第八話
「嘘つけよ、おい」
眠る前の記憶がないという廣哉に、その時の状況を説明すると、彼は云った。
「いや、マジで」
「俺は酔っ払いのリーマンかっつーの。てか、一日中寝ると逆に疲れんな」
廣哉はパチンコ台のハンドルを握りながら、肩と首を回す。
「あっ、今日記念日じゃん」
「何の?」
「俺と美紗希の。もし俺が生きてたら、今日で丁度三年なんだよ」
「あぁ、それか」
「記念日記念日うるさかったんだよなぁ、あいつ」
「お前が死んだ後、暫く泣いて怒ってたよ。『もうちょっとで何百日記念だったのに』とか云って」
俺がそう云うと、廣哉は笑う。
「お前と橘はどれくらい付き合ってたんだっけ?」
「付き合い始めたのが、一年の時の、確か九月か十月頃だったから……」
「何、そのアバウトな感じ。そこ大事っしょ」
「俺等は記念日を祝う制度を特に取り入れてなかったから。俺も架乃子も、記念日意識しない派だったし」
「変わったカップルだな」
「そうか?」と、俺は笑う。
「てか、俺もちょっとくらいキャンパスライフ送りたかったわぁ」
廣哉は両手を頭の後ろに回して、天井に向かって息を吐く。
「四人で**大行こうっつってたもんな」
そう云った廣哉の足許にはまた、パチンコ玉が満杯に入ったケースが幾つも積み上げられている。
「へぇー、こんなトコにバッティングセンターなんかあったのか」
〝いい場所を見付けた〟とだけ伝えて案内したバッティングセンターに到着すると、廣哉は目を丸くした。
「よし、やろう」
二人で店内に入る。
球速は八十キロから一四〇キロまでの七段階の中から選べるらしい。
廣哉は、「ぜってぇー打てる」と、何故か強気に最速の一四〇キロを選択した。俺と同様、バットを握った経験と云えば幼少の頃にプラスチックで出来たおもちゃのそれとキャンディーボールで遊んだくらいである筈だが、その自信は一体何処から来るのだろうか。
そう思いつつもつられた様に同じ球速を選択すると、二人共一球も当てられなかった。
廣哉に至っては、最後の数球になると戦意喪失したらしく、バットを振らずにボールを目で追い掛けるだけだ。
「何だ、これ。バケモンじゃねぇかっ!」
自信家のくせに諦めが早い彼の性質を思い出した。
球速を一段階ずつ下げていき、九十キロに落ち着いたところで、ヒット数対決を始めた。
ヒットを、〝ボールがノーバンで網に当たった場合〟と定義し、三回行ったそれは、何れも俺が勝った。
「此処、俺と相性悪いわ。ちょっと変われ」
廣哉はレーンの交替を要求した。
相性も何もないと思うが、仕方なく応じると、またしても俺が勝った。
しかも、今度は七点差という大差だ。
廣哉は「てか、眠てぇ」と、弁解がましく目頭を押さえ出した。
翌朝。
「俺が死んだ後、何か変わった事あったか?」
廣哉は自転車を漕ぎながら訊いた。
「んー、変わった事……」
「何か、でっかいニュースとかなかったのかよ」
「いや、お前と俺が死んだのがでっかいニュースだろ」
「まぁ、そうだな」
「あっ、あった。お前にとってでっかいニュース」
「何だよ」
「お前の好きなグラビアアイドルいたろ?」
「柊由梨奈ちゃん?」
「うん、結婚した」
「結婚したぁ⁉」
廣哉は大きな音を立てて自転車のブレーキを掛けた。
「マジかっ⁉ 誰とっ⁉」
「一般人っつってたぞ」
「一般人っ⁉ 何処の一般人だよっ!」
「あと、お前の好きな女優いるだろ?」
「永原侑花ちゃん?」
「うん」
「まさか、侑花ちゃんまで?」
「いや、熱愛報道」
「熱愛報道っ? 誰とっ⁉」
「篠崎研士とかって俳優」
「あいつかぁ! マジか、畜生っ!」
廣哉は頭を抱える。
「でも、こんな事云ってたら、美紗希に怒られるな」
「てか、お前、もう死んでんのにそういうのちゃんとショックなんだな」
「あっ、そっか、俺等もう、死んでんだった」
それから、ボーリング場に着き、二人で対決を始めた。
廣哉は最初、傷が癒えていないのか、かなり調子が悪かったが、次第に追い抜かれ、差が開かれていった。
俺が投球する度に、「君は一体、いつになったらストライク出せるのかなぁー?」などと、ムカつく口調で俺を挑発する廣哉を見返してやりたかったが、そのまま俺の負けで終わった。
起床して間もない朝。
部屋に来たクロシマの口から、第二関門の日程は十日後の午前九時頃と告げられた。
自分の死から約三ヶ月になる事を実感すると同時に、緊張が一気に全身を伝った。
「いよいよかぁ……」
廣哉は洗濯室の椅子に凭れる。
「内容は云えねぇけど、第二関門も結構しんどいぞ」
「すげぇ、ドキドキしてきた……」
「ぜってぇ《地獄》行きになんなよ」
「任せろ」
第二関門の日が近付くのに比例して不安と緊張が、精神を
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