お家に帰ろう

「いや、楽しかった!こんなに楽しかったのは久々だ。外出の理由になってくれた事、感謝するぞ、朝夕。」

「はぁ、それは何よりなのですが……。」


 紡は、隣をスキップ混じりに歩く逆波の姿をチラリと横目で見る。

 こんなに泥まみれになって戻ると、皇宮警察の人間に何があったのかを問い詰められても仕方ないのではないだろうか。

 服を汚しているのは紡自身も同じなのだが、街の巡回という名目で外に出ておいて、二人揃ってここまで泥や砂に塗れて帰ってくるのは流石に不自然すぎる。

 それを伝えると、逆波は得意げに笑った。


「大丈夫だ、戻る前に全部脱げば追及される事もないぞ。」

「それ、まさか俺にもやらせる気じゃないですよね?」

「無論だ。と言うか、男なら寧ろ下着一丁でも問題ないのだろう?」

「問題大有りですが!?」

「何だ軟弱者が。服を一枚着ていようが着て居なかろうが、人間は刀で斬られたら死ぬじゃないか。」

「防御力の問題じゃない!」


 紡が話の通じそうもない逆波に、どうしたものかと思っていると、隣で大きくため息をつかれてしまった。

 溜め息をつきたいのはこっちだ、と紡が考えていると、逆波の長い指がちょんと紡の額に触れる。


「何ですか。」

「ほら、服を見てみろ。これで良いだろう?」

「服……?」


 紡が身体を見下ろすと、驚くべき事に先程まで外遊びに興じる児童の如く汚れていた制服が、新品の様に綺麗になっているのだ。


「な、これ……。」

「まぁ幻だがな。実物は汚れたままだから、帰ったら洗濯しろ。」

「こんな事、出来るんですね」

「鬼だし、オリジンだからな。」


 そんな答えになっている様な、なって居ない様な返しを聞きながら、紡は手で服に触れてみる。

 見た目には綺麗なのだが、手触りはザラザラとしていて、泥で汚れていることが分かり、何とも不思議な感覚であった。


「それにしても……」


 紡がそうやってしげしげと服を確かめていると、逆波が呟く。


「あれなら、大丈夫だな。私が最後に見た時より、随分と表情が明るくなっていた。」

「……猪野頭さんの事ですか?」

「ああ。まぁ、私が居ない方が元気というのは少々不服だが!」


 そんな風に言って逆波は腕を組み、わざとらしく頬を膨らませて見せる。


「猪野頭さんと逆波さんって、昔は師弟関係だったんですか?」

「そうだ。と言っても、私が半ば無理やり捕まえていただけだがな。」

「想像に容易いですね……。」


 きっとその時も二人で、先ほど目にした様に鬼ごっこを繰り広げて居たのだろう。

 苦笑いを浮かべる紡を他所に、逆波は続ける。


「私は鬼だから、親も居なければ兄弟も居ない。静寂が何かに苦しんで居たのは知ってたが、人間にとっての『家族』の重さが分からん故な、私には手の施しようが無かった。」


 そう言った逆波は、どこか遠いところを見つめている様であった。

 人間の家族。

 紡はそれについて考える。


 家族というのは大切なものである。

 血を分けて自らを育み、共に長い時間を過ごし人たち。

 恩には報いるべきだとは思うし、何かを困っているならば、手を差し伸べるべきだとも思っている。

 それでも……『家族だから』という理由で、無闇に傷つけて良い筈はない。

 紡は母親や姉の事を思い出し、ちくりと心の隅が痛むのを感じた。


「何もせず手をこまねいていた事を、ずっと後悔していたんだ。静寂が姿を見せなくなった日からな。」


 逆波はその言葉は、心からの物に思えた。

 以前に鬼にとっての人間の一生は瞬きのようなものだと、彼女自身が言っていたのを紡は覚えていた。

 逆波からすれば、静寂が生きている間にまた会えるとも限らない中でそんな後悔を抱えるのは、きっと辛い事だったのだろう。

 そう考えれば、先程の彼女のはしゃぎようを少しは理解出来るような気もする。


「そんなこんなで、今日はとても良い一日だった!」


 清々しげにそう言って伸びをする逆波。

 何だかんだで、彼女を悪く思えない自分をお人好しだと思いながら、紡はその隣を歩く。

 そうこうしているうちに、皇宮警察学校の建物が見え始めた。


「ところで、逆波さん。」

「何だ?」

「逆波さんの方は、まだ汚れたままですが。そろそろ、どうにかした方が良いんじゃないですか?」

「ああ、私は良いんだ。普通に脱ぐからな。」

「脱ぐな!!」


 そう言って胸に巻いた晒しを解こうとする逆波に、紡は食い気味に怒鳴りつける。

 結局そこから暫く『脱ぐ』『脱ぐな』の押し問答が続き、紡がようやく自宅にたどり着いたのは、夜も更けた頃であった。

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突撃!桜の帝都反乱軍の拠点 はるより @haruyori

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