第5話 元上司との交渉

 龍護りゅうごがエンペラーゲームスに入社して半年。4月になり季節はすっかり春となっていたころ、彼とエンペラーゲームスの社長が参加する新作ソシャゲに関する会議が行われていた。


「社長。新作『ドラグファンタジー』の初月売り上げが出ました……およそ152億4700万円です!」


「そうか、分かった。開発スタッフ全員にはとてもよくやった、と伝えてくれ」


 数値から言えば「ゲームの歴史に1ページを刻める」程の驚異的売り上げだった。




 会議を終えて、社長は龍護りゅうごと2人きりになったのを見て話をする。


龍護りゅうご、よくやってくれたな。売り上げの何割かは君の力によるものだと言っても良いぞ」


「私はやれるだけの事をやっただけです。特別褒められるような事はやってませんよ」


「ハハハッ。お前謙遜けんそんが上手くなったなぁ! 「実るほど頭を垂れる」とは言ったもんだな。しばらくはリフレッシュ休暇を与えるが、次回も頼んだぞ」


 社長は龍護りゅうごをねぎらいつつも激励した。




「ありがとうございます。それとこれからメディアの取材がありますのでこの辺で失礼させいただきますね」


「おおそうか! いやすまなかったな引き留めてしまって」


「大ヒット作を手掛けた、ハタチにも満たない若き新鋭気鋭しんえいきえいのグラフィッカー」として龍護りゅうごは業界ではちょっとした有名人になっていた。

 今回は初となるインタビュー記事の取材が待っていたのだ。




 数日後……インタビュー記事がネットメディアに掲載された日。




「!? あ! こいつは!」


 丸山ゲームスの社長はゲーム情報のポータルサイトに掲載されたインタビュー記事を見て声をあげる。


「『ドラグファンタジー』の若きチーフグラフィッカー『Ryugo』インタビュー。ゲームにおける絵の役割とは?」


 インタビューに出てくる『Ryugo』は昔雇ってた佐竹さたけ 龍護りゅうごそのものだった。


 彼は電話帳に残っていた龍護りゅうごの番号から彼に電話をかける。




「もしもし? 丸山さんじゃないですか。どんなご用件で?」


龍護りゅうご! 悪い事は言わん! 戻って来い! 報酬もたらふく出すから!」


「ふーん……良いですよ。昔お世話になっていた、っていうのもありますし話だけは聞いても良いですよ」


 龍護りゅうごは結論こそ既に出ていたが、話を聞くだけならしても良いだろうとも思っていたのだ。




 数日後……




 丸山ゲームスの一角にある会議スペース。そこに龍護りゅうごは通され、向かいには社長が座った。

 席に着くなり龍護りゅうごはテーブルにボイスレコーダーを置いた。


「言った言わないの水掛け論を防ぐために交渉の内容は録音いたしますが、よろしいですね?」


「あ、ああ。分かった。では早速本題に入ろう……いくら欲しい? 言い値で良いぞ」


「最低、月給3000万はいただきたいですね」


「……言い間違いか? 「月給」3000万って聞こえたんだが? 「年俸ねんぽう」3000万の間違いだろ?」


「間違いではありません。月給3000万、年俸に直すと3億6000万。それが交渉の「最低限度の」ラインです。条件次第ではさらに上乗せします」




「そんなバカげた大金、会社をひっくり返しても出せるか! デタラメな事を言うな!」


 龍護りゅうごの要求に彼の元上司である丸山ゲームス社長はキレた。


「別にデタラメでもなければ吹っ掛けた金額でもありませんよ。正当な理由があっての「月給」3000万です。

 私は現在月給1000万、年俸1億2000万で雇われているので私を引き抜くのなら少なくともその3倍の報酬をもらわないと割に合いませんね。

 言っておきますが3倍の値段は「最低ライン」です。あなたの要望をお聞きするにあたってさらに報酬を上乗せすることも考えられますのでご納得、ご了承いただきたいですね」


「こ、この野郎……」


 理不尽な要求に社長の怒りは早くも頂点に達しようとしていた。




「この野郎? あなたは交渉相手に「この野郎」なんていうんですか? はしたないですねぇ。それでも社長ですか?」


「テメェ! 人様が下手に出てりゃつけあがりやがって! 俺はお前を拾ってやったんだぞ! その恩は無いのか!?」


「恩は感じていますが、給与面の交渉はそれとは別の問題です。それはそれ、これはこれ。という奴ですよ。というか録音しているのにそんな暴言吐いて大丈夫なんですか?」


「……のどが渇いた。水を飲みたいんだがいいか?」


 急に「のどが渇いた」と言い出す社長。龍護りゅうごはこれから何をしでかすか、大体は予想していたし、そのための保険もかけていた。




「良いですよ。どうぞご自由に」


 社長はバッグからペットボトルを取り出し、中身のミネラルウォーターをバシャバシャと「机の上にあるボイスレコーダー」にぶっかけた。


「おっと手が滑った」


「! テ、テメェ!!」


「だから、手が滑ってやりたくもないのについうっかりやってしまったと言ってるだろ? そうでない証拠でもあるのか? 例えば、ボイスレコーダーとかwww」


 まるで自分が被害者だ。とでも言わんばかりに社長は態度を変える。態度を変えるというか、今までフタをしていたものが出てきたというのが正しいか。




「へぇそうですか。丸山ゲームスの社長さんは人様のボイスレコーダーをぶっ壊しておいて証拠はあるんですか? とすっとぼけるわけなんですね? よくわかりましたよ」


「証拠も無いのにそんなこと言われると心外ですなぁ。記録を取りもしないでそんな言いがかりを言われると人権侵害で訴えますよ?

 そもそもな! 俺は嫌いなんだよ! お前の事が! 見た目から! 中身から! 声色に至るまで! 存在自体が大嫌いなんだよ! 今回の交渉で人様の足元を見る態度もそうだ!」


「へぇ、そんなこと言うんですか。なら今回の交渉は決裂ですね。今回のお話は無かったことにしてください」




 龍護りゅうごは胸ポケットから社長に水没で壊されたボイスレコーダーとは「別のレコーダー」を取り出し、録音されているか確認する。


『だから、手が滑ってやりたくもないのについうっかりやってしまったと言ってるだろ? そうでない証拠でもあるのか? 例えば、ボイスレコーダーとかwww』


『へぇそうですか。丸山ゲームスの社長さんは人様のボイスレコーダーをぶっ壊しておいて証拠はあるんですか? とすっとぼけるわけなんですね? よくわかりましたよ』


『証拠も無いのにそんなこと言われると心外ですなぁ。記録を取りもしないでそんな言いがかりを言われると人権侵害で訴えますよ?

 そもそもな! 俺は嫌いなんだよ! お前の事が! 見た目から! 中身から! 声色に至るまで! 存在自体が大嫌いなんだよ! 今回の交渉で人様の足元を見る態度もそうだ!』


「バッチリ」だ。

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