第二十五話
「なぁんで握手なんかしなきゃならないんだい」
「いや、あの、婆さんと握手がしたいんだよ」
「変な子だねぇ」
「頼むよ。握手してくれよ」
「そんーな、政治家じゃあるまいし」
「ホント頼むって。握手くらいいいだろ」
「嫌だよ。知らない人と握手なんて」
なかなか手強い相手だ。
「頼むよっ! 握手だけだからっ!」
手を突き出した。
「しつこいねぇ。嫌だって云ってるじゃないかい。そんなに年寄りの手握りたいならねぇ、他を当たって頂戴よ」
横切ろうとする老婆を引き止めた。
「頼むってっ! 握手し――」
「嫌だって云ってんでしょうがっ!」
老婆はヒステリックに声を荒げた。
二人の少年が道路でキャッチボールをしている。
「ちょっと、いいかな」
手前の少年は「はい……」と、数歩近付いた。
「ちょっと、握手してくれないかな。いきなりなんだけど」
俺がそう云うと、少年は引き攣った表情で恐る恐る手を差し出した。奥側の少年は訝しげにそれを見ている。
俺は手を握ると、首を傾げたりぶつぶつと何か云っている二人の少年から立ち去った。
ルーレットは、【3】で停まった。
9マス目の公園に着いたと同時に、機械は〝ピーッ〟と鳴った。
【3人の人物を笑わせる】の文字。
また笑わせなくてはならないのか。しかも今度は三人か……。
画面の下には【0/3】と表示された。
「いや、甲冑って……」
女は苦笑した。
画面上の【0/3】の文字は変わらない。やはり苦笑はカウントされないらしい。
「これから戦いに行くから、どうしても甲冑が必要なんだよ」
そう付け足すと、女は再び苦笑した。
頭のおかしい奴を演じるのは、精神的な労力を伴う作業だ。
「じゃあ、ウエディングドレスはっ!? ウエディングドレス売ってる洋服屋は何処っ!?」
よくこんなにも馬鹿馬鹿しい台詞が浮かんだなと我ながら思ったと同時に、女は手を叩いて笑い出した。
「ウエディングドレスってっ……! ウケるぅ!」
それから、画面上の【0/3】の表記は【1/3】に変わった。
「いや、ウエディングドレスってぇ!」
男は笑いながら云った。それから、画面上の【1/3】の表記は【2/3】に変わった。
甲冑よりもウエディングドレスの方が成功率が高いのかもしれない。あと一人。
煙草を咥えて歩く中年の男に近付く。
「オジサン、ちょっといいかな」
「おっ、何や」
関西人か。お笑い好きでノリがいいという特性があるらしい関西人が相手なら、簡単にクリア出来るかもしれない。
「ウエディングドレス売ってる洋服屋はどの辺か知ってる?」
「あぁ、ウエディングドレスか。ウエディングドレス売ってる洋服屋はなぁ、あそこの角右に曲がったトコや。自分、結婚式呼んでや。って、何でやねんっ! 何でウエディングドレスが洋服屋にあんねんっ! おかしいやろがいっ!」
「……じゃあ、甲冑売ってるトコは? これからちょっと、戦いにでも行こうと思って」
「頑張ってや、自分。天下取りぃや。って、何でやねんっ! アホか、自分っ!」
駄目だ。この男は関西人の特性が強過ぎる故、笑うのではなくノリツッコミをしてしまう。他を当たろう。
女の方が笑いのツボが浅いかもしれない。
「いや、ウエディングドレスは、ちょっと、洋服屋にはないと思いますけど……」
「じゃあ、甲冑はっ? これから戦いに行くんだよ」
「え、いや、甲冑も、ないと思いますけど……」
二十代前半程の女は引き攣った表情で云った。
「加勢してくれって徳川家康から連絡が来たから、関ケ原の戦いに参戦しなきゃなんなくなってさぁ」
女は更に顔を引き攣らせた。
「じゃあ、タキシード売ってる洋服屋は?」
「いや、ないですから……」
「じゃあ、チャイナドレスは?」
「いや……」
「
「いや、あの……」
「あっ、宇宙服は、宇宙服っ! 宇宙服売ってる洋服屋はっ!? これから宇宙に行くんだよっ! 火星に用事があってっ!」
「……は、はははっ」
口を押さえた女の笑いは次第に強まっていった。
ルーレットは【1】で停まった。
【1マス戻る】という指令に因って再び9マス目の公園に戻ると、ルーレットは【2】で停まり、11マス目の公園に着いた。
【人と合意の上で握手をする】の文字。
またかよ……。
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