第3話 龍護、覚醒

 入院中のリハビリに3ヶ月と少しかかり、さらに解雇による保険や年金などの切り替えといった、諸々の手続きを経てあっという間に4ヶ月が過ぎた。

 龍護りゅうごはまだ左脚の動きが少しぎこちないが、1人暮らしするには特段不自由する。というわけではないので就職と同時に住むようになったアパートに戻ってきた。


「ふぅ、久しぶりの我が家だな」


 およそ4ヶ月ぶりの我が家。梅雨の季節、さらに言えば夏は既に終わっており今では10月。秋本番だ。

 郵便受けにでかい封筒が入っていた。彼はそれを開けると……。




「症状 ダントツの1位 佐竹さたけ 龍護りゅうご 殿


 あなたは大した実績を残せずに雷に打たれて長期にわたるリハビリ生活をしているそうですね。

 宝くじに当たる位の幸運を何のために使っているのやら、と社員一同呆れかえっております。


 事件前に「オレちゃん努力してるアピール」するだけならまだしも、

 事件後でさえリハビリで「オレちゃん努力してるアピール」をし続けるキモいあなたは

 わが社のウザい社員ランキングをぶっちぎりで、ダントツの1位です。


 あなたには若さだけしか取り柄がありませんが、せいぜい新天地があるとしたら今と変わらずに

 底辺をはいつくばって給料泥棒を続けてください。

 もっとも中卒の底辺に新天地があるかどうか分かりませんがケーッケッケッケッケッケ。


 丸山ゲームス社員一同」




 恐らく解雇通知書を送る前に送ったのであろう、侮辱がこれでもかと書かれてあった賞状が入っていた。


「……酷い事言いやがる」


 賞状を投げ捨てるようにぶん投げるとパソコンの前に座り、液タブにラフの線を書いていく。とりあえずは4ヶ月ぶりに絵を描くのでサビ落としの意味もあったのだが……。


「……え?」


 ラフスケッチで1本線を引いただけなのだが、明らかに以前とは「何かが違う」と思わせる線だ。続いて何本か線を引くと、疑惑は確信に変わる。


「何だこれ? 俺こんなに絵描くのが上手かったっけ?」


 筆が進むとかそういう次元じゃない。自分で描いた絵なのに予想していたものよりもはるかに上手い絵が描ける!

 ラフスケッチの時点で既に「普通の絵師の清書クラス」の美麗な絵がかけた。




「ラ……ラフスケッチか!? これ本当にラフスケッチなのか!?」


 突如覚醒した自分の絵に驚きを隠せない。

 そこからさらに清書で書き込みが入るが、まるで手が勝手に絵を描き上げるかのように自然と、かつ迷いが一切なく動く。

 食事や風呂、休憩をはさんでも以前の半分ほどの時間、5時間程度で絵が描き終わった。その美麗さと来たら、到底自分が描いた絵ではないかのようなものだ。


『4ヶ月ぶりに描いてみたんだけどなんかすごく上手くなった気がする』


 アカウントを持っていた3つのSNSにそれぞれそんなコメントをつけて投稿すると……


【神様って本当にいたんだな】


【到底人間に成せる業じゃない。ガチの神だ】


【4ヶ月間でいったい何があったんだ!?】


 投稿してから1分もたたないうちに500いいねがついた。




 さらに30分後……


【見た瞬間気絶して30分経ってた】


【涙で画面がまともに見えない。助けて】


【ありがとう……それしか言う言葉が見つからない】


 賞賛の嵐が吹き荒れた。時間と共に狂ったカウンターのようにいいねの数が増えていく……SNSによってはアップロード後1時間も経っていないというのに既に3万いいねを突破していた。


「まさか……雷で脳が覚醒したとか、そんなんじゃないよな?」


 SNSで自分の絵が大絶賛のシュプレヒコールを浴びている中、世間一般でも神絵認定の絵が描けるというのだけは確かなのだが、いまだに信じられるものではなかった。

 とはいえ検証のための絵を描くには遅すぎる寝る時間が来ていた。


 中学時代に家で寝る間を惜しんで絵を描いていたせいで授業中寝てしまい成績が急降下したので、睡眠時間を削ってまで描きたくはなかった。

 それに今の俺は無職だ。時間だけは腐るほどあるから、また明日描けばいい。そう思って眠りについた。




 翌日、就職活動のためハローワークに通った帰りに龍護りゅうごは再びペンをとる。今回は4時間ほどでやはり神絵が描けた。


 SNSに投稿すると……


【またRyugoさんだ。今回も神絵だわ】


【ありがてえ、ありがてえ】


【この世が嫌すぎて自殺しようと思ったけど、死んだらこの絵が見れなくなるから生きている】


 相変わらずの賛美の嵐。急にここまで絵が上手くなった、となると認めざるを得ない。




「……こりゃ落雷で才能覚醒なんていうトンデモを信じざるを得ないぞ」


 彼は落雷で才能が開花という「マンガの中でしか起こりえない出来事」が本当に起こったとしか思えなかった。

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