第二十四話

 「だから、何もないですよ。手伝ってほしい事なんか」

「頼む。何か手伝わせてくれよ」

「何もないですって!」

「何でもいいからっ! 頼むって!」

「いや、ホントにないですからっ! 何なんですか、もう!」

女は苛立ちながら去って行った。

 

 「手伝ってほしい事?」

「ああ。何でもいいから手伝わせてくれよ」

「んー……、急に云われてもねぇ……」

「頼むよっ! ホント、ちょっとした事でもいいからっ!」

「んー……」

太った男は腕を組んで悩む。


 「てか、目的は何なのさ」

「いや、別に……」

「金?」

「いや、金はいらない。とにかく何か手伝わせてほしい」

「怖っ。何それ、怖っ」

「頼むっ! 何か手伝わせてくれよっ!」

「いや、怖いって。無理無理」

引き攣った表情でそう云った男は逃げる様に去って行った。

 

 「はっ? ねぇよ、手伝ってほしい事なんか」

「何でもいいからさ、何か手伝わせてくれよ」

「てか、何目的なの? 金か」

「いや、金はいらない」

「はっ? 金目的じゃないの? 何目的なの」

「いや、目的はない。何もいらないから何か手伝わせてくれよっ!」

「はっ? 滅茶苦茶いい奴か、滅茶苦茶ヤバい奴かのどっちかじゃん。てか、滅茶苦茶ヤバい奴じゃん。マジ引くんだけど」

「じゃあ、何か手伝うから金くれよ」

「何その軌道修正。何の為の軌道修正なの。てか、俺、金ねぇから」

「ホント、ちょっとでいいからっ! 一〇〇円でも十円でも一円でもいいからっ!」

「いや、ねぇよ、一銭も」

「金に困ってんのか? いくらほしい? やるよっ!」

「いや、怖い怖い。その軌道修正、滅茶苦茶怖いんだけど。自分の云ってる事解ってる? てか俺、友達と約束してっから」

男は逃げる様に去って行った。


 もう十人以上に声を掛けただろうか。やはり困っている人など都合良く現れないらしい。

【08:49:46】

【08:49:45】

【08:49:44】

早速一つの指令に一時間以上を費やしてしまっている。

片っ端から通行人に、「何か手伝わせてほしい」と、声を掛けていくが、何れも同じ結果だ。


 辺りを見渡す。

三輪車を漕ぐ少年。

手を繋いで歩くカップル。

手押し車を押す老婆。

困っている人を見付けるのは、至難の業だ。

誰か、何かアクシデントを起こしてくれ……。

 

 「あらららっ!」

中年の女がアパートの駐輪場の自転車を取り出そうとしていると、それの列がドミノ倒しになった。

でかした……! 

俺は走る。


 自転車を直すと、機械は〝ピューン〟と鳴り、画面上には【CLEAR】と大きく表示された。

そして、ルーレットが始まり、【1】で停まった。

 

 4マス目の公園に着いたと同時に、機械は〝ピーッ〟と鳴った。

【1マス戻る】の文字。


 ルーレットは【2】で停まり、5マス目の公園に着いたと同時に、機械は〝ピーッ〟と鳴った。

【人を笑わせる】の文字。


 人を笑わせる……?

初対面の通行人を笑わせる。

これも相当難易度が高い指令だ。

一体、どうすれば人を笑わせられるのだろう。

 

 「ある訳ねぇだろ、んなもん。馬鹿か」

甲冑かっちゅうを売っている洋服屋はあるか訊いてみたが、中年の男はくすりとも笑わずに去って行った。

 

 「はぁ?」と、男は眉間に皺を寄せた。

「どうしても甲冑が着たいんだよ」

「何云ってんの、お前」

「頼むから、甲冑売ってる洋服屋教えてくれよ」

「お前、頭大丈夫かよ」

男は去って行った。駄目か……。


 「えっ、甲冑……、ですか……」

二十代半ば程の女は顔を引き攣らせた。

「これから戦なんだよ」

「あ、えっと……」

「関ケ原の戦いなんだよ、今から」

女はどうしたらいいか解らないといった表情だ。

「徳川家康に誘われたからさ、急いで行かなきゃいけないんだよ」

「あ、あの……、失礼します」

女は逃げて行った。

完全に不審者になってしまった。

少し粘ってみたが、駄目だったか。

 

 ギャル風の三人組の女が、馬鹿笑いしながら歩いている。こいつ等は笑いの沸点が低そうだ。チャンスかもしれない。

「あのさ、ちょっといいかな」

「何ぃ? ナンパァ?」

一人が云った。

「甲冑売ってる洋服屋って何処かな」

「カッチュウ?」

「何、カッチュウって」

「何それ、知らない」

三人の女は目を丸くした。見た目通り、頭が悪いらしい。

「鎧だよ、鎧。これから戦いに行くからさ」と、俺は言葉を探りながら云った。

「鎧って……!」

「戦いとか……!」

「この人ヤバい……!」

三人の女は手を叩いて馬鹿笑いし始めた。


 指令はクリアとなり、ルーレットは【1】で停まった。

6マス目の公園に着いたと同時に、機械は〝ピーッ〟と鳴った。

【人と同意の上で握手をする】の文字。

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