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10-1 世界一のタマゴサンド

 カーテンが無い部屋で目を覚ます。


 窓の外を泳ぐ空魚が、朝日をチラチラと乱反射させている。その眩さに目を擦りながら、爽やかに体を起こしてベッドから降りる。


 ――何やら良い香りがする。


「あ、おはようございます! 結良ゆうら先輩」

「……お、おはよう」

「勝手ながら、朝ごはんを作らせていただきました」

「ん…………」

「あと、すみません。事後報告になってしまうんですが……シャワーお借りしました。昨日の終盤、記憶があやふやで」

「そ、そっか。別に大丈夫。いや、しかし朝ごはんまで用意してくれるなんて」

「いえ、私こそふかふかのお布団ありがとうございました。そして今日の朝は、タマゴサンドです!」


 『今日の』がめちゃくちゃ気になった結良ゆうら


 どうやら水上むながいは、昨日の古武術以降の記憶が不完全なのかも知れない。


 だが未だ断定し切れない。


「今日は――どうするの? 水上むながい

「んーっと、そうですねぇ……一度お家に帰って、その後、病院に行こうと思います」

「病院? 検査?」

「いや、私ではなくて。入生田いりうだクンや厳木きゅうらぎクン達のお見舞いに」

「そうか、彼らは即日退院とはいかないか」

「特に厳木きゅうらぎクンはそうですね。入生田いりうだクン達も、解毒の経過観察が必要らしく。と言っても皆、今日明日には退院するかもですが」

杉田すぎたちゃんも、水上むながいみたいにすぐ帰って良いって?」

「言われてましたけど、厳木きゅうらぎクンの看病する感じでしたね」

「ああ、そっか」


 適当な会話をしながら、結良ゆうら水上むながいの様子を伺ってみた。

 しかし、何かを不自然に演じて、隠しているような雰囲気は無かった。


『きっとアレは酔った勢いだったんだろう』と結論付け、ちょっと安心したような、しかし残念なような気分でタマゴサンドに手を伸ばす。


 ゆで卵を潰して作るタイプのゴロゴロ食感のタマゴサンドでなく、牛乳を使ってなめらかに仕上げたスクランブルエッグを挟むタイプのクリーミーなタマゴサンド。

 押し潰してタマゴが漏れてしまわないように、そっと両手で取って、慎重に齧り付く。


「あ、先輩。昨日、私……変なこと言ってませんでした?」

「ぶふっ……!」


 せた。タマゴサンドでせたのは人生で初めてだった。


「あ、お口に合いませんでしたか?」

「いや、そんなことない。世界一美味しい朝ごはんです」

「お世辞でも嬉しいです……あ、で昨日は――」

「き、昨日の終盤? 別に、普通に楽しく飲んで食べていたよ? あれ、水上むながい……記憶無いようには見えなかったけどなぁ〜」


 棒読みにならないように細心の注意を払う。


「そ、そうですか……良かった。酔って変なこと言ってたら、どうしようかと」

「へ、変な?」

「酔ってる時って、普段は隠してる本音が出やすいって」

「ぶっ……ふぉあ」

「え――私、タマゴサンドは得意だと思っていたんですが」

「いや、マジでタマゴサンドは美味しいです。宇宙一」 

「宇宙? 本当ですか? あ、飲み物持ってきますね」


 サイドテーブルに右手を着いて、立ち上がろとする水上むながいを見て、結良ゆうらは強い既視感を感じた。


「牛乳……で良いですか」


 一瞬、牛乳は切らしている……と思ったが、食材ボックスで届いていたことを思い出した。


 自分より、家のことを把握されてしまったような気がして、結良ゆうらはこそばゆくもあり、何だか嬉しくもあった。


「俺が、水上むながいのお家にお邪魔してる気分だなぁ。何から何まで、至れり尽くせりで」

「やり過ぎて引かれてなければ良いのですが……」

「全然、大丈夫」


 牛乳とコップを2つ持って戻って来る水上むながい

 不意に2人は目が合って、言葉を紡ぐのを止めた。


 この状況が終わりに近付いていることを察し、名残惜しむように。

 

「……大学でも、話し掛けて良いですか」

「当たり前じゃん」

「先輩からも――話し掛けて下さいね!」

「わかった」


 やはりこのタマゴサンドは世界一美味しい。

 結良ゆうらはそう思いながら、もうひと口、丁寧に咀嚼して飲み込む。


 牛乳はコップに、なみなみと注がれていた。

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