いいわけをさせて欲しい【KAC2023参加作品】

卯月白華

逃げてばかりもいられない

「なあ、さっきから同じとこグルグル歩いてないか?」

 射矢いるや蒼馬そうまの心配げな声で、今更ながら気がつく。

 ……人がいない。

 人の姿が、いつの間にか全く見えなくなっていた。

 逃げつつ反撃の機会をうかがっていたけど、思ったより私に余裕が無かったらしい。

「あはハはハ! もうウ逃ゲなイいのおォ?」

 言葉がさっきまでより十二分に気味が悪くなっている兎内とない真彩まあやさんは、真っ白なフリフリレースのワンピースだったのが、所々に赤い何かがベッタリとついた姿になっている。

 小柄で可愛らしい容姿だったから、余計に今の異常な様子が際立っていた。

 ……首の角度、明らかにおかしいんだけど。

 それよりもウサギのぬいぐるみが、まだ普通のぬいぐるみな事にホッと息を吐く。

 だが、兎内さんの服から滴っているあの赤はどうやって……?

 それを考えるゆとりもなく、強引に頭の中から振り払って目の前の存在に集中する。

「加奈、ごめん。巻き込んだみたいだ」

 白い息を吐きながら言って、私に手首を掴まれたままなのに、射矢さんが真剣な顔で庇う様に前に立った。

 この空間は、不気味なまでに静かで、酷く寒い。

 薄暗くて、雨も絶え間なく降り続いている。

 そんな中、射矢さんの冷汗を流しながらも兎内さんから視線を逸らさない姿に、心底申し訳なくなった。

「射矢さん、私が――――」

 彼の前に出ようとすると、射矢さんの困った様な声が上の方からする。

「良く分かんないけどさ、アイツの狙いってオレだろ。なら前に出るのはオレだ」

 容姿が良いのは知ってるけど、心まで本当にイケメンだ。

 この状況でも我先に逃げないんだから相当。

 こういう時、是が非でも守らないといけないと強く思う。

 一般人の射矢さんより、私の方がまだ何とかなるはず。

 だが瘴気にあてられたのだろう、私の思考も体も鈍っていた。

 これでは満足に動けない。

 脂汗が止まらなかった。

 ケタケタと笑いながら正気じゃない目をした兎内さんは、もうすぐそこなのに。

 焦って焦って、とっくに人払いされていた事にも気がつかない私は、言い訳する資格も無い。

 それなら、出来る事をしないと。

 心を奮い立たせて必死に体を動かし、どうにか私のお守り袋ごと射矢さんを突き飛ばす。

「……加奈!?」

 困惑している射矢さんには黙っている様に目配せする。

 やはり射矢さんを見失って、兎内さんは金切り声をあげながら周囲を手当たり次第に壊しだした。

 アスファルトや街路樹が吹き飛んでいる光景はどこかシュールだ。

 ……サイコキネシスかな。

 触れていないのに次々と破壊されていく。

「オマエ、おマえのセいだ!!!」

 ようやく私が悪いと気がついたらしい兎内さんが、破壊の螺旋を私に向けてくるのを見つめていると、今度は私が引っ張られた。

「射矢さん!? 何してるんですか!!?」

 抱き締められながら思わず声をあげてしまう。

 こっちの苦労を無にしないで欲しいのですが。

 心配で背中を触ると、射矢さん、やっぱり血が出ている。

 掠っただけだろうけど、後で浄化しないと汚染されて大変なのに。

 私なんか庇って、本当に何を考えているのか。

「このお守り袋、こうやって二人で持ってたら何とかなる気がして。だからこれ、オレに寄こしたんだろ」

 私を助ける言い訳をしているらしく、照れ笑いをしながら私の手にお守り袋を二つ乗せて、射矢さんは自分の手で上から包んできた。

「勘で動かない! 兎に角――――」

 無茶をする射矢さんを、この局面からどう守ろうかと必死に頭を動かしていた時、ふと、気がついた。

 恐らくは兎内さんが人除けしただろうこの空間。

 そこに、まだ、

 お守り袋を二つ同時に持ったから分かった。

「射矢さん、偉い!」

 怪我の功名とはこのことかも。

 あえて攻撃させて、私の血を流させる手間が省ける。

 二つを同時に手で持ったから、お守り袋と共鳴している存在に気がつけた。

 地団太を踏んでいるらしい兎内さんは、私達が見えないのだろう。

 見当違いの所を壊している。

 この隙にお守り袋と同調する気を辿って、接続。

 震える体に活を入れ、大声で救援要請。

つき様、お助け下さい!!」

 私の持たされているお守り袋。

 その中身の大元に助けを求める。

 瞬間、眩い光がお守り袋と近くの店先から発生した。

 これでどうにかならないなら――――

「ギャああアあアアあ!!!」

 今までの比じゃない叫び声をあげて、兎内さんが倒れたのを確認。

 ウサギのぬいぐるみは彼女が倒れた途端、ピョコンっと立ち上がって私を見た。

 テラテラと瞳が赤く輝いて、倒れていた耳も真っ直ぐな上、汚れ一つない真っ白なウサギのぬいぐるみになっている。

 思わず固まっている私達に軽く笑みを浮かべたウサギのぬいぐるみは、ピョコピョコとどこかに歩き去って行った。

「何が何だか分かんないけどさ、助かった……?」

 呆然と私を抱き締めたまま呟く射矢さんに、私は声を絞り出す。

「……たぶん。おそらく。きっと」

 何がツボに入ったのか、射矢さんが吹き出してしまう。

「あははは! しっかし雨、上がったな」

 確かに空を見れば、呆れるほどの綺麗な茜空。

 雲一つないし。

 人混みも喧騒も不思議と戻っていた。

 破壊されたままの街並みは、遭った事が現実だと強く伝えている。

 倒れたままの兎内さんと破壊跡に、人だかりができていた。

 ……何故かお守り袋やら何やらの言い訳を終えるまで、射矢さんが私を抱き締めたままだったのだけが、非常に解せぬ。

 休日だったのに、目撃者多数ってどういうことなの。

 

 本当の厄介事って、意外と分からないものだと痛感した。

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