彼女が良い理由を言えないから言い訳する

ノンギーる

第1話

 僕の彼女である稲田美春と初めて出会ったのは中学生の時のこと。

 中学入学早々悪い意味で話題になっていた彼女は、僕と友人たちの談笑のネタにも当然のように出てきて、その噂が事実かどうか皆で見に行ったのだ。


 やべぇ、でかくね? うわぁすっげぇ。など友人たちが笑う中、僕だけは彼女の魅力の虜になって見惚れていた。


 もちもちな頬、豊満な胸、パンパンな腕、妊婦の様なお腹、安産型のお尻、むっちりとした足。

 彼女は僕の好みに直球ド真ん中の容姿をしていたからだ。


 僕はぽっちゃりとした女性が好きな――所謂デブ専だった。


 直ぐに告白していれば、僕の中学生活は華やかで麗しいものであっただろう。

 しかし、そうはならなかった。

 

 告白するにしても理由が必要だ。稲田さんが理由わけが。

 太っている、というのは一般的にイメージが悪いものだ。中学生だと尚更であり、嘲笑の対象にもなり得る。

 彼女もその体型で辛い目にあった経験はあるはずだ。そこに「太っている君が好き」と告白したとして、受け入れてもらえるだろうか? コンプレックスを刺激して振られるのが落ちではないか。


 どうしても彼女と付き合いたかった僕は、告白を絶対に成功させたかった。

 だから理由を探した。デブではない、彼女を好きになった言い訳を。


 美味しそうに食事しているのを見るのが楽しい。

 笑われようと様々なことに挑戦する姿が眩しい。

 包容力だけはあるから! と泣いている友達を抱いて慰める優しさが心地いい。

 

 稲田さんが日々魅力的に太くなっていくように、僕も彼女のチャームポイントを次々に知っていく。

 勇気のなさから告白をズルズルと引き延ばしていたため灰色の中学生活だったが、それでも彼女を見続けた日々は無駄にならなかった。


 中学生最後の日、卒業式で。

 高校進学によって稲田さんの魅力が他の男にバレて奪われる恐怖に耐えかねて、玉砕覚悟で挑んだ告白が無事成功したからだ。


「ずっと見られてたなんて、少し恥ずかしいや」


 そう言って恥ずかしそうに笑う彼女は天使のようだった。


「太っていてもいいの?」

「もちろん!!!!(むしろ太っているのが良い!!!!!!!!!)それぐらいで君の魅力が損なわれるわけないじゃないか!!」


 告白が成功して有頂天になっている僕は気づかなかった。

 稲田さんを好きになった言い訳いいところばかり伝えて、稲田さんが良い理由僕の嗜好を伝えていなかったことを。


 稲田さんがダイエットするとは、初めて出来た彼氏を自分が太っているせいで馬鹿にされたくないと一念発起して痩せるとは思ってもみなかった。


 彼女の高校デビューは大成功だった。

 断じてデブではない――むしろ男を欲情させる程よい肉付きの良さを手に入れた稲田さんは、高校入学して直ぐ人気者になってクラスメイト達の心を釘付けにした。

 太っているという欠点が消え、それによって隠されていた稲田さんの良い所に今更ながら気づいた人間が多いのもあるだろう。



 僕は慧眼だったといえるだろう。恐れていたことが現実となり、告白していなければ稲田さんを他の男に取られていたのだから。

 

 とはいえ状況は最悪だ。ダイエットに成功し華々しい未来を手に入れた彼女は、デブだった頃に戻ろうとは一切考えていない。むしろ自信がついたことで、より美しくなろうと熱意を燃やしていた。


 太っている君が好きだと言えなかった僕の弱さが、太っている彼女を消してしまった。


 それなのに今でも稲田さんに僕がデブ専だと伝えられないでいる。

 今の彼女は僕以外の彼氏をいくらでも選べるのだ。もし伝えたら僕は捨てられて、太っているより痩せている方が好きな彼氏と新しく付き合うに決まっている。


 だから僕は今日も言い訳を探している。

 彼女が痩せないで良い理由わけを、太っていいような言い訳を。

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