02 - 原初の夢
…………まどろみの中にいる。
漂うような浮遊感。霞がかった意識。
どうやら僕は、夢を見ているようだった。
赤い空が見えている。茜色の空。それだけで、何の夢か分かってしまった。
何度も見た夢。これは過去の夢であり、僕の一番古い記憶だ。
映像は擦り切れたフィルムのように色あせていて、音もない。
……音がないのは、これが夢だからか。それとも、この時の僕に聞こえなかったのか。わからない。
傍で車が燃えている。この車に、僕は乗っていたのだろう。伝え聞くに、この日は家族旅行の帰りだったらしい。それが傍で燃えている、ということは、事故だろう。
そう、事故だ。それを引き起こしたものが何であれ、予期せぬ不幸は総じて事故と呼ぶものだろう。
朱い夕日、紅い炎を受け、もうひとつ、赤いものがある。
―――やめろ。
………何もかもが赤く染まる世界で、子供の僕を抱きかかえている人がいる。
女の人だった。やわらかい二の腕に抱かれて見上げる僕を、優しい顔で見下ろしている。
僕はこの時より前を覚えていない。ただおそらくは、この人が僕の母親だったのだろう。その腕に抱かれていると安心できる。その笑みを向けられると心が安らぐ。
この先を知っている僕は疑問に思う。なぜ、彼女は笑っていたのだろう、と。
―――やめろ。この先は、
その女性も赤かった。
血まみれだった。胸元のブラウスは真っ赤に染め上げられ、僕を抱く腕にも白い部分はない。額からも一筋、血が流れている。
それでも彼女は笑っていた。僕を安心させるように、微笑んでいた。
―――この先は、見てはいけない。
どこからか聞こえる声も、倦怠にまどろむ意識の中では意味を意味として伝えられない。惰性のままに、与えられる光景を、掘り起こされる過去を見続ける。
ぼう、と。あらゆるものが赤く染められる世界で、視界の隅に黒い影が浮かび上がる。女性の後ろに立つのは誰か。逆光に陰る人影は、まるでペンキで塗り潰されたように黒く、黒く、ただ真っ黒で、その人が誰なのか、僕にはわからない。
―――わからない? 本当に? おまえには見えていたはずだ。その男は僕の―――
わからない。
その影は女の人の背後に立ち、ゆったりとした動作で右腕を掲げ………
袈裟に、振り下ろす。
ぱっ、と、花びらのように舞い散る鮮血。
見上げる先には、もう微笑みはなかった。顔はない。それも当然、その下にあるはずの胸から胴まできれいさっぱり欠けていたのだから。
遮るものが消えた先、こちらを見下ろす影は、やはり僕の―――――
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