第3話 叶えたい夢

「当たっている――」


 僕は初めて女性に告白して、初めて振られた。

 それがあまりにも堪えたらしい。気が付けば1ヶ月近く仕事に行かなかった。

 病院に行ってこいと、『心の病気』を仕事場から心配されて、催促されていたが……原因は明白だった。

 だが、ふと『宝くじ』を思いだし、ネットで調べた。

 300円でも当たっていれば十分……そう思っていた。だが、下から順番に見ていくと1等前後賞を合わせて、合計、数億円――。


 信じることは出来ないであろう。


 何度も見直し、換金できる特別な銀行に出かけた。だが、前を行ったり来たり……。

 あまりにも怪しく思われたのか、警備員に声をかけられ、中に連れられ、それが本当であることを確認できた。


「突然、大金を手にした人は性格も変わりますので、お気を付けてください」


 色々と手続きをしたが、最後に銀行員がいった言葉がそれだ。

 恐らく……というか、こんな大金を手に入って、誰が性格を変わることがないと言えるのか!


 突然の大金。それは当然のように、僕の何かを一変させた。


 図書館の仕事は辞めた。一生自由に暮らせるお金がある。

 まず一番はじめにしたこと。市街地に売れ残っていた家を購入した。あの天体観測ドームのある家だ。

 あのドームのおかげで、不動産屋は持て余していたそうで、簡単に引き渡してくれた。

 しばらく空き家だったから、すこし傷んでいたところがあり、リフォームをしてもらった。


 外見では分からなかったが、家には地下室があった。これも前の家主の趣味であろう。

 防音設備の整ったシアタールームだ。

 最新の映像機器を入れて、僕も使ってもいいかもしれない。


 車は……手放す気になれなかった。

 初めてのボーナスで買い始めたものだったからだ。ローンが残っていたが、それを全額返金する気になったぐらいか。高級車を買いたいと思ったが、妙に愛着があり手放せない。


 後は……天体観測ドームに新しい天体望遠鏡家主を入れた。周りの光害が心配だが、少しは楽しめるだろう。


 リフォームも終わり、一段落した我が家に腰を据えた。

 しかし、何か物足りない。

 大きな家に僕ひとり――足りないものは分かっていた。だが、それは手に入ることはないだろう。


 代わりのものを。僕の心を満たしてくれるものを――。


 そう思い、ペットショップを覗いた。

 犬は生涯の友というじゃないか。


 大型犬も小型犬も確かにカワイイ。だけど、飼う気にはなれなかった。

 話は通じない。子供がいたら情操教育とやらにはいいのかもしれない。

 僕の空いた心を埋めるには、やはりカノジョしかいない。

 やりたいことのリスト。彼女が欲しい……結婚がしたいを叶えるためにも、カノジョがそばにいなければ――。


 気が付いたら、カノジョがレストランでから、4ヶ月ほど経っていた。


はどうしているだろう?」


 僕は気になりだした。

 最近は、気になりだしたら止まらなくなっている。恐らく、宝くじの当選金の所為であろう。

 何をするにも、金があると言うだけで、自分でも大胆な行動を取っていると思える。


 ユキエのアパートは何度が迎えに行ったことがあるので、迷うことはない。

 で、部屋を変えることはないであろう。


 すでに日が暮れていたが、いつものようにアパートに行ってみた。

 もう仕事から帰ってきているはずだ。

 するとどうだろう。

 パトカーがいた。警察官も何人もいる。


「何かあったんですか?」


 近くの野次馬に話しかけた。パトカーの音を聞きつけた近所の主婦だろう。

 車で通りかかり、パトカーがいる所為で通れないような素振りで。


「何でも空き巣ですって」

「――物騒ですねぇ」


 ユキエのアパートでですか!? と言いかけたがグッとこらえた。

 救急車も来ていないところを見ると、怪我人等はいないのであろう。


 薄暗いアパートを見ると……するとどうだ。ユキエの姿が見えた。

 事情聴取だろうか? 警察官と何か話している。


 ユキエの部屋が狙われた!? カノジョを守らなければ!


 僕のユキエを守れるのは、僕しかいない。

 職場でも、誰もカノジョを守ろうとしていなかったではないか。

 ユキエを安全なところへ……匿ってあげなければ。

 今回は空き巣であったが、犯人に出くわしたとしたら、殺されてしまうかもしれない。


 警察は事件が起きてからでないと、動かない。


 だとしたら、やはり僕が、愛するユキエを守らなければ!


 カノジョを守れるのは僕だけだ。

 どう守れる? ユキエの部屋に空き巣が入ったことで僕は考えた。

 ある答えが出た。


 僕の家は安全だ。


 新たな家にはリフォームをした時にカギなどを、最新のものに一掃していた。

 銀行にあるお金を降ろしたので、安全だったが、それか有効になるかもしれない。

 ただ、ユキエを迎えるためには、家具が足りない。

 僕の分しかないからだ。


 家具屋を周り、ユキエとの新たな生活に浮き足だって、散財してしまった。

 カノジョのためだ。出し惜しみなどするものか。


 後はカノジョを迎えに行く。しかし、どういうことであろうか。

 車を飛ばして、ユキエのアパートに行くと、トラックが1台止まっていた。

 僕はアパートの手前で、車を止めて観察する。


 引っ越し屋のトラックだ。

 2階から段ボールがすでに運ばれていたようだ。そして最後に――


 ユキエ!?


 現れたのはカノジョだ。そのままトラックの助手席に座ると、引っ越し屋は走りだった。


 どういうことだろうか?


 気が付くと車を走らせ、トラックを追いかけていた。

 何故、引っ越しを……いや、答えは簡単だ。

 空き巣に入った部屋に、女性が住み続けられるのは無理だ。

 誰に相談したのか分からないが、部屋を変えるのは当たり前であろう。


 そして、僕の予想通り、トラックは別のアパートの前に止まった。

 ここがユキエの新しい部屋のようだ。


 しかし、これだけでカノジョの安全は守れるだろうか?

 僕が……愛している、僕が見守ってあげれば!


 どうすべきか――


 車のハンドルを握りながら考えた。

 その時一瞬、頭の中で浮かんだこと。だが、人間の倫理に反することだ。しかし、僕にはそれしか方法がない。

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