いいわけタコライス
コノハナ ヨル
⭐︎
金曜日の午後2時。昼をとるには、ちょっぴり遅めの時間。霧島くんと私は、大学のカフェでタコライスを食べている。
「タコライスって美味しいね」
「うん、タコライスって美味しい」
「私と同じことしか言ってないよ」
「それは、同じことを思っているからでは」
「たしかに」
◇
なぜ霧島くんとタコライスを食べるようになったのかというと、半年以上前に話は遡る。
このカフェの前を通りがかった時。同じ学科の彼が、入り口でひとり、何かを見つめてボーっと立っているのに遭遇した。
「何みてるの?」
視線の先が気になって、思わず声をかけた。
「あ……、鈴木さん。その、タコライスってなんだろうと思って」
霧島くんは、壁に貼ってある紙を指差した。
“タコライス、始めました!(by カフェ・ボヌール)”
紙には沖縄のシーサーと、なぜか、可愛らしい真っ赤なタコが描かれている。困惑している霧島くんの表情を見て、私はほんのちょっと
「知らないの? タコが乗ってるご飯だよ」
「タコが」
「そうだよ。だからタコの絵が描いてあるんだよ」
霧島くんは目をパチクリとさせる。それから、タコ……タコ……と呟いて、必死に想像しようとしているのが見てとれた。その様子があまりに可愛くて、私は吹き出してしまった。
「冗談だよ」
「冗談?」
霧島くんは、またしても大きく目を見開く。
「タコは乗ってないよ。トマトとかひき肉とかレタスとか、あとチーズが乗ってるご飯だよ。美味しいよ。食べたことないけど」
「ないんだ」
「うん。知識として知ってるだけ」
「……鈴木さんって、何だか愉快だね。もし良かったら、いま一緒に食べてみない?」
「いいよ」
こんな感じの会話だったように思う。
初めてタコライスを食べた私と霧島くんは、それが凄く気に入ってしまった。以来、金曜日はこのカフェで、こんな風にタコライスを食べる会を開いている。会といっても、二人で向かい合って、タコライスを食べて、たわいのないことを話して、それで解散するだけなのだけど。
私は、霧島くんがその大きくて骨ばった手でスプーンを握って、タコライスをすくって、口に運んでいくのを眺める。
霧島くんは食べ方がとても綺麗だ。見ていて気持ちがいい。以前そう言ったら、「俺もそうだよ」って返された。鈴木さんがタコライスを食べているのは、何故かずっと見ていられる、って。
だけど、ねえ。霧島くん。
私は言う。
「こんなことしてて、いいわけ?」
「何が?」
「ここで、いつまでも私とタコライス食べてて良いのか、ってこと」
私たちの会のことは、少しずつ周りに知られてきている。学科の子たちにも、あること無いことを言われ始めている。それは霧島君にとって、あまり良くないんじゃないだろうか。
「……ああ」
心得たとばかりに、霧島くんはうなづく。
「たしかに、良くないとは思ってる。もうちょっと、頑張らなくちゃダメだよね」
「頑張る?」
「うん。いつもここで食べているだけだからね。だから、今度タコライスが有名な店に行ってみようと思ってるんだ。ほら、ここ——」
霧島くんがスマートフォンを開いて、店の案内を見せてくる。そのことに、
「すごく良さそうなお店だね。行ったら感想聞かせて——」
「違うよ。ね、鈴木さん。一緒に行こう。だって、タコライス仲間だし。俺ら」
「……へ?」
思いもかけなかった誘いに、私はしどろもどろになった。
「あとさ、タコライス食べるだけだと出かけたのが勿体ないからさ。食べた後、映画でもみようよ。この店の近くに映画館があるみたいなんだ」
「映画」
「そう。見た後、映画館の隣のこのカフェも行ってみない? 人気あるみたいだし。ついでに」
「ついでに」
「うん。ついでだよ、全部タコライスのついで」
「……いいけど」
答えると、霧島くんは嬉しそうにする。両頬に、浅い窪みができた。
「じゃあ早速行こう。明日とか土曜日だし、どう?」
待って。私は、慌てて手帳を鞄から取り出して確認した。
「……空いてる」
「よかった。じゃあ、あとからLINEするね。俺、次の講義取ってるからもう行かなきゃ」
時間ギリギリだからと、走って講義棟に向かう霧島くんの姿を見送りながら、私は無意識に、とても無意識に、首元に手を置いていた。なんだか急にあつくなってきた気がする。
大したことじゃない。全然大したことじゃない。
私はタコライスが好きだし、タコライスが食べたいから、タコライス仲間の霧島くんと出かけるだけ。映画とかカフェとかは、あくまでついでというか。実際、「ついで」って霧島くんも言ってたし。
でもせっかく美味しいタコライスを食べにいくのだから、いつもよりちょっと気合い入れたカッコとかメイクをしたって良い気もする。
そうよ、これは仕方がないことよ。けして霧島くんとのお出かけが嬉しいとか、そういうわけではなくて。私はタコライスが好きで、タコライスが食べたいだけ。だって美味しいから。本当にそうなの。絶対に。きっと。たぶん。本当に。
私は心の中で、そんな言葉を繰り返した。何度も、何度も。まるで言い訳するみたいに。
いいわけタコライス コノハナ ヨル @KONOHANA_YORU
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます