第4話

 手紙の送り主である冷夏姫だけでなく、彼女に恋慕する例の男と会う羽目になってしまうなんて、ああやっぱり来るんじゃなかったわ。


 男は毎晩、月が一番高く昇ったころに冷夏姫のところに現れるらしい。私とモミジは、その男を待ち伏せるために冷夏の部屋から出て庭に面した縁側に座った。


「今からでも帰りましょう。どうせこれから会うこともないから多少の無礼があってもいいわよ」


「何を言ってるんだい! これから面白くなるんじゃないか、それを見ずに帰るだなんて馬鹿げてるよ」


「でも面倒くさいことこの上ないわ。どうして赤の他人とこう連続して絡まなくちゃいけないの? しかも人の恋路の中に立つだなんて、ぜったい厄介なことになるから」


「じゃあ聡子はこのまま無責任に投げ出して帰るというんだね?」


「何が言いたいのよ」


「それを父君が知ったらどう思うかな?」


「脅してるつもり? この私を?」


「私は妖だよ。君の立場なんて少しも怖くないさ」


「……卑怯な」


「まあまあ、ほんの少しだから待とう。君はきっと、外の世界や人間を食わず嫌いしているだけなんだ」




 モミジに引き止められて、仕方なく待つこと十五分。気配はすっと現れた。


「誰?」


「僕、僕ですよ姫」


 私は冷夏姫じゃないからそんなこと言われたって分かりっこない。だけど、多分声の主が冷夏の言っていた求婚してくる男なのだろう。でも……あれ? なんだか妙に声が幼いような……


「忘れただなんて悪い冗談です。僕はあなたのことしか考えられないというのに」


 戸口からひょっこり顔を出したその姿は、全く予想外!


「子供!?」


「そう……らしいな」


 背丈が私よりも低いだろう童だ! 彼が冷夏に求婚しているというの?


「姫ぇ、やっぱり子供ではだめですか? このような姿ではだめですか?」


 なるほどね……身分違いってのは、むしろ年齢差のことを言っていたのか。童は貴族の恰好をしていたから、庶民というわけでもない。だけど、確かにこんな子供と結婚するだなんて、無理な話だ。


 向こうはだんだんと縁側の前に近づいてきて、そこでようやく私が冷夏姫ではないことに気がついた。


「やや! あなたたちは誰でございましょう?」


 こどもの声なのに、やけに丁寧な言葉を使う子だな。


「あ……えっとね……」


 なんて言ったらいいのかな。って!


「『あなたた・ち・』!? 君は私の隣にいるのが見えてるの?」


 普通、人間からはモミジが見えないはずなのに、少年には見えている!


 モミジの顔を見ると、さっきまで楽しそうだったのが一変して、真顔になっていた。


「聡子、こいつは人間じゃないぞ……」


「は?」


 人間じゃない? 大人じゃないことにそもそも驚きなのに……。


 人目があるかもしれないと言う理由で、モミジは私と童を連れて伴家屋敷の庭の真ん中、池の中に浮かぶ島へと連れて行った。そこならば、目立つこともない。


「それで、お前は何者なんだ?」


「どういうこと? さっきも人間じゃないって言ってたけど」


「聡子は少し静かにしてくれ、こいつに聞いている」


 童はモジモジしながら、申し訳なさそうに自分の正体を白状した。


「僕、ただの蛇ですよ」


 そう言うと、童の体はその形を崩し始めた。


「!!」


 みるみるうちに形が溶けて無くなってしまったかと思えば、今度は細長い姿へと変わっていく。少しもしないうちに、童は蛇に姿を変えてしまった!


「ほら、この通りです」


「ええええ!!」


 もちろん私は腰を抜かしそうなほどに驚いた。人間が蛇に変わってしまった! 


 だけど、モミジはまるで気にせずに淡々と童を問い詰めていく。


「ただの蛇がこのような姿に化けて人間の姫に求婚なんてするもんか!」


 人間の姿にまた戻った童は、白い髪に青い瞳を持っていた。確かに人間にしては風変わりな容貌をしている。


 だけど、私はこの童もとい蛇に対して、あまり悪くは思わなかった。だから、モミジがかなり疑ってかかっているのがちょっと大人気なく見える。


「でもモミジ、この子そこまで悪い子には見えないよ?」


「妖なのは間違いない」


「それはあなたもでしょ?」


「グヌヌ……それとこれとは……」


 妖、人ならざる存在は、忌避されるほどには人間に害をなす存在であると考えられている。実際そういうことが多いからモミジだって警戒しているんだろうな。


 でも、それは相手を見てから決めないといけない。


「僕、本当にただの霊蛇なんですよ」


「霊蛇?」


「はい、蛇の妖です。特に悪いことは何もしてないですよ」


「はぁ……」


 キツネの妖が家に出たと思えば、次は蛇の妖か……。私、どうかしちゃったのかしら?


「でも、妖なのに君は人間から見えるんだね」


「はい……僕はそういう妖なんです」


「へえ、モミジは違うんだ」


「ああ、種族の違いとかいうやつかな、まあ霊力を使えば見えるようにできるが」


 なんだか難しい話が出てきたけど、どうせ聞き返してもわからないから今は放っておこう。


 それにしても……童の正体が衝撃だったものだから、ついつい忘れそうになっていたけれど、問題なのはこの子が冷夏姫に求婚しているってことなんだよな。


 しかも、より面倒くさくなってしまった。単に年齢差というならば、私の想像の範疇だったけど、これはもう種族の違いだ。肯定も否定もどうやったらいいのかがわからない。


「そもそもなんで、人間に求婚なんてしようと思ったの?」


「話さないとダメですか?」


「まあ、赤の他人には話したくないよな」


 モミジはため息をついた。


「まあまあ、赤の他人だからこそ話せばラクになることだってあるかもしれない。お姉さんたちに話してみなよ……ええと、名前なんだっけ?」


「ハヌイです」


 霊蛇ハヌイは事のいきさつを語り始めた……。

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