第十二話

 草や茂みを掻き分けていく。

ない……。

ない……。

ない……。

スイッチは何処だ……。

スイッチは何処だ……。

スイッチは何処だ……。


 残り時間は滞りなく削られていく。

【00:08:45】

【00:08:44】

【00:08:43】

もう、残り十分を切っている。

急がなければ……。

急がなければ……。

急がなければ……。

スイッチは何処だ……。

スイッチは何処だ……。

スイッチは何処だ……。


 車道越しに建つ、バスの待合所の屋根の上に、スイッチがあるのが見えた。

間に合った。

何とか、間に合った。

待合所に走った俺は、屋根の縁を掴んで丸太の壁に足を掛け、よじ登る。

そして、手を伸ばして取ったスイッチに、カードをスキャンした。

【00:01:18】

【00:01:17】

【00:01:16】

何とか、間に合った。

スイッチを、押す。


 〝ブブブーッブブブーッブブブーッ〟と鳴った。

耳を、疑った。

焦燥を塗り潰した安堵が、一気に粉砕された。

【00:01:07】

【00:01:06】

【00:01:05】

まだだ……。

まだ時間はある。


 急いで、スイッチを探す。

急がなければ……。

急がなければ……。

急がなければ……。

スイッチは何処だ……。

スイッチは何処だ……。

スイッチは何処だ……。

【00:00:36】

【00:00:35】

【00:00:34】


 絶対に見付ける。

スイッチは何処だ……。

スイッチは何処だ……。

スイッチは何処だ……。

【00:00:24】

【00:00:23】

【00:00:22】

デジタル表記の動きに因って、焦燥が苛立ちに変わり、苛立ちが絶望に変わった。

精神がそれに蝕まれていき、気付くと俺は、ひざまずいていた。


 アスファルトに拳を振り落とす。

頭を掻きむしる。

もう、駄目だ……。

車が次々と横切って行く。


 電流を浴びて死ぬのと、車に跳ねられて死ぬのは、どっちがマシだろうか。

道路を眺める。


 再び、車の走行音が向かって来る。

一台の、黒い車。

無人らしいそれの上には、スイッチがある。あの車だ。

【00:00:15】

【00:00:14】

【00:00:13】

息を吐く。


 目の前の角を車が曲がる時、それに飛び乗った。

必死に、しがみつく。


 そして、スキャン用のカードを持った右手を動かす。

絶対に、このスイッチを押してやる。

何とかスキャンする事が出来、カードが離れた手を、スイッチに向かって動かす。

〝ピキューン〟と鳴った。


 その音が鳴ったのと、躰がアスファルトに叩き付けられたのは、ほぼ同時だった。

車は、すぐに見えなくなった。


 機械の画面に目をやる。

【10/10】という表記が生む達成感と、【00:00:07】という表記が生む恐怖。


 思わず、その場で大の字になる。

第二関門クリア。

良かった……。

危なかった……。

空に向かって息を吐く。


 「じゃーん!」

俺の左手の甲に付いた二つ目の星マークを見た廣哉は、俺の躰に抱き付いた。

「良かったぁ! 良かった良かったぁ!」

泣き出しそうな声でそう云いながら抱き締め続ける。

「報酬は!? 貰ったんだろ?」

俺はクロシマから受け取った十枚の二十万円カードを廣哉に見せる。

「おしっ! じゃ、パチンコ行っか! めでたい日だからきっと大当たりだぞっ!」

俺は「いや、疲れてっから」と、廣哉の誘いを断り、部屋で寝た。


 「車の上ぇ!? お前、そのスイッチ押したのかよっ!?」

自転車を漕いでいた廣哉の足はぴたっと停まった。

「ああ。ホントにヤバかったよ。もう駄目かと思った」

「香港のアクション映画かよっ!」

「残り七秒だったよ。ホント、ギリギリ」

「残り七秒……! うぅーわっ! 怖っ!」

「お前は、どれくらいでクリアしたんだよ」

「第二関門は、一時間ちょい残しだったかな」

「早っ!」


 「臭っ!」

たまには違う店に行ってみようかという廣哉の提案で来た、このパチンコ屋の自動ドアが開いた途端、彼は鼻を摘まんだ。

確かに妙なにおいがする。

嗅覚が割と鋭い廣哉が〝駅の便所〟と例え、俺はそれに納得した。

俺と廣哉はすぐにきびすを返し、別の店に向かった。


 今度は煙草臭だ。

「まぁ、駅の便所よりはマシだろ」

そう云ってパチンコを始めた廣哉は、僅か数分後にギブアップした。 


 結局、いつものパチンコ屋に行くと、廣哉はまたしても数千円儲け、俺はまたしても数万円の赤字に終わった。

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