第二十九話

 15マス目の公園に着くと、機械は〝ピーッ〟と鳴った。

【SPECIAL CHALLENGE】の文字。

二度目のスペシャルチャレンジ。


 【5問のクイズに正解すると3マス進める】という文字が流れ出た。

クイズ……?


 それから画面の右端から【1.徳川15代将軍の5代目の名前は?】という文字が流れ出ると、片仮名の五十音図と共に【15】と右上に表示され、その数字は一つずつ下がっていく。


 家康、秀忠、家光、家綱……。

〝トクガワツナヨシ〟と入力し、【OK】の文字を押すと、〝ピンポーン〟という軽快な音と同時に、画面上には【○】と大きく表示された。


 それから、次の問題が流れ出た。

【2.直角三角形の斜辺の2乗は他の2辺の2乗の合計と同じという定理の名前は?】という文字。

〝ピタゴラスノテイリ〟と入力し、正解した。

この程度なら楽勝だ。


 次は、【3.元素記号Hgで表わされる元素は?】の文字が流れ出た。

〝スイギン〟と入力し、正解した。


 それから、【4.本名は津島修治で昭和23年生まれの小説家は?】の文字が流れ出た。

本名が津島修治の小説家……。誰だ……。誰だ……。

芥川龍之介、夏目漱石、太宰治……。


 カウントダウンは進んでいく。

芥川龍之介と夏目漱石が生まれた時代は確か、昭和ではなく明治だった筈だ。

太宰治なのか……。

その名前を入力すると、正解だったらしい。


 よし、ラスト一問だ。

【5.〝Persistence pays off〟と英訳されることわざは?】という文字。

最後は英語か……。

何処となく見覚えがある英文を睨む。

カウントダウンは、進んでいく。


 継続は力なり。

何処となく身に覚えのあるこの英文は、英語の授業の際に教師が熱い口調で何度も云っていたそれである事を思い出した。

入力すると、数字は【3】で停まった。

〝ピンポーン〟という音と共に【○】と表示された画面に、安堵した。

 

 18マス目の公園に着くと、機械は〝ピーッ〟と鳴った。

【CHANCE TIME】という大きな文字が点滅している。


 それから、【3マス進む】、【2マス進む】、【1マス進む】、【1マス戻る】、【2マス戻る】、【3マス戻る】という六つの言葉のルーレットが始まった。


 【2マス進む】で停まると、ゴール。

回転の速度は弱まっていく。

緊張が走る。


 ルーレットは、【3マス戻る】で停まった。

畜生……。

スペシャルチャレンジで正解した五問が水の泡となってしまった。

 

 再び15マス目の公園に着くと、機械が〝ピーッ〟と鳴った。

【5人の人物と物々交換する】の文字。

画面の下には、【0/5】と表示された。

 

 「ホントに五〇〇円でもいいの?」

わらしべ長者の様に価値を上げていくという指令ではない故、その必要はない筈だ。

五〇〇円余りの金カードを受け取り、老婆から受け取った一〇〇〇円余りの金カードを渡した。

「ホントにいいの? 五〇〇円損してるよ?」

こいつは一体、何の目的でこんな事をしているんだといった表情で男は云った。

【0/5】の表記が【1/5】に変わった。

 

 「ホントに何でもいいの?」

「勿論」

「いらないものでいいわけ?」

「勿論」

「じゃあ、これでいいの?」

男はパワーストーンらしいピンクの石が連なったブレスレットを外し、差し出した。

「もうこれ、全然恋愛運発揮する気配ないからさ、あげるわ」

男からブレスレットを受け取り、金カードを渡した。

【1/5】の表記が【2/5】に変わった。


 「交かぁん?」

「金持ってるんならこのブレスレット買ってくれてもいいんだけど」

「えっ、何、悪徳商法? それとも何、宗教的なやつ?」

「いや、そんなんじゃ……。百円でもいいから」

「ふーん……。じゃあ、これはどうだ」

男はジーンズのポケットから金カードを取り出し、〝30〟と表示されたそれを俺に差し出した。三十円でもいいとは云っていないが、見ず知らずの男が直前まで着けていたブレスレットの価値としては妥当だろう。

とは云え、この金額では今後の物々交換がより困難になるのは目に見えている。

「悪いけど、もうちょっとないのかよ」

駄目元で云ってみると、男は「じゃあ、これは?」とポケットから、ドクロマークの付いたオイルライターを出した。

「こないだカッコ付けて買ったんだけどさぁ、俺、煙草吸わないし飽きたんだよねぇ。激安だったし、やるわ」

煙草を吸わないのに買ってもカッコ付かないだろ。

ライターを受け取り、ブレスレットを渡した。

【2/5】の表記が【3/5】に変わった。


 「安物だねぇ。いらない」

中年の男は俺から受け取ったライターをまじまじと見ながら云った。

「頼むよ、何かと交換してくれよ」

「そう云われてもいらないよ、こんな安物」

男は顔を顰める。

「交換してくれよ、頼むから」

「いらない、いらない。すごい安物じゃん、これぇ」

「交換してくれよ」

「こんな安物いらないって」

「まだ使えるから、頼むって」

「いや、いらない、いらない。大体、俺、煙草吸わないし」

それを先に云えよ。

安物とかじゃないだろ。


 「んー、いらない物ねぇ……」

民家の前で煙草を吹かす適した人材を見付け、声を掛けると、車庫のシャッターを開けたその男は、車が入っていないそれの壁際に傾く自転車を出した。

「このチャリ持ってってくれや。一応まだ使えんだけどよ、錆だらけなんだわ」

云う程錆は付いていない。まだ使える自転車をこの程度の錆で手離す神経質さがある割には脂ぎった広い額の白髪は植物の根の様に乱れ、身に着けているランニングシャツとスウェットは何だかよれよれで小汚いが、それはどうでもいい。まだ使えるならかなり好都合だ。

ライターを渡すと男は「いらねぇよ」と吐き捨てたが、俺が半ば強引に渡し、その場を後にした。

【3/5】の表記が【4/5】に変わった。あと一人。


 道路で、自転車のペダルを修理をしているらしい男がいた。

でかした。絶好のタイミングだ。

「よし、直った」

近付いた時、男は自転車を漕ぎ始めた。

絶好のタイミングで直ってしまったらしい。

男がマウンテンバイクとこの錆だらけのママチャリを交換してくれる可能性が極めて低くなった。

「ちょっと」

駄目元で男を止める。

「この自転車、いらない?」

「はぁっ?」

突然、見ず知らずの人間にそんな事を云われたら、確かにそうなるよな。

「この自転車と交換しない?」

「はぁっ?」

そうなるよな。

「嫌です」

そうなるよな。

男は俺が押すママチャリを見ながら顔を引き攣らせている。

「じゃあさ、何か、いらないものない? 何でもいいから、この自転車と交換してくれない?」

「嫌です。いらないです」

そうなるよな。

他を当たろう。


 「ホントだ、まだ全然使えるわ」

男は自転車に乗ると、その場でぐるぐると回り、機能性を確認しながら云った。

「ホントにいいんですか? この自転車」

「何でもいいから何かと交換してくれよ」

「じゃあ……」

男はチノパンのポケットから取り出した茶色の財布を開く。

八〇〇〇円余りの金カードを受け取り、【4/5】の表記は【5/5】に変わった。

ルーレットは、【2】で停まった。

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