好奇心の代償
低田出なお
好奇心の代償
彼の病室へ向かうと、小さな女の子を連れた夫婦がちょうど部屋から出てきたところだった。夫婦は何度も頭を下げていて、女の子はいまいちピンと来ていない表情で手を振っている。
ややあって母親がこちらに気が付くと、父親の肩を小突いた。夫婦は小さく会釈をすると、女の子の手を引いて立ち去って行った。
一家が去った病室を覗く。部屋の中には入院中の後輩が、見舞いの品を手に取って興味深そうに眺めていた。
「それはパイナップルよ」
「ん? ああ、わざわざ来てくれたんですか。ありがとうございます」
声をかけたことでようやくこちらに気が付いた後輩は、驚いた顔でこちらを迎え入れた。
「これパイナップルなんですね。切ってあると分かんないや」
「全く、のんきなものね」
「いやあ、申し訳ない」
へっへっへと苦笑する顔は、相変わらず人に好かれそうな笑みを浮かべる。私は溜め息を吐いた。
「もう、なにしてたら子供を庇って刺されるのよ」
「そりゃあもう、仕事終わりをぶらぶら満喫してたらですね」
「これ、説教のつもりなんだけど」
「うす」
ベッドの上で背筋を伸ばす後輩に、もう一度溜め息を吐く。それを見た後輩は、申し訳なさそうに弁明した
「でも、そうそうないじゃないですか。刃物持った人間が暴れるなんて」
「それはそうだけど…」
「だからこれも経験だと、ばっとね、おじさんの前に躍り出たわけですよ」
「それで?」
「それでこう…がしっ、ぶすっ、びたーんですよ」
「……」
「……」
三度目の溜め息を吐くと、とうとう観念したようで、目を伏せながら「すみません」と小さく謝罪した。
四度目の溜め息を吐く。
「病院からはなんて?」
「一か月ほど安静にしていれば退院、だそうですよ」
「他には何も?」
「なにも」
「そ、ならもう今回はいいわ」
私は立ち上がり、そのまま大きく背伸びをする。今回の仕事は随分とスケジュールが詰まっていて、なかなか遊ぶ時間が取れなかった。せっかくだから、彼が退院するまでは余暇としよう。
「代わりに、帰りの運転はあなたがしてね」
「え、俺がですか?」
「なあに? 不服?」
顔を近づけてやると、苦い顔で目をそらす。今度は彼が溜め息を吐いて「ワカリマシタ」とたどたどしく同意した。
「じゃあ上には私から連絡しておくから。何かあったら連絡頂戴ね」
「はーい…」
「はいは伸ばさない」
パイナップルの緑のところは食べちゃダメよ、と最後に告げ、意気消沈といった具合の後輩を残して部屋を後にする。
病室から出るとそのまま通信機の電源を入れた。宛先は遥か遠くの上司である。
「すみません。%&$!#が仕事中に怪我をしてしまいまして……はい、はい、地球を離れるのは、もう少し後になりそうです」
好奇心の代償 低田出なお @KiyositaRoretu
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