第3話【序章】Ⅲ

「えーと、アルケイデスさん?」

「はは、呼び捨てでいいよ。見た感じ年も近いみたいだしさ」

「・・・ちなみにお幾つで?」

「17」

「えっ!年下!?」


まさかの年下だった。鎧のせいで容姿も年齢も全く分からん。自分は18だと楠木が伝えるとアルケイデスはやっぱりねと朗らかに笑った。

そんな他愛もない話をしているとふと楠木は思い立つ。


「アルケイデス。改めてなんだけどさ。助けてくれてありがとうな」


ばたばたしていたとは言え、礼の言葉という当たり前の行動をしていなかった事に気づいた楠木はそう言って頭を下げる。それに対してあらたまらなくても良いのに、とアルケイデスは言った。


「そう言えばファミリーネームはツグトでいいのかい?」

「いや姓は・・・、ファミリーネームは楠木だよ」

「分かった。宜しくねクスノキ」

「あー、いや。ツグトでいいよ」


なんか堅苦しいしな、と楠木が言うとアルケイデスもなら僕も呼び捨てでいいよ。歳の近い友人は初めてだ!と嬉しそうに言うので楠木は少し考えてから「わかった。宜しくなアル!」と親しみを込めて略して呼んでみた。


「えっ?」

「へ?」


ぴしりと固まるアルケイデス。

もしかしてさすがに距離を詰めすぎたか!と慌てる楠木にアルケイデスは違うんだとモジモジしだした。


「嫌な訳じゃないんだよ?ただ、その、あだ名っていうの?そういう親しい呼び方されるの、さ。初めてだったから・・・」


なんとも言えない気持ちになった楠木だったが、よくよく考えると自分も友達が少ないので人の交友関係をあーだこーだ言える立場じゃなかった。


「えーと。ならアルケイデスって呼んだ方がいいか、な?」

「いいや!アル!アルでいいよ!」


アル、アルとその響きを噛み締めるように呟くアルケイデス。

楠木はなんだかこれ以上踏み込むのも悪いし、ぐだぐだ考えるのも面倒になったので考えるのをやめた。


「そう言えば聞きたかったんだけどさ。アルはなんでこんな場所を独りで旅してるんだ?」

「・・・っ!依頼なんだ!壁内にいるであろう人物を追っているんだ!」


嬉しそうにアルケイデスはそう答えた。

しかし依頼でこんな危険地帯に飛ばされるとは勇者というのも大変な仕事らしい。


「ま。本当にいるかどうか分かんないだけどね」

「いや分からないの!?」

「うん。だから僕は壁内、もう一人が壁外を担当してそれぞれ右回りで探しているんだ」


どれだけこの壁内が広いかは知らない。

しかし見渡すかぎり町ひとつない景色を見る限り、こんな場所で人一人を見つけだすなど無謀の様に思える。

それを二人、・・・一人は外回りをしているというのだから実質一人か。それで探そうというのだから随分と気の長い話だ。


「それはまた雲を掴むような話だなぁ」

「そうだね。一応依頼主からは壁の周囲にいるだろうとは言われているだけどね・・・。まったく困ったものだよ」


期間はたっぷり貰ったから気長に探すさとアルケイデスは笑った。その後も当たり障りのない会話を交わしながら2人は山沿いを歩き続けた。

また境域を通るのかと思うとげんなりしたが、あれ以来ぱったりと遭遇する事はなかった。

アルケイデス曰く境域は壁内の中枢に行くほど数や環境の過酷さが増し、逆に壁外に近づくほど少なく穏やかになる。

楠木達が今居るのは壁と言われる山脈のひとつである上弦山脈。その山脈の麓となるとほぼ境域は存在しないと言っていいらしい。


「あれは・・・村かな?」


太陽が頂点をすぎた頃、アルケイデスが指さした先に白くたなびく煙が見えた。

近づくと過疎ったド田舎の村でもまだマシといった具合のみずぼらしい集落があった。

丸太を積み上げただけの小屋がいくつか並び、共用の竈らしき場所で幾人かが料理を作っている。

村に近づいていく2人を見て柔和な笑顔を浮かべる者、怪訝な顔をする者、明らかに警戒する者と反応は様々だ。


「・・・どうかされましたか?」


遠巻きにこちらをみていた人の中から一人が進み出た。全体的にやや薄汚れてはいるが金髪碧眼の貴公子だった。

こんな村にいるのが不自然すぎるという言葉がつく位の、である。


(それともラノベみたいにこっちの人たちはみんなこのレベルの容姿だったりして・・・)


判断する情報が少なくなんとも言えない。

そういえばアルケイデスの顔をまだ一度もみた事ないな、と楠木はぼんやりと考えながら二人のやりとりを見ていた。


「突然の訪問に謝罪を。僕はアルケイデス。恐れ多くも十三勇者の末席を汚させて頂いています」


アルケイデスが腰にくくりつけられた細いチェーンを引っ張る。

引っ張られてポケットから出てきたのはメダルだった。金で出来たそれには複雑な模様が彫り込まれており模様に沿って僅かに光が明滅している。


「金のメダルに獅子と剣の紋章。偽造防止のハロウの光・・・。これは失礼しました。私はこの村で顔役をしております。パーシーと申します」

「壁内で外部の人間を疑うのは当然です。気にしないで下さい」

「・・・そう言って頂けると幸いです」


さあ従者の方もこちらへとパーシーは村へと招き入れてくれた。

嘘の説明をする手間も省けて良かったのか、それとも下僕と思われて悲しむべきなのか・・・。


「村長のランスと申します。こちら妻のアンナにーー一」

「娘のエラと申します」


筋骨隆々でいかにも山賊でございと言わんばかりの厳つい偉丈夫のランス、ふくよかで柔和な笑みを浮かべるアンナ。

そして2人にまったく似ない灰色の髪に左目を隠すように前髪を伸ばしているエラと名乗った少女。

彼らに対して改めて13勇者のアルケイデスと申します、と続いた後に皆がじっとこちらを見ている事で楠木は気付いた。

どうやら自分の自己紹介の番らしい。


「あ、えーと・・・」


最悪、斬首かな?

アルケイデスの言葉が脳内で無限に再生される。本名を名乗ろうとして、ふと普通に名乗ってもよいのかと思ったからだ。

アルケイデスの反応を見る限り楠木継人くすのき つぐとという名前はこちらでは一般的ではないらしい。

かといってとんちの効いたよい返答も思いつかなかった楠木は一一一


「ツグトといいます」


一一一下の名前だけで自己紹介した。

アルケイデスは自分の事情を話すと村周辺の魔獣の討伐をする代わりにしばらく村に逗留するという約束をとりつけた。


・・・おそらくは行くあてのない自分の為に。


こうしてアルケイデスと楠木はこのみずぼらしい村に身を寄せる事になったのだった。

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