第6話 取引停止命令

 龍護りゅうごとの交渉が決裂して2日後。丸山ゲームス宛てに1通のメールが届いた。


(これは! フェニアック株式会社の社長から直々のメールだと!?)


 フェニアック株式会社……丸山ゲームス最大の取引先で、ここからの取引が会社の収益のおよそ7割を占めるという最大のお得意様だ。

 彼は文面を見るためメールをチェックする。


「丸山ゲームス社長へ。本日の午後3時、わが社の社長室に来るように」


 その一言しか書かれてなかった。何が待っているのだろう、と疑問に思いながらも彼は荷物をまとめて新幹線に乗った。




 ……時刻は午後2時40分。




 新宿の一等地に立つ国内有数のゲーム会社、フェニアックの本社に丸山ゲームスの社長がやってきた。


「丸山ゲームスの丸山です。午後3時社長室に来るようにというご用件のためにお伺いしました」


「丸山さんですね。話は聞いています、お通り下さい」


 守衛には既に話は行っているらしく、すんなりと通してくれた。




「ふう……」


 社長室に来い、というお達しにさすが緊張は隠せない。もしかしたら新規プロジェクトの立ち上げに関わらせてくれるのでは?

 期待半分に社長室の扉をノックして入った。


 目の前にいるのは60を超えるというのに中年太りとは無縁の、テレビに出てくる俳優のように決まった見た目の若々しいフェニアック株式会社の社長だ。

 同じ社長と言えど丸山ゲームスの者からしたら「雲の上の人」だ。ただ、やたらと険しい顔をしてピリピリとしているのが気になるが……。


「これはこれは! 社長じきじきとはいったいどんなご用件でしょうか!?」


 丸山ゲームスの社長がそう言うと、フェニアックの社長は黙ってスマホを取り出し「とある音声ファイル」を再生する。




『だから、手が滑ってやりたくもないのについうっかりやってしまったと言ってるだろ? そうでない証拠でもあるのか? 例えば、ボイスレコーダーとかwww』


『へぇそうですか。丸山ゲームスの社長さんは人様のボイスレコーダーをぶっ壊しておいて証拠はあるんですか? とすっとぼけるわけなんですね? よくわかりましたよ』


『証拠も無いのにそんなこと言われると心外ですなぁ。記録を取りもしないでそんな言いがかりを言われると人権侵害で訴えますよ?

 そもそもな! 俺は嫌いなんだよ! お前の事が! 見た目から! 中身から! 声色に至るまで! 存在自体が大嫌いなんだよ! 今回の交渉で人様の足元を見る態度もそうだ!』


 スマホからそんな会話が流れ出した。それを聞いて丸山ゲームスの社長の顔面から血の気がさぁっ。と引き、病人のような青ざめた顔色に変わっていく。




「何故このようなことをしたのか、納得のいく説明をして欲しいのだが?」


 フェニアックの社長は怒鳴り声こそ立てず、静かな口調だが「殺意」と言ってさえいい位の憎悪を相手にぶつける。


「も、申し訳あ……」


「謝らなくていい。私は君に謝れと言った覚えはない『何故このような事をしたのか、納得のいく説明をして欲しい』と言ったんだ。説明をしてもらおうか?」


「……」


 言葉が出ない。30秒ほど彼は沈黙する。




「黙っているというのなら表立って説明できない訳がある、というわけか。社長である君がそうなら社員はみんなそうなんだろうな。

 君にはとことん失望させられたよ。まさかここまで酷い事をするとは思わなかった。私の目というのはずいぶんと曇っていたようだ。

 これ以上君の会社と取引は出来ない。今日付けで全契約を解除する。言っておくが君も君の社員も2度とわが社の敷地を踏むなよ」


「そ、そんなこと言わないで! がんばりますから!」


「くどい! これ以上ごねるなら警備員を呼ぶぞ!」


「家のローンがまだ残ってるんです! 一番下の娘は高校3年生でこれから大学受験が待ってるんです! ですから! なにとぞお慈悲を!」


 丸山ゲームスの社長は食い下がるが、相手は全く聞く耳持たずだった。結局警備員に追い出され、フェニアック社との取引も無くなった。




 翌日。さらに追い打ちが情け容赦ようしゃなく丸山ゲームスを襲う。


「社長! 先日連絡をいただいた点満堂てんまんどうの方がお見えです」


「わかった 丁重におもてなししてくれ。俺が行く!」


 点満堂……丸山ゲームスの取引先としては2番目の規模になるお得意様で、フェニアックと点満堂の2社との取引が丸山ゲームスの収益ほぼ全てと言っていい重要な取引先である。




 会社の中にある会議スペースに、丸山ゲームスの社長と点満堂の幹部社員が入る。幹部社員の表情は、やたらと渋い。


「丸山さんにお聞かせしたいものがあります」


 点満堂の幹部社員は不機嫌な顔をしたまま、スマホ内にコピーされた音声ファイルを再生させる。




『だから、手が滑ってやりたくもないのについうっかりやってしまったと言ってるだろ? そうでない証拠でもあるのか? 例えば、ボイスレコーダーとかwww』


『へぇそうですか。丸山ゲームスの社長さんは人様のボイスレコーダーをぶっ壊しておいて証拠はあるんですか? とすっとぼけるわけなんですね? よくわかりましたよ』


『証拠も無いのにそんなこと言われると心外ですなぁ。記録を取りもしないでそんな言いがかりを言われると人権侵害で訴えますよ?

 そもそもな! 俺は嫌いなんだよ! お前の事が! 見た目から! 中身から! 声色に至るまで! 存在自体が大嫌いなんだよ! 今回の交渉で人様の足元を見る態度もそうだ!』


 またもや、あの交渉の記録だ。




「丸山さん。これは一体どういう事なんですか?」


「ど、どうって言われましても……」


「『どうって言われましても』だって!? これだけふざけた事をやっておいて、何でそこまで他人事でいられるんですか!?

 アンタ親からどんなしつけをされて育ってきたんですか!?」


「それはその……申し訳ないというか……」


「『申し訳ない』だぁ!? これはもう謝れば済むレベルを完全に超えています! 下手すれば犯罪行為にもなりかねない事ですよ!?

 そんなことをやっておいて『どうって言われましても』だって!? アンタ自分の立場を分かって言ってるんですか!?」


 点満堂の幹部社員は机をバン! と叩いて怒りをあらわにする。怒鳴り声と机を叩くでかい音が辺りに響き、事務作業をしていた社員の動きがビクリと止まるほど、その怒りは激しかった。




「社長さん。あなたがそういう態度を取るというのなら、我が社としてはこれ以上あなたとの取引は断念せざるを得ません。今日付けで全ての取引を停止いたします」


「ま、待ってください! あなたとの取引が無くなったら仕事が無くなって……」


「あなたの会社がどうなろうと我々の知る所ではありません。規模を縮小するなり潰すなりどうぞご自由に。では」


 相手は吐き捨てるようにそう言うと冷酷に去っていった。

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