第2話 雷の直撃

 6月のある日。梅雨なのもあって雨が降る上に、ゴロゴロと空が鳴る中を龍護りゅうごは原付に乗って帰ろうとしていた。


 16歳になって原付の運転免許を取った後に貯金をはたいて買ったものだ。

 自転車では到底行く気になれない遠く離れた場所に遊びに行くには実に便利で、晴れているときは快適なのだが雨の日だと雨がっぱを着なくてはいけないのが難点だ。


 いつものように通勤路を進み信号待ちをしていた、その時だった!




ズッッッガドォン!




 1トンのTNT火薬が一斉に爆発したかのような強烈な轟音ごうおんが響くと同時に、龍護りゅうごの意識は途絶えた。




「ハッ!」


 彼が轟音を聞いた直後、次に目覚めたのはベッドの上。白い部屋でかすかな薬品の香りがする室内を見て「ここは病院なのだろうか?」と推測する。


「先生! 患者の意識が戻りました!」


 彼のそばにいた看護師が目を覚ました龍護りゅうごを見て医師を呼ぶ。ほどなくして看護師と一緒に医者が飛んできた。




「大丈夫か!? 君!」


 ベッドから起きようとするが、上手くいかない。さっきから左足から妙な感覚が伝わってくる。


「……なんか、左足が動きにくいですね」


「右足はどうだ? 他に身体に違和感は無いかね?」


「いえ、違和感があるのは左足だけです。いったい何があったんですか?」


「分かった。君にとっては一瞬の出来事だろうから順を追って説明しよう」


 医師が語りだした。




 彼が言うには龍護りゅうごは1週間前、落雷の直撃を受けたのだそうだ。それで意識を失い救急車で病院に搬送され、今まで治療を受けていたとの事だ。

 幸い雨がっぱという絶縁体として多少は電気を防ぐものを全身にまとっていたのと、それについていた雨粒の水滴がある程度雷を逃がしてくれたのもあって、

 落雷の直撃を受けるという大惨事においても左足の動きがぎこちない程度で済んだのだ。


 働き出した際に親の勧めで民間の保険に入っていたのが幸いして入院している間は保険のお金で不自由なく過ごせた。




「うぐ……ぐ……」


「うん。少しは動くようになりましたね」


 龍護りゅうごを待っていたのはリハビリ。動かない左足を動かすためのトレーニングだった。


「本当に、また歩けるようになるんですかね?」


「大丈夫です。皆さん口をそろえてそんな弱音を吐いていましたが動けるようになりました。とりあえず1ヶ月、頑張りましょう」


 龍護りゅうごは動かない足を何とか動かそうとする。ここに来る前は当たり前に出来ていたことが出来ない。

 という事に一種の絶望を感じるが、医者からの「大丈夫。患者はみんな弱音を吐いていたけど必ず良くなる」というのを繰り返し繰り返し言い聞かせ、

 わずかな可能性だったとしてもすがるしかなかった。




 1ヶ月後……毎日続くリハビリの中、変化が起きていた。


「おお……歩けるぞ!」


 松葉杖まつばつえをつきながら、ではあるが龍護りゅうごは自力で歩けるようになるまで回復できたのだ。


「先生! 先生の言ったことは本当だったんですね!」


「だから言ったでしょ? 『患者はみんな弱音を吐いていたけど必ず良くなる』って。その通りよくなったじゃないですか」


 こうして本当に良くなるのを自身の身体で体験できるのなら希望も見えてくる。さらに……




龍護りゅうご、大丈夫?」


「母さん。俺、松葉杖は使ってるけど歩けるようになったよ」


「え!? 凄いじゃない!」


 入院生活中、龍護りゅうごの両親は少なくても週1回は来てくれたのも彼にとって大きな支えとなった。




「それにしても、丸山ゲームスって言ったっけ? 会社の人は誰1人見舞いに来ないなんてどうかしてるわ」


 その一方で、丸山ゲームスの社員は誰1人来なくて代わりに「解雇通知書」が1通送られただけだった。

 電話1本よこさない、という扱いに、龍護りゅうごはようやく自分は丸山ゲームス社員全員から嫌われ、ウザがられていたと思われていたのが分かったという。

 丸山ゲームスの対応がもう少し柔らかければあそこまでの大惨事には至らなかったのだが、社員の誰1人それに気づいていなかった。

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