そこは素敵なシェアハウス ~リトル・リトル・ネイバーズ~

夜桜くらは

素敵なシェアハウス

 私が運営するシェアハウスには、少し変わった住人たちが住んでいる。


 入居者の内訳は男性2人、女性2人。ここまでは普通なのだが、ここの住人には1つだけ大きな特徴があった。

 それは、全員がとても小さいということ。彼らは500ミリのペットボトルより背が低いのだ。

 そう。このシェアハウスは、人間ではなく小さな種族が暮らす家なのである。


 私たちが暮らす世界には、人間の他にも様々な種類の種族が存在している。そのほとんどは人間と同じくらいの大きさなのだが、中には人間よりも小さく、手のひらに収まるくらいのサイズしかない種族もいるのだ。

 私は、そんな小さな身体を持つ彼らに興味を抱き、こうしてシェアハウスを運営することにしたのである。


「さて、そろそろ向かおうかな」


 時計で時間を確認した私は、椅子から立ち上がるとリビングを後にした。

 今日は、月に一度行われる、住人同士の親睦を深めるための食事会があるのだ。オーナーである私も参加するのだが、実は毎月楽しみだったりする。


 シェアハウスは私の家から徒歩5分ほどの距離なので、すぐに到着した。この家は、もともと父が所有していた物件だったのだが、私が譲り受けたものだ。築年数は古いものの、リフォームのおかげで中はとても綺麗になっている。

 玄関にあるインターホンを押すと、すぐにドアが開き、中から小さな人影が姿を現した。


「いらっしゃいませ、オーナーさん!」


 笑顔で出迎えてくれたのは、この家に住むコロポックルの男性──コポルくんだ。

 彼は小柄で可愛らしい見た目をしており、身長は17センチほどしかない。しかし、彼は私と同じ年代であり、れっきとした大人なのだ。


「こんばんは、コポルくん」


 挨拶を返した私は、そのまま家に上がる。すると、今度はエプロン姿の女性が姿を現した。普通のキッチンが大きく見えるほど小柄な彼女は、拭いていた皿の陰からひょこっと顔を覗かせる。


「いらっしゃい、オーナーさん。もう準備はできてますよぉ」


 彼女の名前はアメリアさん。ブラウニーという種族の妖精だ。家政婦の仕事をしているだけあって、彼女の作る料理は絶品である。

 年齢は10代くらいに見えるのだが、実際は200歳を超えているそうだ。


「今日も美味しそうですね! さすがです!」


「ふふっ、ありがとねぇ」


 私の称賛の言葉に、アメリアさんは嬉しそうな笑みを浮かべる。そんな彼女の後ろから、さらに2人の人物が姿を見せた。


「おや、オーナーさんじゃないか」


「こんばんは……」


 片手を上げながら挨拶をしてきたのは、スクナビコナのビコナさん。そして、ぺこりとお辞儀をしたのは、同じくシェアハウスに住むフェアリーの女性、リネットちゃんだ。

 私に気を遣ってくれたのか、彼らはみんなリビングにいたようだ。


「こんばんは、おふたりとも。今夜はよろしくお願いしますね」


「こちらこそ、よろしく頼むよ」


「はい……よろしくお願いします」


 挨拶を交わした後、私たちはダイニングへと向かった。テーブルの上には、すでに豪華な料理が並んでいる。

 美味しそうな香りに食欲を刺激されつつ、席に着く。すると、さっそくビコナさんがグラスに飲み物を注ぎ始めた。

 宙に浮かぶワインボトルとグラス。神様であるビコナさんにとっては、これくらいのことは朝飯前なのだ。ちなみに、彼はバーで働いているため、慣れたものらしい。


「オーナーさん、どうぞ」


「ありがとうございます」


 お礼を言いつつ受け取ると、他の皆も順番に乾杯をした。


「リネットちゃん、乾杯」


「乾杯、オーナーさん。あっ、少し良いですか? ……はい、少し魔法をかけました。これで、悪酔いしないと思います」


 リネットちゃんが目を閉じ、何かを呟いた瞬間、身体に何かが流れ込んできたような気がした。どうやら、アルコールによる影響を軽減してくれる魔法をかけてくれたみたいだ。


「ありがとう、リネットちゃん」


「いえ……どういたしまして」


 ニコッと微笑む彼女を見て、私も自然と笑顔になる。


「それじゃあ、いただきましょうかぁ」


 アメリアさんの言葉で、食事が始まった。

 私は、まずはサラダに手を伸ばす。ドレッシングは手作りのようで、野菜の味を引き立ててくれていた。

 続いて、メインディッシュのステーキを口に運ぶ。噛むたびに肉汁が溢れ出し、口の中に幸せが広がる。


「美味しいです! やっぱり、アメリアさんのご飯が一番ですね!」


 お世辞などではなく、これは本心だった。こんなに美味しい料理を作れる人はそうそういないだろう。


「あら、嬉しいわぁ! ありがとうねぇ」


 褒められて嬉しかったのか、アメリアさんはニコニコしながら答えてくれた。そんな私たちを見て、ビコナさんも口を開く。


「アメリアちゃんの料理は最高だからね。いつも美味しくいただいてるよ。ボクも見習わないとなぁ」


「ふふん、もっと褒めてくれていいんだよ?」


 得意げに胸を張るアメリアさんに、ビコナさんは苦笑する。どうやら、こういうやり取りはいつものことのようだ。私も思わず笑ってしまう。


 その後も楽しく会話を続けながら、食事会は進んでいった。彼らは4人とも身体が小さいため、食べる量も少ない。だが、私に合わせてくれたのだろう、普段よりもたくさん用意してくれたようだ。おかげでお腹いっぱいになった。



 やがて、食事が終わると、次はデザートタイムだ。今回はチーズケーキを用意してくれているらしい。アメリアさんとリネットちゃんはキッチンへと向かい、ケーキを運んできてくれた。


「お待たせしました~」


 テーブルに置かれたのは、お店で売っているような綺麗な形をしたチーズケーキだ。ふわりと漂う甘い香りが鼻腔を刺激する。

 早速フォークを手に取り、一口食べてみる。すると、濃厚なチーズの香りが口いっぱいに広がった。味の方も文句なく美味しい。さすがはアメリアさんといったところだろうか。

 皆もケーキは別腹なのか、幸せそうに頬張っている。その様子を見ていると、なんだか幸せな気分になってきた。


 こんな穏やかな時間が過ごせるのは、このシェアハウスならではだろう。種族も年齢もバラバラな皆が、仲良く暮らしているのだから。


「……やっぱり、シェアハウスにして正解だったな」


「オーナーさん? どうかしましたか?」


 思わず呟いていた言葉が聞こえたらしく、隣に座っているリネットちゃんが不思議そうに首を傾げた。そこで私は、考えていたことを口にする。


「いや、最初は上手くやっていけるかどうか不安だったんですけど……でも、皆さん良い人ばかりで良かったなって」


 私の話を聞いた4人は、顔を見合わせるとクスクスと笑った。そして、それぞれ言葉を返してくれる。


「それはこっちのセリフだよ。オーナーさんと出会えて本当に良かったと思っているさ」


「そうですよぉ。あたしも毎日が楽しいですし!」


「うん、僕もそう思うよ。ありがとう、オーナーさん」


「私も……嬉しいです……!」


 4人からの言葉を聞いた私は、胸が温かくなるのを感じた。こんな風に思ってくれていたなんて……正直、とても嬉しかった。


「そう言っていただけて光栄です。これからも、よろしくお願いしますね」


 笑顔でそう言うと、みんなも同じように微笑んでくれた。


 それから、話題はシェアハウスに入居した理由へと移っていった。


「僕は、もともとは別のアパートに住んでいたんですが……。身体が小さいから、よく蹴飛ばされそうになったりして……それで、引っ越すことにしたんです」


 そう語るのはコポルくんだ。確かに彼の身体は小さく、人間が多く住む場所では暮らしにくいかもしれない。


「そこで、このシェアハウスを知って……ここなら安心できるかなと思って決めたんですよ」


 こちらへ視線を向けてくるコポルくんに、私は微笑みながら頷いた。


「そうだったんですね。気に入っていただけて良かったですよ」


「はい! とっても素敵な家だと思います!」


 嬉しそうに言うコポルくんを見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。


「私は、その……。一人暮らしをしていたんですけど、やっぱり寂しくて……。そんな時、コポルさんに出会って、ここを紹介してもらって……」


 少し恥ずかしそうに語るリネットちゃん。そんな彼女を、コポルくんはとても優しい目で見つめている。きっと、彼女のことが大切なんだろうなぁと思う。


「こうして、一緒に暮らすようになって、すごく楽しいし……幸せなんです」


 そう言った彼女は、とても可愛らしい笑顔を浮かべていた。それを見たコポルくんも笑顔になる。


「うん、僕も同じ気持ちだよ」


 お互いを見つめ合う2人。彼らは恋人同士だと聞いているが、たしかにお似合いのカップルだと思う。

 そんな微笑ましい光景を眺めていると、今度はアメリアさんが口を開いた。


「あたしは仕事柄、いろんな家を転々とする生活を送ってたんだけどねぇ……。一度、そこの飼い猫に襲われかけてから、ちょっと怖くなっちゃって……」


 肩をすくめて話すアメリアさんの言葉に、ビコナさんが反応した。


「あぁ、そういえば前に聞いたけど……それが理由だったんだね」


「そうそう。だから、この家に住み始めてからは平和そのものよぉ。安心して暮らせるわぁ!」


 明るい声で言うと、彼女はケーキを口に運んだ。幸せそうに頬張る姿はまるで子どものようだ。

 すると、今度はビコナさんが話し始める。


「ボクは、『好きな時に好きなものが食べたいから』かな」


「え? それってどういう……?」


 意味が分からず聞き返すと、ビコナさんは苦笑いしながら答えてくれた。


「いやね、ボクはもともとバーで寝泊まりしていて、いわゆる一人暮らしだったんだよ。でもほら、ボクらって身体が小さいからさ。何か料理を作ると、数日は同じものを食べ続けることになるんだよね」


 彼の言葉を聞いた私は、なるほどと思った。たしかに、小さな身体だと料理をしても大量には食べられない。それを何日も食べ続けるのは辛いだろう。

 しかし、このシェアハウスなら料理を作っても、4人いるから1日で食べ切ることができるのだ。それに、掃除や洗濯など家事を手伝ってくれる仲間もいる。つまり、食事面だけでなく、他の面でも良い環境になっているというわけだ。


「そういうわけさ。1人では大変でも、みんなと一緒なら楽しくやれるからね」


 そう言うビコナさんの表情はとても穏やかだ。きっと、彼もここでの生活を楽しんでいるのだろう。


 私は、小さな種族への興味からシェアハウスを運営することを決めたわけだが……その結果として、こんなに素晴らしい出会いがあったのだから、本当に良かったと思っている。

 身体は小さいけれど、お互いに助け合って生きている彼らを見て、改めてそう思った。


「みなさんに出会えて、私も嬉しい限りです。これからも、よろしくお願いしますね」


 笑顔で言うと、皆も嬉しそうな表情で応えてくれたのだった。


◇◇◇


 あなたの側の、小さな小さな隣人たち。彼らがどんな日常を送っているのか、少しだけ覗いてみませんか? そこにはきっと、私たちと変わらない、穏やかな時間が流れているはずですよ──。

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