第4話

 源は数か月後にはまた新しい彼女が出来、クリスマス年明けを経てバレンタイン。

都をどりが終わる頃、源と彼女との関係も終わりを告げまた千夏の心をかき乱す。そんな心中の頃、菊まりが落籍かれる事となった。


「おおきに。長い事、お世話になりました」

 舞妓は二十歳程度で芸妓へと衿替えするが、芸妓に引退も定年退職も無い。

 還暦を過ぎても米寿を過ぎても、独身で芸妓を続けて居る限りは幾つになっても「おねえさん」と呼ばれ、芸妓としてお花に上がることが出来る。それは踊りを専門とする“立方たちかた”でも、三味や鳴り物を専門とする“地方ぢかた”であっても同じ事だ。芸妓を辞め、屋形やお茶屋、料理屋の経営をするようになると「おかあさん」と呼ばれる。

 どんなに若くとも「おかあさん」と呼ばれ、芸妓の方が年上であっても「おかあさん」と呼称される。

 芸妓が芸妓である事を辞める時、それは結婚を意味している。殆どが引退イコール結婚となるが、今では結婚以外にも稀に転職という選択肢も存在する。昔では考えられないが、それだけ自由な風習になったという事だ。

 芸舞妓が花街を去る際、戦前には白米に小豆の入った(赤飯では無い)物を別れの挨拶と共に配ったが、最近では紅白まんじゅうを配る事が主流となっている。

 目出度さを記す赤い色は“自分は花街を出て行きます。お世話になりました。”という意味で、一方の白は“帰ってくる事があるやもしれません、その際はまたよろしくお願い致します。”という意味で。

 その昔、意に沿わぬ相手に落籍かれる際やお妾さんとして囲われる為に落籍かれていく際、白米だけが入った落籍祝いや白米の中に数粒の小豆を入れただけの、ほぼ白米を配る芸妓も居た。今なら紅白まんじゅうではなく、白い饅頭のみといった所だ。

それは“必ず帰ってきます。”という無言の意志の表れだった。

菊まりもまた落籍祝ひきいわいとなる、おまんじゅうの入った箱を持って涼白屋へとやって来た。

 無論中身は紅白のおまんじゅう。


 菊まりは倍程歳の離れた画家に見初められ、何年間もアプローチされ続けた末、その画家と一緒になり東京へ行く事を決めたのだ。

「メタボ親父に興味はおへん!」

 そうハッキリと拒絶し続けた菊まり。

 画家は数年間の間に食生活を改善し、メタボを解消しながら足しげく東京から通い、菊まりへとアプローチし続けた。その結果がようやく実を結び、花が芽吹いたのだ。

「おめっとうさんどす」

 千夏も心から菊まりの門出を祝った。

「涼夏さん…ちょっとよろしゅおすか?」

 口を一文字に結び、しっかりとした眼差しで涼夏を走り庭の隅へと呼び出した。何かを察したおかあさんが、そっと他の芸舞妓を引かせ二人だけにしてやった。

「涼夏さんには、こっちどす」

 そう言って渡されたおまんじゅうの箱の中には、真っ白なおまんじゅうが二つ。

「……………」

「これがうちの本音どす。あの人は、うちのおかあはんもおばあはんも一緒に来たらえぇて言うてくれたはりますけど…一人息子なんどす、あの人……。せやのに、自分の両親とは別居してうちの家族と住んでくらはるんどす。あの人はかまへんて言うてくれてはりますけど……やっぱり……」

 後ろめたさがあるのだと、いつも強気の菊まりが俯き加減に呟いた。

「うち、こんな性格どっさかい…向こうのご両親と上手い事やって行けるか心配なんどす」

 菊まりの一文字に結んだ唇が、震えながら言葉を履き出した。

 どこにでもいる、二十三歳の女性の顔が其処にはあった。

 結婚に対しての数多くの不安、長男の嫁になるのに相手の両親とは別居し、自分の母親と祖母を連れて行くという負い目。

 それ以上に、最期まで反対していた結婚相手の両親との折り合い。

「せやから…すぐに三行半突き付けられて、帰って来るような気ぃしてならへんのどす」

 目を真っ赤に充血させ、溢れそうになる涙を堪えながら言った。

―――鬼の目にも涙……どすな。

 カラカラと笑い出した涼夏に、菊まりは唖然として目を見開いた。

「いっつも強気どしたのに、どないしはったん?菊まりさんらしゅうおへんわ。何年も菊まりさんの事想てくらたはったお人どっしゃろ、信じたらよろしゅおす。菊まりさんがなんぼミソクソに言わはったかて、何遍もチャレンジして来てくらはったお人どっしゃろ」

―――菊まりさんが信じへんで、誰が旦那さん信じるんどすか!

 バシンッと肩を叩いて、千夏が言い放つ。

 その言葉と同時に、菊まりの緊張からなのか先程の千夏の言葉からなのか、キッっと上がりに上がっていた眉尻が緩み、一文字に結ばれた唇からは笑いが漏れた。

「涼夏さんは、どこまでもお人よしどすなぁ」

「そうどすか?」

「こんな風に涼夏さんと笑ろて話したん、何年振りどっしゃろ……うち、いっつも突っかかってばっかりどしたから」

「うちが言える相手やったて、だけどっしゃろ」

―――やっぱりお人よし。

 真っ赤に目を充血させながらカラカラと菊まりは笑い、続けた。

「うち、源さんが初恋どすねん」

「そうどすか」

 恨み節と皮肉の嵐だったが、もう今の菊まりには敵意も虚勢も見当たらない。少し意地悪く、悪戯を楽しんでいる子供の様な表情で語る。その表情は八年前に出会った当時より少しだけ大人びていて、あの頃より艶っぽく綺麗になり、遠い昔を懐かしんでいる。

 あの頃「長時間の正座が辛い」だとか、「花街の言葉は難しい」「三味が上手く弾けない」等とあの頃話していた時と同じ、言葉に一切の刺々しさの無い純粋な愚痴と、「とうとうをどりの先生に“お止め”を貰ってしまった」と、踊りの稽古途中で「あんたはもう止めや」と稽古を止められ、屋形のおかあさんに何て言えば良いのだろうと部屋の隅っこでベソをかいていた時と同じ様に、真っ赤に充血させた目に時折ハンカチを当て、鼻を啜りながら菊まりは話す。

 千夏はその時と同じ様に何も言わずに側に居て、最後の愚痴と不安を微笑みながら受け止めた。

 ひとしきり愚痴と不安を並べ立て、ふぅっと一息諦めの言葉を吐き出した。


「あんな源さんの顔見てもたら、入り込む隙なんかおへんもん」

―――???

 源の“あんな顔”とやらを見て“入り込む隙がない”とう菊まりの言葉に、思わず目を見開いてしまい動揺を隠せない。

 改めて菊まりを見ると、クスクスと声を殺して意地悪そうに笑っている。

「気づいたらへんのどすか?」

 何の事かと思いを巡らせるが、菊まりはまたちょっと意地の悪い笑顔で語った。

「忘れもせぇへん、去年の七月二十日。夜中に南座の前で信号待ちしたはる源さん見ましてん。うちはタクシー乗っとって、源さんが一緒に連れたはった女の人に、これまた見た事無い程に優しい顔したはったんどす」

 一瞬頭の中が真っ白になった。

「お連れの方は下向いたはって、顔まで解らしまへなんだけど、それ見た時に『あぁ幸せなお人はこういう顔しはるんや』て思たんどす」

―――見るからに、幸せそうにしたはったんどっせ。

 菊まりが畳みかける様に言ったその言葉に、思わず目が泳ぐ。

 その日、その時間、源と居たのは……。

自分―――――。

 無言参りを決行させてくれていたあの日。一見芸妓とは解らない服装と髪型をし、普段とは全く違う化粧をし、源と歩いた数時間。ずっと俯いていて、源の顔をまともに見る事すら出来なかった。それが良かったのかもしれない、菊まりに見られた今なら言える。

「源さんの幸せそうな顔見たら、うちの人が同じ顔しはるのん思い出してしもたんどす」

 少し照れくさそうに、唇を尖らせる。

「なんであのメタボ親父が出てくるんや!て思たんどすけど、うちの人、同じようにうちの事見てくらたはるんどす。そう思たら…この人でかまへんのやないかて思えましてな」

 その時の源の表情なんて解らない。自分を見ていた事も、そんな顔をしていた事さえ知らなかった。

―――幸せそうな顔。

 どんな表情の事を、人はそう表現するのだろう?

「もぉ!聞いてはるん⁈」

「えっあっ、へぇ。聞いとりますえ」

 慌てて取り繕うが、菊まりは充血した眼を悪戯っぽく緩め、囁くように言った。

「あの日限りやったんか、もう終わったんか、それともまだまだ継続中かは知りまへんけど、これだけは言うときます」

―――よぉ似合てはったえ、あのワンピース。

「!!!」

 小声でささやかれた言葉にギョッとして身を引いた。

 目を白黒させ、驚きを隠せないでいる千夏を見て菊まりがカラカラと声を出して笑う。意地悪く、悪戯っぽく。あの日の事を見て側にいた女が千夏だと解っていても、口外する事無く自分の心の中だけに留めてくれていた菊まり。

「おきばりやっしゃ!」


 その強気のたった一言が、菊まりの本心全てだったのかもしれない。

 出会った頃より大人びた、それでいてあの頃と変わらぬ笑顔で、最期までの最後まで勝気で、寂しがり屋で負けん気が強い菊まりだった。

 次の大安の日、菊まりは祇園を後にした。

―――また、会えるやろか……。

 カレンダーを眺めながら思った。




 自分と居た時に源がしていたという、幸せそうな顔がちっとも想像出来ない。

 一言も話さず、黙々と歩いた無言参りの数時間と一緒に笑った夢の様な時間。

 あんな風に一緒に歩いたり、お酒を飲んだり、笑って話す事はもう無かった。




     ※




―――うち、担がれてるんやろか?

 いつも手入れをして貰っている三味線屋の店主へと愚痴を言う。

「へぇ、そんなんあったんや。源さん、何遍も会うてんのに…口硬いなぁあの人」

 ニヤニヤと右の口角を上げながら、したり顔で笑う青年。

 まだ十九歳だったあの日。安井金毘羅で泣いていた千夏の下に、態々保冷剤を持って様子を見に来てくれた人。

 当時はまだまだ見習いで、まだまだ幼なさの残る少年だったのに何も聞かず、店の奥の居間で目の腫れが治まるまで一人にさせてくれた。店主と少年は店で黙々と作業し、店で飼っている飼い猫だけがずっと側に寄り添ってくれていた。お蔭で屋形へ何事も無かった顔をして帰る事が出来たし、少しだけ気持ちの整理も着いた。

 当時の自分よりもずっと大人だった少年は、先代が亡くなった後に三味線屋を継いで立派に一人の職人として生きている。

 千夏の数少ない、隠し事なく話せる相手だ。


「人によって印象はちゃいますからねぇ」

 愚痴は聞いてくれるが、必要以上に入り込んでくることは無い。花街の人間の出入りが多いこの店の中での話は一切外に漏れる事も無く、一方的に客から店主へと語られる事が殆どだ。店主は淡々と話を聞いてはくれるが、親身になってくれない訳でも無い。

 源と同じで面倒見の良いタイプで、源よりも更に淡泊で自分の立ち位置に律儀な程に忠実なのだ。

「人の心の中も、考えとる事も、超能力者でも無い限り解らへんでしょ。本人ちゃうんやし、自分で自分の事かてちゃんと解っとる人間なんか、そうそうおらんやないですか」

 そしていつも冷静に人間という物を分析している、少し変わった青年。そんな冷静な意見を聞きたくて、ついつい千夏も話をしてしまう。

「そんなもん……どっしゃろか?」

「ですよ。喧嘩相手居てへんよぉなって、寂しいんですか?」

―――そういう訳やおへん……

「それとも……なんか気になる事でも?」

 色々諸々、菊まりの言葉に悩む事よりも大きな問題が、この数日千夏を襲っていた。





■■■



 半年ほど前から、ある関西でも有名な会社の社長に連れられ、最近初めて花街へとやって来た人物が居た。その人物は東京に拠点を置くIT関係の会社を経営しており、年齢は三十路四十路、ヒルズ族という種類の人間だった。

 “宿坊”と呼ばれる、涼夏とも馴染みの社長が祇園甲部で使う決まったお茶屋に、その男はいつも一緒に連れられてやって来ていた。

呼ばれたのは、いつも涼夏。

 それはその社長の先代の社長が今でも涼夏の上顧客様でもあり、他にも涼夏のお客様と社長が繋がっている事にも由来し、ビジネスの席では涼夏が呼ばれる事が多かったのだ。

 そして数日前、東京からやってきた三十路四十路の人物は、いつも社長に連れて行って貰っている宿坊に「金なら払う!」と頼み込み、涼夏を呼んでほしいと言ってきた。

 困り果てたお茶屋から、屋形のおかあさんへ連絡が入ったが「変な男が来たので気を付ける様に」と言う事であり、涼夏が出て行く事は有り得なかった。

「金ならいくらでも払う!いくら必要だ!現金で一千万円ある、これで足りないか!」

 おもむろにお茶屋の玄関先で鞄を開き、札束を出してお花を用意しろと要求する。

「すんまへんけど、一見さんはお断りしとりますんや。なんのお構いも出来しまへんから」

 お茶屋の女将は頭を下げ続けた。

「どうして!僕はもう何度もこの店に来ています!初めてではない!」

「すんまへん…これがこの街のルールどっさかい。一見さんもかまへんお店も有りますよって、そちらご紹介させて頂きますけど」

 女将は丁寧に丁寧に、穏便に穏便に、ルールはルール曲げる事は出来ないと頭を下げる。

 この男はこのお茶屋のお客が連れてきた『お客』である事は、女将も仲居も全て承知の

 上の事。それでも頑なに無理だと言うにはそれなりの理由がある。

 お茶屋はニコニコ現金払いでは無いのだ。お茶屋で使う費用は、全てが後日請求されることとなる。その為、その人物との信用が最も大切なのだ。

 その場で鞄いっぱいの現金を持ってこられたとしても、その日限りのお付き合いのお客であればお茶屋に上げる事は出来ない。景気の良い時だけほんの一時だけのお客よりも、何年も何十年も親から子へ子から孫へと長い長い付き合いを望んでいるのだ。長年の付き合いも信頼も、お金で買える物では無い。女将はそれを「すんまへん」の言葉に含ませ、謝り続ける。

 男は女将のその姿に大いに憤慨し罵り、その声は通りにまで響いた。

 女将はそんな言葉屁でも無いかの様に頭を下げ続けたが、それが男のちっぽけなプライドを更に傷つけたらしい。激怒し、大声で罵声を浴びせかけながら女将へ掴みかかった。

「このクソババア!人が大人しくしてりゃぁいい気になりやがって!」

 女将へとその手が届く瞬間、男の体は幾人かの手に抑えられた。心配した仲居が近所の

 顔見知りの料理屋の若い男達を数人呼んでいたのだ。

 その中には源も居た。

 男は死に物狂いで暴れるが、此方は大切なお客の連れてきた。無下に手を上げる訳にも行かない。

 料理屋の板前達はその男が暴れ、誰かに危害を加える事が無い様に周りをジリジリと固める以外に出来る事はない。それを見越したのか、男が弱そうな板前に体当たりして突破口を開き、側にあった大層高価な皿を手に取り、板前めがけて投げつけようとして重さによろめき明後日の方向へと投げた。

―――ガシャン!

 玄関の引戸に当たり、引戸のガラス事盛大な音を立てて皿は割れ、女将はとうとう堪忍袋の緒か切れた。

「つ・・・捕まえとくれやす!これ以上は警察の仕事どす!」

 そうなれば自分の出番とばかりに、源はサッと男を捕まえたが一応は手加減をして羽交い絞めにする程度。男は更に暴れ、側に飾ってあった花盆で源の顔面を横殴りに殴り飛ばした。

「・・・ふっ・・・ふざけんな・・・・」

 ギっと眉間にこれでもかと言うほど皺を寄せ、低い声が響いた後には、片腕一本で男の胸倉を掴んで宙にぶら下げている源の姿があったと言う。

 源が男に殴られ、男を宙へと上げたのと同時に警察が到着。

「と、とりあえず下ろせ!」

 警察に言われドスンと地面へと捨てた事で、警察から源へのお咎めは一切無かった。



■■■





「はははっ、最初からシバキ上げたら良かってん」

「こんな狭い所で、そんな事出来しまへんやろ!」

 狭い世界だ。もう話は店主にもこの花街全体にも十分に内容は伝わり、すでに知っていただろう。それでも店主は千夏の話を最後まで聞いてくれる。

「で、なんでその男は涼夏さん呼べて?『人の褌を自分のんと勘違いしたアホな奴』やて話では聞いてますけど。涼夏さんのその様子やと、なんやちゃうみたいですね」

 そしてしっかり確信にも突いて来る。その事を愚痴愚痴と言いたい訳だが…。

「お嫁に欲しいて…うちを…」

 これだけの騒ぎを起こし、警察に御用となった人間だ。お断りする事に心は全く痛まなかった。

 その男を連れてきてしまった社長は、態々菓子折りを持ってお茶屋と屋形へと頭を下げに来、更には近所のお茶屋や料理屋へも足を向け頭を下げて回った。無論、源には直接会って謝罪がしたいと言い「絞め上げてくれてありがとう」と謝罪以上に礼を言った。

 東京のお茶屋にも馴染んでおり、芸者や銀座の一流と呼ばれる女性達ともスマートに接していた男だった為、京都に来た際客として呼んだとしても、問題は無い人物だろうと考えていたらしい。

「色恋抱えてもたら、スマートに演じとったんが剥がれたんですかねぇ。別に断っても誰の迷惑にもならへんやないですか。まぁ気にしとるんは、そっちやないか……」

―――解っとって…この子は!

「で、源さんと会うたんですか?」





■■■



 翌日、屋形のおかあさんと一緒にお茶屋の女将へ礼とお見舞いに行き。駆けつけてくれた近所の料理屋へも出向き、割烹涼白にも無論挨拶をした。

 そこには額を切り頬に痣を作った源と、謝罪と礼をして割烹涼白を後にしようとしている社長の姿があった。社長からは盛大に謝られ、再度源を交えて話がしたいと言われ奥の間で事を聞く事になった。


「涼夏さんに言うとくべきやった…ほんまにすまんかった」

 男は一月ほど前「涼夏を嫁に欲しい」と相談して来た。

 一介の客がいきなりそんな事を言っても無理だと、社長はその話を笑い飛ばした。それ以上言ってこないので、冗談だったのかと放っておいたのだ。

―――社長の所為やおへん、頭上げとくれやす。

 畳に頭を擦りつけて謝る社長は、何一つ悪い事はしていない。東京から来た客をもてなしただけの事。

 それなのに「もっと自分が注意していれば」と謝り、板前の源にまで「済まない事をした」と謝り続けて帰って行った。


「源ちゃん…怪我……大丈夫?」

「怪我の方は全然、この顔やからお客さんの前立たれへん方が痛いかな」

 へへへっと笑う源の言葉は、多分本心だろう。

「すんまへん……うちの所為どすな……」

 ションボリとする千夏を見て、源は大慌てで言葉を探す。

「なんで!涼夏さんも社長さんも、みんな被害者やないですか!あんな変な男に掴まらんで良かった!そう、それ!あんなんに騙されんで良かった!」

―――涼夏さんが無事で良かった、ホンマ良かった!

 そう繰り返す源に思わず頬が熱くなるのを感じていると、背後からおかあさんやおとうさん、他の板前達からの笑い声が投げかけられた。

「笑わんといてくださいよ!せやかて、その通りやないですか!あんな変なんに付きまとわれたり、騙されたりせんで良かったやないですか!」

 源も赤くなって猛抗議するが、「その通りや」と皆普段見れない面白い物をみたとばかりに、興味津々の好奇心旺盛な笑顔で答える。

 今ならじっと源の顔を見ていても、「怪我が気になった」と言ってしまえば構わないだろうと思い、あの日から見つめる事も出来なかった源の顔を、次に見つめる事が出来る日が来るのかさえも解らない日までの分、ちゃんと心に刻んでおこうと見つめ続けた。

 源がアタフタと慌てながら言い訳しているその姿を微笑みながら見つめ、分が悪そうに一区切りついたのを待ち「おおきに」と改めて礼を言う。

「俺は、丈夫なだけが取り柄やから。平気平気!」

 そう言って笑った源の笑顔にキュンとした。去年、自分にだけ向けられたあの日の笑顔が、今また目の前に在った。

―――源さん、幸せそうな顔してはったえ。

 菊まりの言葉が脳裏を過った。



■■■





「えぇ年して、プッッ…なんやこの二人、思春期の中学生みたいや……」

 思わず店主が吹き出した。

 ブスッとむくれながら、出してくれた茶を飲み菊まりの言った言葉を繰り返す。結局の所吐き出す相手が欲しいのだ。それは店主も承知の上、でもやはり呆れ顔だった。

「そんなんばっかり考えたはるから、こんなんなっとっても気づかはらへんのです」

 店主は先程までの表情とは一転、眉間に深く皺を寄せ怒った口調で物申す。

「これ見てみ、初心者みたいに撥皮捲れ上がっとっるし。『倒してもた』てどんなけ不注意なんですか、三味線は芸妓の飯種ですよ。中木と天神は倒した時に緩んでもたんでしょうけど…螺子甘もぉなってたんは何時からですか?そのまま使うにしても限度がある、こんなんで調弦よぉ出来てましたね。三味が可哀想や!」

 昨日部屋で三味線の練習をしようと出し、テーブルに天神を引っ掛けたまま置いていて、コツンと太鼓につま先が当たりそのまま落下。ローテーブルだったのが幸い、テーブルの下にカーペットが敷いてあったことも幸い、但し弾いてみるとどうもしっくりこなかった。

 結局この店に持ち込み、愚痴と共に世話になっている。

 店主はその話を聞いた後、盛大に「三味が可哀想や!」と千夏に小言を言う。

「上の空になるんやったら、三味の安全確保してからにしたってくださいよ!」

 最もな言葉の数々に言い訳一つできない。

 店主から涼夏への小言はいつだって三味線の事。三味線の使い方に始まり、保管の仕方、弾き方、手入れ、どれ程三味線という楽器を愛しているのかが解る言葉が降り注ぐ。

「今日はいつもより厳しおすなぁ……直りまっしゃろか?」

「当たり前です!直します!直ります!こんな程度でお役御免にしてもたら、せっかくえぇ音なる三味に生まれてきたこいつが可哀想や!こいつも芸妓と同じなんですよ」

 店主は三味線を芸妓と同じだと例えた。

 新しい木で、新しい皮を張られた三味の音はまだ軽い。その音はただ鳴っているだけの様な、粘りも無ければ色も無い、まだどこにでもある三味線の音でしかない。

 しかし、その三味線を何年も何年も大切に弾きこみ、定期的に皮を張り替えて皮の振動を太鼓へ棹へと伝えると、三味の音は次第に変化してくるのだ。

 三味線は弾く事で呼吸し、音に磨きがかかる。同じ三味でも同じ音でも、どこか音に味と色が生まれ、その三味独特の空気の振動を生むのである。

「三味線本体である木に、音が染み込むて言うんかなぁ…」

 店主は表現する。

 三味線は弾けば弾く程、良い音で良く鳴る様になるのだ。

「芸妓もそうちゃいますかね?」

 溜息とはまた違う、大きな息を吐きながら言った。

「蛹の舞妓ん時は、なかなか打っても響かん。芸妓になって、色々打たれてやっとこさ響く様になるんちゃいますかねぇ?これが何年か前やったら、平気な顔して源さんの顔見とくなんか、涼夏さん出来へんかったでしょ。平気な顔して見とる振り出来るて事は、そんなけ成長しとるって事ちゃいますかねぇ」

 話を蒸し返され、少し恥ずかしく思うがその通りだとも思う。きっと数年前の自分なら、源の顔をじっと見る事なんて恥ずかしくて出来なかった。心に焼き付けておきたくても、こっそりチラチラと視線を流す事以上出来なかっただろう。

「他の人等ぁでも結構みなさんそうですよ。俺がこの辺うろちょろし出した頃、仕込みに入って来て『帰りたい』て泣いてたおねえさん等ぁ、みんなあの頃とは比べ物にならんし。『出来へん出来へん』言うてた筈やのに、出来る様になっとるし。えぇ意味でこの街に染まってはるんですよ」

 黙々と三味線を分解しながら、店主は懐かしそうに眼を細める。

「外で見とる俺なんかは、そんな風におねえさん等ぁの事見てますけど。舞妓は派手やけど三味で言うたらえぇ音せぇへん新品。涼夏さん辺りでやっと音出る様になってきたなぁて頃のんで、豊羽とよはさん位になったらよっしゃぁぁって嬉しなる程の音出てはるけど、現役引退したら焚付たきつけ行きやな」

 焚付行きと盛大に笑うが、豊羽さんねえさんは御年九十二歳。

笑うに笑えない表現だが、言いたい事は解る。長く弾けば弾く程に味が出る三味線は、芸妓と同じなのだ。

 舞妓には強制的にゴールがある。二十歳を過ぎてまで、何年もおぼこい舞妓姿で居る事は出来ない。「舞妓になりたい」のであれば、お金を払い変身舞妓をすればよい。

 しかし本物の舞妓のゴールは芸妓のスタートとなり、芸妓のスタートにゴールは無い。

 芸妓で居続ける限り、日々芸を磨き続ける事が芸妓の務めであり、一生涯“一人前の芸妓”になる為に努力し続けるのだ。無論引退したとしても、“自分は一人前の芸妓だった”と胸を張る事はない。する者も居ないだろう。それだけ自分達の芸にプライドと埃を持ち、日々の精進を怠らない心根の示す所。

 精進を怠り芸が後退すれば、芸妓で有り続ける事は出来ない。お花に上がり後退してしまった芸を披露し、お客の前で「芸妓の○○です」と挨拶する事は他の日々精進を重ねている芸妓に対して失礼と言う物だろう。これは他の職業や店でも同じ事だ、一人が怠慢すればお客はその一を全てと捕える。店側からすれば何百人の中の一人でも、お客からすればそれが全てなのだから。

 自分を一人前だと思った所で芸はそれ以上伸びることは無く、天狗になった分だけ芸は日々後退するのだ。

 千夏よりいくつも年下の店主は、サラリと正論を言ってのける。




「うちは、三味でいうたらまだまだなんどすね」

「どっちに転ぶか、楽しみな時期に来たて感じかな?同じ三味でも、そこからまだまだ音吸収してえぇ音出すようになる三味もあるし、其処までの三味もある。それは最初の木の性質とか、持ち主の具合とか、環境で変わってくる。ソコソコやったのに、持ち主が変わった途端に化ける三味もある。人間も同じですやん」

 綺麗に口角を上げて、ニッと笑う店主の笑顔は源と同じように真っ直ぐだ。

「うちは、化けれるんどっしゃろか………」

 千夏のその言葉に、店主はじっと千夏を見つめて呟いた。

「化ける……せやなぁ……化ける時は…あれやな…うん」

 何か思う所があるらしく、一人納得しながら語る。

「自分からさっさとケリ付けよて思たら…あかんで…。菊まりさんの表現をどう取るかは、涼夏さんの勝手やけど……現状維持で!せやけど、源さん避けたら元も子も無いですよ。逃げたら良くも悪くも化けられへん。」

 そこで言葉を切って、眉間に皺を寄せ唸りながら言葉を探している。

「涼夏さん、そっちの方まるでアカンから……その……うん……なるように、無理せんと。無理に他の男探す必要も無いやろし……他の人でも「この人やったら」て思えたら、源さん以外でもえぇやろし……現状維持で、えぇんちゃうかな」

 珍しく歯切れの悪い言葉に、思わず笑ってしまった。

「どないしはったん?」

「涼夏さんがあまりにもおぼこいから……心配になったんですよ」

「これでも芸妓どっせ!」

「よぉ芸妓やっとれるなぁと……。あっちのネタ大丈夫なんかいな?」

「あんた、ホンマに酷いなぁ」

 舞妓の時代には無い下ネタトークが芸妓になった途端、降って湧いた様に出てくる。

 お客はその反応を楽しんでいるのだが、その辺の一般的な店と同じ様な返しは出来ない、ある程度の事は上品に上手くかわして流していく。幸いにも、涼夏を指名してくれる多くのお客はそういった話よりも、涼夏の芸を買ってくれている為他の芸妓よりも困ることは無いが、それでも芸妓ともなれば大人の女性とみられ、それ相応の話もフラれるのだ。

―――耳年増か…プッッ

 店主が破顔して笑う。

「今はそんな事、関係ないんちゃいますのん!」

 千夏が膨れっ面で珍しく怒り出す。

「すんません、すんません。なんや中学生の時に同級生が話しとったん思い出してもて」

―――源さんも、大概みたいやし…

 小さく漏れた笑いが気になるが、店主は改めて笑顔を作り直す。

「俺としては、菊まりさんが言うてはるんは嘘では無い思いますよ。菊まりさんの見た印象やろけど……菊まりさんは源さんの事よぉ見てはったし、あの人かて人の顔色ちゃんと読んできた芸妓―――」

「ういーっす」

 軽い挨拶と共に引戸を開け、いつも以上にラフな服装に雪駄履き、いつものキリリとした表情はどこかに置き忘れて来たのか、どこか眠そうに作業場になっている床に居る店主に目をやり、その隣に居た千夏を見て目を見張った。


「涼夏さん!」

「源ちゃん……こんにちは」

 引戸を開けて入って来た源に一瞬息を呑んだ。先の話を聞かれてやしないかと体から血の気が引き、一気に冷たく感じる。それでも、何事も無かったかのように挨拶出来た自分に(やっぱり…それだけ成長しとるて事、なんやろか?)思う。

「丁度よかった!ゴメン源さん、ちょっとだけ留守番しといて!大至急郵便局行きたいねん、すぐ帰って来るから。涼夏さんすんません、三味線はちゃんと直しときますんで」

―――えっ⁉⁉

 どちらの心の叫びかも解らない驚愕の声を残し、店主は店を後にした。


―――……………………………。

 暫くの間沈黙が続き、その沈黙を破るかのように飼い猫がニャーと鳴いた。

「この前も…この前もあいつ、この猫に留守番させて買い物行っとったんですよ」

 アホや思いません――源が猫を撫でながら苦笑いを浮かべる。

「この子は賢い猫やけど…お店のお留守番にはちょっと無理どすなぁ…」

 二人で顔を見合わせて笑うと、失礼な!とばかりに猫がニャーと鳴いて源の手を離れた。

「解るんどしゃろか?」

「昔っからおる化け猫やからなぁ」

 カラカラと源が笑う。

―――……………………………。

 また続く沈黙に居た堪れなさを感じ、何気なく猫を見ると、何故か猫が苛立ちを隠せない表情でこちらを見ていた。一瞬ドキッとしたものの、きっと店主以外の人間が此処に居る事を訝しく思っているのだろう。と思う。

―――何か、話さな…。

 小さな三味線屋の店の中を、気まずい空気が支配する。

「「あっあの!」」

「「あっはい、何…」」

 二人で同時に何かを言おうとし、また二人同時に聞こうとし、そんな偶然に思わず二人で吹き出した。

「涼夏さん、何ですか?」

「えっ、あぁあの…もう痣解らなんよぉなったなぁ思て」

―――良かった。

 源の顔を改めて見てホッとしていると「おおきに!」と笑顔が振って来た。痣が目立つ間、源は奥の調理場にしか立つことは出来ず、お客さんと話をしたりカウンターで料理を提供する事が出来ない事が残念だと漏らしていた。

 まだまだ見習いに少し毛が生えた程度の源、しかし源がどうしても板前になりたいと努力してきた事を、皆が知っている。源は努力の甲斐もあり、今では割烹涼白に居なくてはならない板前となった。源が割烹涼白でいくつかの料理を作るようになった頃、源の父を知るなじみ客は「源と話したい」とカウンターに呼び、二十歳を超えた今では酒を振る舞って頂く事もあると言う。

「役得!」

 源は何とも無い事の様に言っているが、父が同じ店で板前として働いていたという立場、一度はお客の好奇心から呼ばれることもあるだろう。それでも二度目三度目ともなると、源自信の料理の腕や客との会話術が試され、認められての事でもある。

「あの…源ちゃんは、何やったん?」

「えっあっ…俺…否、その……」

 先程、源が何かを言おうとしていた事は確か。その事を聞くと、急に口ごもり目線が空を泳ぐ。いつも明朗な源にしては珍しい。

―――どないしはったんやろ?

 言いにくければ言わなければ良い。そう思いニコリと笑って話を変えようと、口を開く。

「あの!」

 言葉を出しかけた千夏の声を、源の言葉がかき消した。

「あの…その…えっと…涼夏さん………………………………………………………………」

 三度の沈黙は千夏に不安の種を植え付ける。

―――そんな、言いにくい事なんやろか?

 真っ直ぐに千夏を見る事も無く、泳ぐ視線は足元近く。それでも源は、ぐっと拳を握りしめ真っ直ぐ千夏と向きあった。

「あの、俺がこんなん聞く立場やないんですけど…。あの男、もう来てませんか?大丈夫ですか?」

 あの日、涼夏を呼べと鞄いっぱいの現金をお茶屋の玄関で見せつけ、大暴れした男。

 一旦は器物破損と傷害の現行犯で警察に連行された。しかし、傷害も突き飛ばした板前が尻餅をつき尻に痣が出来た事と、源が少し顔を切り痣が出来た程度。玄関も数日で修理が完了したし、皿も花瓶も高価な物ではあったが博物館行きという程では無かった。今も生きているお茶屋の常連である作家が作った物、金継をして新たに命を吹き込まれた。

 刑事事件として裁判を起し、犯罪として刑罰を処する事はしなかった。頭が冷えるまで一晩留置所に留め置かれ、翌日民事として処理することが決定した。

全ては金で、穏便に解決されたのだ。

 その為男は、無罪放免という訳ではないが自由の身である事に違いは無かった。源は其処の事を危惧してくれていたのだ。

「あの時おった奴等とも話しとったんですけど、『俺に恥かかせた罰や』とか平気で言いそうやないですか。逆恨みして、刺してきそうなタイプやから…怖いんですよ…」

「凄い言われ様どすなぁ…ある意味、当たってる思いますけど」

「何かされたんですか!」

 ほわんと語る千夏の言葉に、源が思わず叫ぶが千夏はコロコロと笑うばかり。

「初めて会うた時に、お腹真っ黒なお人やなぁて。自分が一番で、自分がこうやて思わはったら、相手さんも皆そう思てはるって思いこんではるお人やなぁとも思いましたえ。自分の事を否定されたり、嫌やて言われたら“万死に値する”て思てはるタイプやなぁて」

 唯々笑いながら、結構な分析を語る千夏をポカンと見つめたまま言葉も出ない。

「うちは芸妓どっせ。初めて会うたお人でも、ちょっとお話したらどんなタイプのお人やて解ります。それで上手い事、お客はんの気分がえぇ様に楽しんでもらうんがうちらの仕事どっさかいなぁ。こんなけぴったり合うやなんて、うちも成長しましたわ」

 あっけらかんと千夏は笑う。

「心配してくれておおきに。多分大丈夫どっせ、これ以上はあのお人は何にも言うて来はらへんのとちゃいましゃろか。プライドの高いお人どすから、もう二度と京都へは来はらへん様な気ぃします。何せ、京都はあのお人のプライドをズタズタにした街どすから」

 凛とした表情で千夏は語る。

「それに、出張の時仲よぉなった深川のおねえはんから教えて貰ろたんどすけど…。あっちでこっちの事、相当悪ぅ言うて回ってはるみたいどっさかい。おねえはん笑ろてはりました、『自分の恥、自分で言いふらして歩いてる』て」

 皮肉交じりに、悪戯っぽく笑いながら話をする。他では他言出来ないであろうその言葉に源は少し安心を覚え、それと同時に女達の情報共有の凄さを感じた。

 ホッと溜息を吐いて、体の力が抜けて行くのを感じる。


「また勝手に結婚やなんやて騒ぐ奴おったら、今度は即シバキ上げたる」

 ポロリと零れた言葉に源は思わず「あっ!」っと口を押え、その言葉を聞いた千夏は驚いて言葉を失い、次に自分の顔が熱くなるのを感じた。

「あっいや、その…あんな男みたいなんやったらって意味ですよ」

「お・・・おおきに、源ちゃん。ほな、うちもう帰りまっさかい」

「あっはい、じゃぁまた」

 顔だけではなく首も手も厚く感じ、背中にまで汗をかいている気がし、大慌てで別れの言葉を告げて三味線屋を後にした。

 路地を抜けた先で振り返り、三味線屋の暖簾の先をじっと見つめて足を進める。

―――うちの事、心配してくれてはるだけ……どっしゃろな…………。

 源の言葉の裏を知りたいような、知ってしまう事が怖いような、そんなモヤモヤとした気分が心に渦巻く。



―――現状維持で!

 店主の言葉を、脳内で反芻した。



 やっぱり、菊まりの言葉がオーバーだった様にしか思う事が出来なかった。最後の最後に、自分に対してちょっと悪戯をしたのかもしれない。

 無駄に浮足立つ事も無く、冷静にそう思う事にした。



―――現状維持で、源ちゃんを避けない……か……。



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