いいわけ妖怪

天西 照実

いいわけ妖怪


 矛盾まみれの偉そうな態度で、いいわけを何時間でも続ける。

 そんな『いいわけ妖怪』が発生したらしい。



「いいわけ妖怪? なによ、それ」

 ヤンキー座りの女子中学生、マドカが聞き返した。

 静かな寺の境内。

 枝葉を広げるスズカケノキの根元に、3人の中学生がたむろしている。

「言い訳癖がある人に取り憑いて、もっと言い訳まみれにさせるらしいよ」

 いつも突飛な話を持ってくるのは、後輩男子のススギだ。

 もうひとり、同じく後輩男子のカイトは真剣な眼差しで、

「マドカさん。薄緑のレースが見え――」

 言い途中で、マドカの鉄拳を受けて悶絶する。

 いつものやり取りだ。

 ススギは少々ビクつきながらも、

「そ、その鉄拳で、いいわけ妖怪をバシッとやっつけちゃってよ」

 と、小さな拳を揺すってみせる。


 春の日差しも強くなってきた。

 日陰ぼっこ日和の昼下がりだ。

「確かに有害そうだけど、なんか実害が出てるわけ?」

 マドカは溜め息交じりに聞いた。

「そりゃ、よくわかんないけど。いつも以上の言い訳で、嘘まみれとかになるんじゃない?」

「自業自得じゃないの」

 と、マドカはバッサリ。

「でも、言い訳は言われた方が迷惑するでしょ。マドカさんの友だちが、迷惑させられるかも」

「知らないわよ」

「かーらーのー?」

 軽いノリで、ススギが拍手する。

「あんたねぇ。そういうノリは、やめなさいって言ってるでしょ」

 眉を寄せるマドカの向かいから、カイトが、

「マドカさん。ススギ、もう取り憑かれてるんじゃない?」

 と、静かに言った。

「あ゛?」

 眉を吊り上げ、マドカがススギにがんを飛ばす。

「ちっ、違うよ。僕は聞いた話をしてるだけでっ、こういう話題もどうかと思ったから――」

 ススギが慌てて立ち上がると、同時に立ち上がったカイトがその腕を掴む。

 逃げようとするススギを引き寄せ、背後から抱き込んで捕まえた。

「ちょっと、放してっ。僕は知らないよっ」

 まだ小柄な中学一年生だ。

 同じ一年生でも、カイトの方が体格はしっかりしている。

「慣れると気持ちいいぞ」

 などと言って、カイトはススギをマドカの正面に立たせた。

 空手や合気道の心得がなくても、マドカの立ち姿が戦闘態勢であることはわかる。

「じっとしてなさい」

 と、マドカは拳を振り上げた。

『――ぎゃあぁっ』

 すぐに汚い悲鳴を上げて、ススギの体から卑屈そうな男が飛び出した。

 リクルートスーツの中年男に見えるが、その姿は半透明だ。

 逃げ道を許さず、マドカは卑屈そうな『いいわけ妖怪』に拳を叩きつけた。

『ぎゃひぃっ!』

 情けない声を漏らして地面に倒れると、いいわけ妖怪は土へ解けるように姿を消した。

「すげぇ。消滅した」

 と、カイトは平然と言っている。

「……本当に、ぶたれるかと思ったじゃん」

 へなへなと腰を落とすススギを支えたまま、カイトも地面に座り込んだ。

「慣れると気持ち良いって」

「もう一発いってもいいのよ?」

「ごめんなさい」

 パッパッと両手をはたきながら、マドカはもう一度ヤンキー座りをした。

 さりげなく、制服のスカートを整える。


 暖かな春の風が、周囲の竹林をサラサラと鳴らしている。

「まったく。本当に、変なのに取り憑かれやすいわねぇ」

 と、マドカは溜め息を吐き出した。

「……僕、言い訳癖なんかないもん」

 泣きべそをかきながら、ススギが呟く。

 カイトはススギの頭を撫でてやりながら、

「よしよし。ススギだから、言い訳もあんなもんだったんだろ」

 と、フォローした。

「いいわけ妖怪の本体みたいな、みっともない言い訳する奴もいるもんねぇ」

 マドカの言葉に頷きながら、カイトは、

「確かに……あれ? でも今の本当に、いいわけ妖怪って奴だったの? ただの卑屈なオッサンの霊?」

 と、首を傾げた。

「この手ごたえは、普通の霊とは違うわね」

 と、マドカは拳を見せて言った。

「さすが、マドカさん」

「妖怪だの幽霊だの、物理制裁できるのはマドカさんくらいだよ」

「まかせて。他に、面白い話は無いの?」

 などと言っている。

「……沢山あっても困るよ。えっと、いいわけ妖怪はどこから来たのかな」

 と、首を傾げるススギに、マドカはもう一度溜め息をつき、

「言い訳する奴が増えてるからでしょ。どうしようもないわよ、そんなの」

 と、キッパリだ。

「さすが、マドカさん」

 ニコニコしながら覗き込み、カイトはもう一度マドカの鉄拳を受けた。



 女子中学生の鉄拳が、今日も火を噴いた。

 それは、いつも通りのお喋り。

 妖怪が見える子どもたちの、日常的なひとコマだ。

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