Ⅰ
……………………ダンッ!!!!!!!!
「はっ!!」
呼吸が乱れている。息苦しい。酷い汗だ。だが暑いわけではない。冷えきっている。
………ここは、どこ?処刑場ではないわ。私は死んだはずではないの?…まさか、夢…?
そんなはずがないことは、彼女がいちばんよく分かっていた。身体が、覚えている。首を切った、刃の感触を。
「……っ!!!」
………落ち着きなさい。状況を整理しなくては。冷静に、冷静になるのよ、ティナリア。状況を整理しなくては…。
彼女は深呼吸をした。
………私の名前は、ティナリア・アージェ・ミューレント。ミューレント侯爵と侯爵夫人の娘。そして…王太子殿下の "元" 婚約者で、17歳のとき学院を卒業した後、殿下との結婚式への準備の最中に…………処刑された。その後のことは知らない。全て、私が悪かったのはしっかり覚えている。そのせいで周りを巻き込んでしまったことも…いえ、今は現状を把握しなくては。後悔はその後よ。
整理しているうちに落ち着いてきたのだろう。呼吸も安定し、周りを見る余裕もでてきたようだ。
そもそもここは何処なのか。と、周りを見渡してみる。
ひとりで寝るには広すぎるベッドの上、周りには天蓋。サイドテーブルには水瓶とランプ。天蓋が閉まっているため部屋の様子はよく見えない。けれど、ティナリアは気づいた。
………待って、嘘。いや、そんなはずはないわ。
だって、私の邸は、火事で……!
コンコンッ
「失礼しまぁす。」
………え
天蓋が開けられる。部屋に入ってきたのは20歳くらいの女性。プラチナブロンドの髪をひとつにまとめていて、若干タレ目な瞳の色はチャコールグレー。一般的に見ても所謂 "美人" と呼ばれる類の顔をしている。
「あれ、お嬢様お目覚めですかぁ?おはようございますぅ。いまカーテンと窓開けますねぇ〜」
いつもお寝坊さんなのに、珍しいこともあるものですねぇ。侍女らしき女性は呟く。
………嘘
「………………レネ…?」
「はぁい?お嬢様、どうかなさいましたかぁ?」
布団を跳ね除け、ティナリアはレネに駆け寄る。
「レネっ…!ほんとうに、レネなのね………!!」
「あらあらぁ、お嬢様、怖い夢でも見ちゃいましたぁ?」
レネは優しくティナリアを抱きとめた。そして泣きじゃくる幼子をあやすように、ティナリアの背中を一定のリズムでたたく。
「だいじょぶですよぉ。レネはここにおります」
………あぁ、レネだ。若干間延びした話し方も、優しさもあたたかさも、全部、全部レネだ…
とめどなく涙が溢れてくる。嗚咽を漏らす。普段とは明らかに違うその様子にレネは驚きつつも、そのまま、抱きしめ続けてくれた。
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