10-3 行くなら皆で

「こ、これが笛吹うずしき真理まり先輩……」

「うん。あの言問こととい先輩と同じ『八人の女王エイトクイーン』の1人だって」

「初めて見たけど、怖すぎ」


 入生田いりうだ小撫こなで、そして羽咋はくいが病室にあるモニターを覗き込む。


「……いやぁ、しかし凄い。この会見に1人で臨まれるとは」


 映し出されているのは走井はしりい学園及び下之宮|市の防衛本部の会見。

 昨日の捻じ曲がった者クラーケン討伐に伴い、これまでの潜水士ダイバー墜落事件の報告をするものだった。

 

『……つ、つまり――今回の危険性空魚の侵入は』

『聞いていなかったのか? さっきも言ったが、想定外だ』

『想定外とは、どういう』

『意味を知りたいなら辞書を引け。少しは学力が向上するだろう』

『そ、そうではなく……な、何故、想定の事態が』

『では、今、お前は、この場に私が来ると想定していたか?』

『え……い、いや』

『それは何故、想定外なのだ』

『……そ、それは』

『教えてやろう。想定していないから想定外なのさ。それ以上もそれ以下も無い』

『じゃ、じゃあ……今後も同じような事が』

『馬鹿か。想定外のことも、1度起きたら想定内に変わるだろ』

『それじゃ』

『2度目はない。だから安心して寝ていろ』

『――こ、これから先も想定外の事態が起きたら』

『その場合、どんなことが想定される?』

『えっ……と』

『お前はこれまでの流れを見て、容易に想定される私のこの切り返しを想定できないような脳みそだから、そういう質問をするんだろうな。これからは記者にも一定の学力レベルやロジカルさを要求したいね』

『……』

『他には』

『…………………………』

『無いな。以上、帰っていいぞ』


「こっ……わ」

「そもそも笛吹うずしき先輩とは、相対するだけで消耗するって聞いたことある」


 潜水士ダイバー墜落の原因は捻じ曲がった者クラーケンによるものであった。


 この捻じ曲がった者クラーケン空想級の鱗ル・ファンタスク・スケールクラスで、走井はしりい学園の透明な壁ゲビート内に侵入できるほどの危険度を有していた。


 だが走井はしりい学園の三回生と二回生からなるチームによって無事討伐された。

 チームには負傷者が出たが、全員命に別状は無い。


 また昨日は、捻じ曲がった者クラーケンと同時に別の、鰐型の空想級の鱗ル・ファンタスク・スケールクラス――甚大な顎グローサキーファも出現した。


 こちらも同様に走井はしりい学園の透明な壁ゲビート内に侵入できるほどの危険度を有しており、遭遇した走井はしりい学園の教授が1名襲われて命を落とした。


 その後、『八人の女王エイトクイーン』の『天滅神号ピリオドシグナル』によって討伐された。


 この2体の空想級の鱗ル・ファンタスク・スケールは連携していたような様子があり、未曾有の災害を引き起こす可能性があった。


 野生の空想級の鱗ル・ファンタスク・スケールクラスが発生する原因や、わざわざ走井はしりい学園の透明な壁ゲビート内へ侵入した理由については引き続き調査を進める。


 想定外の事態が多かったが結果として被害は最小限に留められた。


「――まとめるとこんな感じ? マジであんなとんでもない感じなんだね、空想級の鱗ル・ファンタスク・スケールって。どっかの研究機関の兵器かと思ったよ」


 ペンをくるくるさせながら小撫こなでが言う。


「表彰、されるかもみたいな話もあったけど……僕らも討伐したメンバーに含まれて良いのかな」


 入生田いりうだは視線をモニターから外して窓の外の空を見る。


「――亡くなった先生って、誰なんだろう……やっぱり今、こうやって生きているのって、ほんとにちょっと、ラッキーなだけだったんだろなぁ」


 ガラガラッ!


 3人が居る病室のドアが元気よく開いた。

 

「男子3人が何、しょんぼりしているの! 明日、退院したらどこかパーッと遊びにでも行こう!」


 ドアより元気に酒梨さなせが飛び込んで来た。


酒梨さなせ――さん? なんか、ちょっとキャラ変わった?」

「そ、そう?」

「でも元気出たみたいで良かった、香織かおりちゃん」

「ありがと、小撫こなでくん――ってアレ、羽咋はくいくん、めちゃくちゃ引いてない?」

「……びっくりした」


 ケラケラと皆笑った。 


酒梨さなせは、空元気なんじゃねぇの? 大丈夫か」

「もう! キュウちゃん、余計なこと言わないの!」


 後ろから声がして酒梨さなせが振り返る。


「――厳木きゅうらぎくん、と萌々香ももかちゃん」

 

 入生田いりうだが立ち上がる。

 

厳木きゅうらぎ……!」

「心配かけたな、入生田いりうだ……皆も」

「もう、大丈夫なのか」

「ああ。右手もこの通り。ほとんど杉田すぎたのおかげだな」

厳木きゅうらぎ……あ――」


 入生田いりうだが何かを言おうとしたのを、厳木きゅうらぎで遮る。


入生田いりうだ。俺は俺の意思であそこに居たんだ。この怪我もお前のせいじゃない。1人で背負おうとすんじゃねぇ」

「……そうだよ、入生田いりうだくん。私達が、決断とか責任とか――何もかもを入生田いりうだくん1人に押し付けたりするわけないじゃない」


 杉田すぎたも続ける。


「あと、香織かおりちゃんもね。だから思い詰めたり、抱え込んだりしないでね」

 

「……ありがとう――皆、生きて帰って来れて、本当に…………良かった……」

「……うっ…………」


 声を震わす入生田いりうだと、顔を両手で覆う酒梨さなせ


志乃しのが泣いてんのも、久しぶりに見たなー」


 小撫こなで入生田いりうだの肩を抱く。

 同じように、杉田すぎたは優しく酒梨さなせを抱き寄せた。


「どっか行くってんなら、俺も誘えよ。明日には退院するから」

「キュウちゃんは、あと2・3日は安静にしてなさい!」

「……え、ヒマ過ぎる」

「じゃ、厳木きゅうらぎの退院待って、あと水上むながいさんも誘って、打ち上げでもする?」

「あ、良いね! たまにはいい事言うじゃん、すぐる!」

「――たまには? どういう意味だ、小撫こなで

「いや、それその……」


 また病室が笑いに満ちた。

 想像を超える怪物との邂逅、そして命の危機、そんな絶望に片足を突っ込んだ、非日常の体験。


 入生田いりうだ達も、どうにかそれを乗り越えようとしていた。

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