第21話 カイリくん罠にはまる

 その日は唐突にやって来た。


「オッサン、カイリを見なかったですか? 朝から部屋にも居ないんですが」


 ショウくんからそう聞かれたけど、俺にも心当たりはない。俺も知らないと答えると


「おかしいな、あいつ何処かに行く際は必ず誰かに伝言を残すように言っておいたのに」


 と呟いた。うん、コレって不味いんじゃないか、ナビゲーター。


『そうですね、マスター。恐らくはあの洗脳されていた二名の騎士に呼び出されたんだと思います。どうやら侍従長が関わっているようですね』


 って、気がついてたならもっと早く教えてくれよ。


『いえ、マスター。私も今、ショウさんからの情報を得て詳細を確認してみたのです。私は【超】優秀なナビゲーターではありますが、万能ではありませんので悪しからずご了承下さい』


 ああ、それもそうか。悪かったよ、変な事を言って。


『いえ、大丈夫です。マスター如きの言葉で傷つくようなやわな精神は持ち合わせておりませんので』


 いつも一言多いよな、お前。まあ取りあえずはカイリくんを探さないとダメだな。


『はい、マスター。カイリさんは今王都方面の門の外に居るようです。ショウさんにも告げずにマスターだけで行くのをオススメします。ショウさんも足手まといになりますので』


 分かった。そうするよ。


「ショウくん、俺は向こうを探してみるよ。ショウくんは他に誰か知ってる人が居ないか探してみてくれ」


「分かりました、オッサン。よろしくお願いします」


 そうして俺はショウくんと別れて屋敷の外に向かって駆け出したのだった……




 …… 


 その頃、侍従長から偽の呼び出しを受けて騎士団が泊まっている宿に向かったカイリは、二名の騎士と会っていた。


「カイリ様、突然お呼びして申し訳ありません」

「公爵閣下の為に何か出来る事は無いかと二人で考えておりまして」


 そう話を切り出した二人にカイリは軽く、


「いや、いいっすよ。それで、町から出てほど近い場所にBランクの魔物が居たっていうんすね?」


「はい、今は他のみんなで何とか抑えてますが、我々だけではいかんともしがたく……」

「カイリ様のお力添えをお願いして来いと我らが言われまして……」


「分かったっす。直ぐに向かうっすよ! 侍従長さんは公爵様に伝えて欲しいっす。僕が行くから問題無いって」


「畏まりました、必ず伝えます『お前の無事は確定だが、その時には既に我らの仲間になるのだがな、ハハハ』」


 そうしてカイリは騎士二人と門に向かって駆け出して行った。侍従長はそれを見届けてから屋敷に向かって歩き出した。


 途中で先に気がついた。コチラに向かって走ってくる人物はオッサンと呼ばれている人物だ。咄嗟とっさに人混みの中に隠れる侍従長。その動きは文官のものではなく、洗練されたプロの斥候と同じぐらいに鮮やかだった。


 一瞬、オッサンがコチラをチラッと見た気がしたが気のせいだろうと考えまた屋敷に向かって歩き出す侍従長。だが、オッサンが侍従長に気がついていた事を数時間あとには知る事になる……



 ……


 五十才だけどこれだけ走っても疲れないなんて、俺って前より健康になった?


『マスター、地球でもそれなりに鍛えておられたようですが、この世界では位階レベルの概念があり、それを上げる事によって加齢による衰えをかなり抑制できます。今のマスターならば二十代前半の体力以上の力があります』


 おお、そうなんだ。それでオッサンだけど動けるのも納得したよ。異世界バンザイだ!


『マスター、門の外で邪神の気配が感じられます。邪神そのものではなく、その力を分け与えられた魔物が居るようです』


 ナビゲーターの言葉に俺はジョブこうから武士に走りながら変更する。そして、一度言ってみたかったあの台詞も!


「変身!! トゥーッ!」


『バカですね、マスター……』


 うるせーっ、良いんだよ! 昭和なオッサンは幼少期に変身に憧れがあるんだよ! 事実、俺の同級生で結婚して男の子を授かった奴らは子供にって言いながら変身べルトを買っておきながら、自分でつけてる画像を送ってきやがるぐらいだったんだぞ!

 ポーズまで決めてな!


『はいはい、分かりましたから急ぎましょう、マスターお子ちゃま!』


 俺は懸命に足を動かして門を飛び出て現場に向かう。するとそこには青黒い体色をしたオーガが二体も居た。額からは水晶で出来たような角が生えている。カイリくんが対峙たいじしているがどうも劣勢れっせいの様子だ。


「カイリくん、大丈夫か!?」


 俺の呼びかけに前を向いたままカイリくんが叫ぶ。


「オッサン、何で来たっすか!? 危ないですからそれ以上は近づかないで欲しいっす!!」


 まあカイリくんはどうも俺が弱いと思っているからそう言うだろうとは思ったけど。

 そこで俺はテーマソングを口ずさむ。


「ちゃららーん、ちゃっちゃっちゃっちゃっちゃっ、ちゃららーーん!」


「な、何すか? その力の抜ける音楽は?」


 なにーっ! し、知らないのか? 仕○人の登場テーマなのにっ!?


『マスター、馬鹿な事をやったり言ったりしてないで早く片付けて下さい。あの角を斬れば人に戻りますから』


 くっ、ナビゲーターまで…… 俺の気分を下げやがって…… それもこれもコイツらの所為だ。俺は大刀の鯉口を切り、抜いた。 


 そのまま一体のオーガの横を走り抜けながら角を斬り飛ばした。シャラーンッという音と一緒に斬った角が砕け散る。そして、そのオーガの体は人に戻った。


「グヌッ! 貴様は何者だ! 王女殿下より賜った鬼神角きしんかくを斬るとは!? その変な剣は一体なんだっ!?」


 もう一体のオーガが俺にそう問いかけてくる。


「悪人に問われて名乗る名は無いが…… あえて名乗ってやろう…… 俺は南海道なんかいどうは伊予の国ので、オッサンだっ!! 俺の名前は引導代わりだ、迷わず地獄に落ちるが良い!!」


 やった! 言えたぞ! 俺の大好きな【長七○江戸日記】の主人公が悪役に引導を渡す前の決め台詞! 決まったなっ!!


 だが俺の熱い思いとは裏腹に、カイリくんもオーガもポカーンとしている。何故だ、解せぬ……


『はあ〜、マスター…… 趣味に走るのもいいですが、さっさと引導を渡して下さい』


 クッ、ナビゲーターまで…… この良さが分かる人にこの異世界で、いつか俺は出会って見せるぞ!!


 俺は小刀も抜き放ち二刀流となる。いや、大刀だけで十分だよ、確かに。でもせっかく決め台詞を言ったんだから同じように二刀流で格好良くいきたいじゃないか。まあ、俺はあんなに格好良くは刀を振れないけどね……


 オーガもやっと正気に戻ったのか、俺を見て手にしたメイスを振り下ろしてきた。


「訳がわからぬ事を言って誤魔化そうとした様だが俺には効かぬ! 死ねーっ!!」


 いや、効いてたよな。けっこうな時間をポカーンとしてたぞ。俺は振り下ろされるメイスを右に躱し、そしてメイスに向けて小刀を振る。

 スパーンッという音が聞こえてくるかのように小気味よくメイスは切断された。


「なっ!? 馬鹿なっ! 鬼堅鋼きけんこうのメイスを斬っただとっ!?」


 驚くオーガを無視して大刀で鬼神角きしんかくを叩き斬った。先のと同じく、シャラーンッという音が響いて角が砕け散る。俺は長七○のように格好良く二刀を鞘におさめてみせた。決まったな!! 誰も分かる人が居ないけど……

 角を斬ったらやっぱり人に戻ったようだ。二人とも気絶している。


「オッサン、助かりました有難う。本当に強かったんすね。ショウさんからは強いと言われてたけど信じてなかったっす、すみません」


 カイリくんが反省したようにそう俺に言ってきた。


「ハハハ、気にしなくていいよ。それよりもどうやっててココに呼び出されたんだい?」


「それがっすね、朝早くにここまで護衛してくれた騎士たちが苦戦するような魔物が出たって、侍従長さんがやって来て教えてくれたんす。で、慌ててやって来たんすけど、何も居らずにこの二人が額に角をつけたかと思うとオーガになってたんす。襲いかかってきて何とか応戦してたっすけど、どうやら遊ばれてたようで、ジワジワとなぶられていたところにオッサンが来てくれたっす」


『マスター、この二名の騎士の洗脳はまだ解けてません。どうやら薬による洗脳のようですから、職、こう呪消薬じゅしょうやくを作って飲ませて下さい。』 


 ああ、分かったナビゲーター。


「カイリくん、少し待ってくれるか。この二人を正気に戻すから」


 俺の言葉にカイリくんは驚いている。


「戻せるんすか? どうやって?」


 説明するのも面倒くさいから先ずは職をこうに変えて薬を作る。液体かよ。飲ませるの面倒だな……


『大丈夫です、マスター。鼻をつまめば口を開きますから流し込んでやれば良いでしょう。自然に飲み込む筈ですよ』


 ちょっと拷問くさくなるけどそれでいいか。男だしな。俺はそれを実行した。後ろでカイリくんが、エッ、エッ? って感じで驚いているけど、何にそんなに驚いているのだろうか?


「オッサン、いきなり和服から白衣に変わったっす! どうなってるっすか?」


 アレ? 士農工商について説明した筈なのに何で驚くんだ?


『マスター、職についての説明はされましたが、変更時に装備が自動で変わる事は説明してないでしょう?』


 ああ、そうだったな…… 忘れてたよ……


 



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