第二十八話

 老婆が歩いている。

金でも要求してみるか。

「ちょっといいかな、婆さん」

「ん」と、老婆は俺の顔を見上げる。

「ちょっと、金貸してくんないかな」

「やだ」

「十円とかでいいから」

「やだ」

「ホント、ちょっとでいいから」

「やだ」

「頼むよ!」

「やだ」


 もういくら粘っても駄目だ。

他を当たろう。

確かに、いくら十円だろうと見ず知らずの人間に金を貸したくないと思うのが普通だ。

違う頼み事にしよう。


 時間が掛からずにすぐ解決する頼み事。

道を尋ねるのがいいかもしれない。そう思った時、丁度一人の女が向こうから歩いて来た。

「ちょっと、道を訊きたいんだけど」

「はい」と、女はか細い声を出す。

何の場所を訊こう。

洋服屋にしておくか。


 「この辺に洋服屋とかってないかな」

「あっ……、ごめんなさい……、ちょっと、解んないです……」

「えっと、じゃあ、靴屋とかは?」

「あっ……、ちょっと、解んないです……」

「じゃあ、ゲーセンは?」

「ちょっと、解んないです……」

「じゃあさ、この辺にバス停ってない?」

「解んないです……。ごめんなさい……」


 公園の場所を訊けばいいのか。

「じゃあ、この辺に公園ってある?」

「ちょっと……、ホントにごめんなさい……。解んないです……」

マジかよ……。

「じゃあ……、何でもいいから、何かこの辺にある店教えてくれよ」

「ごめんなさい……、ちょっと、解んないです……、ホントにごめんなさい……」

駄目だ。他を当たろう。

 

 少し歩くと、〝アクセサリーショップ ACCENTS ―アクセンツ― 二つ目の信号左折300M先〟と書かれた看板を見付け、その直後に一人の女が向こうから歩いて来た。

きらきらの粒でドクロマークが施された黒いTシャツ。

デニムのショートパンツ。

複数のブレスレット。

彼女ならあの看板のアクセサリーショップの場所を知っていそうだ。


 「ちょっと、道を訊きたいんだけど」

「道ぃ?」

女は立ち止まった。

「この辺にアクセサリーショップってあるかな」

「あぁ、あっちあっち。あそこの角を曲がって、ちょっと歩いたらあるよ」

女は向こうの道路を指して云った。

何とか指令をクリアした。ルーレットは【1】で停まった。

「いや、そっちじゃないってばっ! あっちだって、あっちぃ!」

女の声が遠退く。


 【2マス戻る】と表示され、15マス目の公園に着くと、機械は〝ピーッ〟と鳴った。

【金を貰う (自分の所持品との交換は禁止)】の文字。

金を貰う……。これはかなりハードルが高いな……。


 「いいよ」

「えっ、ホントにっ!?」

思わず訊き返すと、老婆は「うん。いいよ。いくら欲しいんだい」と、返した。

「くれるなら、いくらでもいいっ!」

「それじゃあ、一〇〇〇円でいいかい?」

さっきは金を貰えなかった事もあって、かなり難航するかと思ったが、一人目で、しかもこんなにも簡単にクリア出来、思わず拍子抜けした。

ルーレットは【2】で停まった。


 【2マス戻る】の文字に落胆する。

残り時間が三時間を切った。足には疲労が蓄積されている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る