なところ、しかも川のそばに自らの手で移してくれました。僕は感激しましたよ。こんなにも心優しい姫君がいるのかと。ああ、願わくば彼女ともう一度会って、その時の感謝を伝えたい。人間と妖ですから、決して一緒になろうだなんて大それた望みは持ちません」


「しかし君、姫に求婚していたじゃないか?」


「それは……一応人間の慣習に従ってですね……」


 どういう身分違いがあっても、種の違いがあったとしても、心がある限りは恋は芽生えうるものなのかしら? それならば、いっそ


「あなた、結局姫と一緒になりたい気持ちがあるんじゃないの?」


「そりゃないと言えば噓になってしまいますけれど」


「なら、それがたとえ大それた望みだったとしても、叶えようとするくらいいいじゃないの」


「しかし、僕にそのような禁忌を犯すことは……」


「本当面倒くさいわね、あなたさっきから。いちいち話は長いし、それでいて今度はうじうじしちゃって」


「ちょっと聡子!」


「禁忌だなんて誰が決めたのよ? 少なくともあなたじゃないでしょ? ならどうして気にするの?」


「そんなこと、言ってしまってもいいのでしょうか?」


「いいに決まってるでしょ! あなたには心があるのでしょ? それを言葉にできるのでしょ?」


 私、どうしてこんな自分が関係ない、どうでもいい話にムキになってるのかしら? 自分で言ってて恥ずかしくなってくるわ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る