第3話 スキル付与の儀式

 おいおいおい、この子は何してんだよ!


「あれ……あれあれあれ??? パンツがない!」


 ミーヤは目を丸くし、何度も何度もスカートに手を入れて確認した。あまりに破廉恥なので、俺は顔に手をやって何も見ないことにした。


「オルテガくん、早業すぎない? 私が気づかない速さで脱がすなんて、まさかもう他の女と経験が……」

「な、ないわ! ミーア、君は昨日パンツを乾かすからって自分で脱いだんじゃないか!」


 俺がそう言うと、ハッとした表情をした。どうやら思い出したらしい。とんでもない誤解をされそうだったから、マジでヒヤヒヤした。安心したのも束の間、彼女はペタンと女の子座りで座り込んだ。


「ゔぇーんえんえん! 悲しい、悲しいよぅ!」


 ミーアは突然堰を切ったように泣き出し始めた。もう俺は、何が何やら訳がわからんぞ!


「落ち着きなって、何があったか教えてくれ」


 そういうと、彼女はぐすんと鼻水を啜りながら答えようとした。


「うん。私ノーパンなの忘れたり、桟道怖くて遅れたり、オルテガくんの足手まといじゃん?」

「え、そんなことないって」

「あるもん! だってついてくるなっていったじゃん!」


 ミーアは拗ねたのか、ぷいっとそっぽを向いた。どうすればいいのか手をこまねいたが、とりあえず頭にポンと手を置いてみた。


「コホン__いいかミーア。その時はそう言ったが、ミーアは足手まといなんかじゃない。毒が回って気絶した俺を、ここまで運んでくれたんだろ? ミーアがいなきゃ、俺は魔王を倒す夢どころか、その辺で野垂れ死んでたよ」


 そう歯が浮くようなセリフを吐き、我ながら恥ずかしくなった。しかし、ミーアは俺の方に顔を戻してくれた。


「ほんとに必要?」

「あぁ、必要だ」

「よかったぁ。やっぱりオルテガくんは、強くて優しくてすごいなぁ。追いついて守られなくなりたかったけど、勝てないや」


 そういって、ミーアはニシっと笑顔を見せる。


「ハハッ、まぁそんなの置いとこうぜ。とりあえず、今日はたらふく飲もう!」

「うん!」


 一件落着し、戻ろうかと彼女に手を差し伸べたその直後だった。部屋を出ると、扉に手を当てて聞き耳していた男たちがいた。


「てめぇら、何してんだよ」

「いやぁ、オルテガくんの夜の実力も見たいなぁと」


 この後、俺は飲み食いではなく、一晩中男たちと喧嘩をすることにした。


__翌日、教会にて


 村の人たちに祝ってもらった次の日、俺とミーアは辺境に唯一あるボロボロの教会に来ていた。俺たちだけではなく、ここら一帯の村や町から冒険者ランクCに昇格した面々が集っている。今日はそう、魔法学院に入学するための2つ目の条件であるスキル付与の儀式が執り行われるのだ。1年に1回の儀式で、この日を心待ちにした者は少なくない。俺もその一人だ。


「それでは、スキル付与の儀式を行う」


 教会の壇上に集まった神官らは、五芒星の角に立って杖を構える。詠唱を唱え始めると、彼らの立っている床に光の粒が集まった。魔法陣が完成すると、神官らの中でも凝った正装をしている男が手を伸ばした。


「よし、順番にこの陣の中心に入るのだ」


 男がそういうと、壇上に近い席に座っていた人々が立ちあがって陣の前に並んだ。先頭の一人が魔法陣の中心に立つと、神官が深く頷く。


「うむ、そなたには視力上昇のスキルが付与された」


 神官がそう告げると先頭の一人は席に戻り、次の者が前へ出た。俺とミーアはこの部屋の出入口側に座ったため、この分だとかなり時間がかかると思われる。退屈だが、ふざけた態度はとることはできない。


「ガクガクガクガク......震えが止まらない」


 ミーアは緊張のせいか、ブルブルと身体を震わせていた。俺が肩にポンと手を置くと、ピタっと振動が止まる。


「緊張することじゃないだろ?」

「いやでも、私のスキルが変なのだったらどうしようかと考えてさ」

「そんなこといったら、俺のスキルだってどうなるかわからないぜ?」

「オルテガくんは絶対良いスキルだよ!」

「ハハハっ。もし俺がダメだったら、ミーアが今度は守ってくれよ?」

「私がオルテガくんを守る? ......できるのかなぁ」


 そんなやりとりをしていると、ミーアが神官に呼ばれることになった。壇上に向かう彼女は、手と足が一緒になって前に出ている。スキルさえ付与されれば、落ち着くだろう。そう思って、暖かい目で彼女を見守った。


「ん......おぉ、これは!!!」


 ミーアが魔法陣に立った瞬間、突然神官らは動揺し出した。何が起きてるのかわからないが、あの慌てようはただ事ではない。


「この辺境の地で、Sランクのスキル所有者が誕生するとは! そ、そなたの名前は?」

「え、ミーア・ビリジスト......です」

「皆の者、このミーア・ビリジストはSランクスキル『弱点分析《ホークアイ》』を付与された。彼女に盛大な拍手を送ろう!」

「え、えぇ!? そんなすごいスキルなんですか?」

「何をいう、そのスキルがあれば魔王の弱点を発見できるのだぞ? もし弱点を見つける偉業を成せば、そなたは後世に語り継がれる英雄だ」


 だんだんと与えられたスキルのすごさを実感してか、ミーアは「やったー!」と大きな声を発した。彼女の日頃の行いの良さが、今日の結果に出たのだろう。これで彼女も自分に自信を持ってくれるだろうし、俺としてもちょっと安心だ。


「オルテガくん、すごいスキル貰っちゃったよー!」

「おう、おめでとう!」


 そう返すと、ミーアは嬉しいのか両手をほっぺたにつけてニコニコしながら壇上を降りた。ルンルンとしたステップで席に戻り、俺を見つめてくる。


「オルテガくんも、良いスキル貰えるといいね!」


 ミーア......調子がいい奴だ。まぁ、彼女のことは一旦置いておこう。俺も流石に、自分の番が来ると少し緊張してきた。ゆっくりと真ん中の通路を歩くと、左右の席からひそひそと話が聞こえる。


「あのチートスキル持ちの知り合いだよな? 何者だあいつ?」

「あぁ、あれはキール村のオルテガ・マヘンディッシュだ。噂によると、ポイズンバットの巣穴を、魔法を使わず討伐したらしい」

「はぁ!? それは嘘だろ」

「俺もそう思っていたが、あの貫禄ある顔と体格を見たら......嘘とは言い切れねぇよ」

「......あぁ」


 噂話を聞けば聞くほど、期待感が重石になる。だが、どれほど緊張してもここから逃げはしない!


「おぉ、君が最後の者か。気骨ある佇まい、勇者隊の魔法士にも引けを取らない。君なら、スキルの有無によらず大成するだろう」


 神官は俺の顔を見るや、噂話をした彼ら同様に期待を向ける。俺は臆すことなく、真剣な眼差しで彼を見た。


「はい。私は両親を魔王軍に殺されました。その日からただひたすらに、奴らを倒すことを夢見て来ました。たとえどのようなスキルを貰おうと、その道を外れることはありません」

「な、なんと立派な心を......もう何もいうまい。覚悟が決まり次第、中へ入るがよい」

「......はい」


 俺は深く深呼吸をして、光り輝く魔法陣の中心に足を踏み入れた。その直後、足元から何かが全身を通り抜ける感覚を覚える。一瞬とはいえ、体験したことのない感覚で思わず息を忘れていた。


「はぁ……はぁ。神官様、私のスキルはどうなりましたか?」


 呼吸を荒くしながらも、俺は神官にそう聞いた。彼は唖然とした表情で、顔を硬直させる。なんだ? 何かおかしいことでもあったのか?


「あの、神官様?」

「……ギャグじゃ」

「えっ?」

「だ、だから……そなたのスキルは『ギャグ』というよくんからんもんなんじゃ!」


 そう神官が部屋中に響き渡るほどの声量で、スキルの名を口にした。その瞬間、俺は前世の記憶が蘇った。

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