第38話 天国のような地獄……

 俺は二人を見送った後に思い出す。そう、あの天国のような地獄を……



『レベルアップと武士のスキルの熟練度を上げておくべきですね。今からマスターをある場所に転移させます。そこで腕を磨いて貰いましょう。では、早速行きますよ!』


 えっ、いや、ちょっと待て! おいっ、コラ、人の話を聞けよ、ナビゲーター!!




『さあ、着きましたよ、マスター!』


 ここは何処だ? 何か皆さん和装なんだが…… 

 ハッ、俺の装備もいつの間にか武士の初期装備になってる!!


『そうですよ、マスター。この世界でも違和感なく過ごせるように装備を変更してもらいました。この世界はそうですね…… 私の上位存在が創造した世界です。先ずはここで修行して貰います。さあ、師匠の元に行きましょう!』


 ん? 師匠がいるのか? 


『勿論です、マスター。師匠は厳しいですよ、死なないように気をつけて下さいね。それと、懐の書状を無くさないようにして下さい。その書状が無いと弟子入り出来ませんから』


 ナビゲーターに言われて懐を探ると一通の丁寧に折り畳まれた書状があった。チラッと最初の方を見てみると、【桃様へ】の文字が見える。


『フフフ、見てしまいましたね、マスター。まあ良いでしょう。さあ、それでは参りましょう』


 うん、行ってみよう。それにしても馬糞臭いな…… 史実通りなのか? 馬糞掃除も小僧がしてるようだが追いついてないみたいだな。


『お江戸八百八町はこんなものですよ。さあ、お化け長屋はコチラですよ』


 やっぱりそうか…… しかしどういうカラクリだ?


『私の上位存在が創造した桃○郎侍【など】が実在する異世界ですよ。と言っても既に若侍ではなく、今は寺子屋を営んで悠々自適にすごしているようですがね』


 そうか、その後放送終了の桃太○侍の世界か……

 誰版だろうな…… 映画版ならば、長○川一夫さん、市○雷蔵さん、里○浩太朗さんか…… テレビドラマ版なら、尾○菊之助さんとかいるけど、やっぱり高○英樹さんが良いなぁ……


 そう考えながらナビゲーターの指示通りにお江戸の町を歩く俺。そして、テレビドラマで良く見ていたお化け長屋が見えてきた。

 き、緊張するな。

 

 そんな中、子供たちが長屋の前で剣術の稽古をしていた。それをニコニコと見ているのは、高橋英○さんだった!! それも若い!


 オイオイオイオイッ! 名スターがこんな所に居るぞ!


『マスター、違いますよ。あの人は○橋英樹さんではなく、桃太郎侍です。間違えないようにしてくださいね。さあ、懐の書状を手渡して弟子入りしてください』


 あ、ああ。確か小野派一刀流だったよな…… 記憶が正しかったらだけど……

 俺はナビゲーターに促されるままに桃太郎侍の元に行き、


「お稽古の邪魔をして申し訳ございません。松平鶴次郎殿とお見受け致す。先ずはこちらの書状に目を通していただけぬか」


 俺は緊張しながらも何とか時代劇の口調で小声で話しかけた。本名を俺に言われた桃太郎侍は怪訝な顔ながらも書状を受け取ってくれ、ザッと目を通すと、ニコッと笑顔になり


「何と、お主柳生殿の元で修行をいたしたのか。その上でわがもとに参られたと申すのか…… 他ならぬ俊則殿からの願いゆえに断る訳にはいかぬな…… 良かろう、明日未明より稽古を始めよう。住む場所が決まっておらぬのか? ならばちょうど良い。隣が空いておる、そこに住まうが良い」


 そう言って子供たちの指導に戻る桃太郎侍。俺はホッとしながら桃太郎侍の示した部屋に入った。


『上手くいきましたね、マスター。今は初夏ですので、未明となると四時過ぎ頃から修行が始まります。死なないよう、頑張って下さいね』


 ちょっ、待て! 死なないようってどういう事だ?


『マスター、【この異世界】では実力を身に着ける為の稽古は死に物狂いで行われます。子供たちを相手にしている桃太郎侍は仮の姿です。それこそ、死ぬような稽古が待っていると思っていて下さい。江戸の町であって、江戸の町ではないこの場所には魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする世界です。それらの退治が主に修行となるでしょう。オークやオーガなんかが可愛らしくペットに見える程の魑魅魍魎たちが相手ですからね、頑張って下さいね』


 えっと…… 因みにこの世界で死んだらどうなるんだ?


「もちろん、死は死ですよ、マスター? ミコトさんにもユウさん、レンさんにも二度と会えませんよ」


 何を言ってるんだコイツ? みたいな口調でナビゲーターに断言された。いーやーだーっ! 死にたくないぞ、俺は! 桃太郎侍に会えたのは嬉しいけど、元に戻してくれっ!?


『当たり前ですが、修行が十分になったと私の上位存在が認めない限り戻れませんよ。戻っても時はそれほど進んでないので、大丈夫です。あ、因みにこの世界で死んだ時は死体となって戻りますので』


 クソッ! シレッと言いやがって…… 絶対に生き残ってやる!


 そして、未明である。俺は起こされる前に長屋の外に出ていた。すると、隣から桃太郎侍が出てきた。


「フフフ、気合が入っているようだな。ならば良し! 本日は弱い魑魅魍魎の【ぬえ】退治だ。柳生流の腕前を先ずは見せて貰おう」


 えっと、俺の中では鵺って強い認識なんだけど……


『そうですね、マスター。鵺はアチラでは火竜に匹敵する強さです。が、こちらの世界では低ランクです』


 敵の強さが可怪しいだろ? 竜に匹敵するのが腕前を見る為の相手って…… そうは言っても仕方がない。やるしか無いと気合をさいど入れ直した。


 江戸城手前の門前で鵺は現れた。


「フム、今宵の鵺は完全体のようだ。行けるか、オッサンよ?」


 ままよ! 俺は、はいと返事をして鵺に相対する。

 で、いきなり火息吹ブレスがきた。危ねぇーっ! 聞いてないぞ、ブレスを使うなんて!?


『油断と思い込みのし過ぎですよ、マスター。ここもまた異世界なんですからね』


 ごもっとも…… 俺は自分の認識を改めて鵺に対して攻撃を仕掛ける。ブレスを躱して鵺に迫るとスルリと上空に逃げられる。斬撃を飛ばしても躱されてしまう。どうにも攻めあぐねていると、桃太郎侍がイライラしてるいるのが分かる……


「ムウッ、お主本当に俊則殿が認めた逸材か? この程度の鵺に苦戦するとは…… 俊則殿もボケられたか…… しかし、頼みは頼み。致し方あるまい……」


 そう言うと刀を抜きざまに一刀を振るった桃太郎侍の斬撃により鵺はアッサリと両断された……

 み、見えなかった……


「オッサンよ、我が弟子となるならばコレより地獄の修行を始めねばならぬ! 覚悟は良いか?」


 元より強くなる為である。俺は


「師匠、お頼み申す!」


 と返事をした。


「ならばコレよりお主を【禁忌の洞穴】へと連れて参ろう。その中で己を磨くのだ!」


 そう言って桃太郎侍の案内で来た場所は明らかにダンジョンだった。


「この禁忌の洞穴は松平家が認めた者しか入れぬ。一層から五層までは過去の剣術指南役の面々による稽古、六層から十層までは鵺より始まり鬼に終わる修羅の層だ! 無事に攻略し戻ってくる事を願っておるぞ!」


 えっ! 桃太郎侍が稽古をつけてくれないのか?


『実力に開きがあり過ぎて稽古にならないのでしょう。先ずはこのダンジョンの制覇を目指しましょう、マスター』


 クッ、仕方ないか。俺はダンジョンに入った。


「良くぞ参った。我は柳生宗矩である! 其方そなたの剣をみせよ!」


 こうして、地獄が始まったのだった……


 ダンジョン制覇には二年かかった。既に桃太郎侍にも忘れられているだろうと思ったが、戻った俺を桃太郎侍は喜んでくれた。


「二年で戻るとは大したものだ! オッサンよ、明日の未明にまた出掛けるぞ!」


 そうしてまた江戸城門前で鵺と相対する俺。今回は瞬殺できた。


「見事なりっ! コレより我が修行を始める!」


 そうして桃太郎侍に稽古をつけて貰い、更なる高みにのぼった俺に桃太郎侍が言う。


「免許皆伝である! 奥伝は我が友、松平長七郎長頼より授かるが良い! この書状を持ち長七郎の元に行くのだっ!!」


 時代が無茶苦茶だな! 


 だけど、俺的には嬉しい! そして、俺は長さんに会い、辰さんに会い、おれんさんに出会った。特に、おれんさんに関しては桃太郎侍のつばめさんとうり二つだった。当たり前だが……


 こうして、俺は次々と師匠により次の師匠を示され、遂に、


『お疲れ様でした、マスター。戻れますよ』


 ナビゲーターが俺にそう言ってきたのはこの異世界で九年を過ぎた頃だった。


 いや、待て待て! 俺はまだ初代黄門様に出会ってなければ、子連れ狼にも、木枯し紋次郎にも、銭形平次にも出会ってないぞ!!


『はいはい、それは向こうが落ち着いて、私の上位存在が認めたらまた来れますから、それまでのお楽しみという事で……』


 そうだった…… 向こうを先ずは落ち着かせないとな。今度はミコトやユウやレンも一緒に来たいなぁ。そう思っていたら俺は元の世界に戻っていたのだった……


 



 そんな回想をしていたら長い時間が経っていたらしい。目の前に二つの光が見えたらショウくんとカイリくんが戻ってきた。


「ヒィーヒィー、し、死ぬかと思ったっす……」


「俺は魔導の極地に辿り着いた……」


 うんうん、二人とも頑張ったようだね。オッサンは嬉しいよ、仲間が出来て。


 俺が天国のような地獄から戻ってレベルは500を超えた。二人はどうかな? 聞くとレベルは300を大きく超えているそうだ。ナビゲーター曰く、この世界の神に匹敵するそうだけど…… 


 二人が神に匹敵するなら俺はどうなるんだ?

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