9-8 砕け波の恋物語 捌

 入生田いりうだ君に酒梨さなせちゃん、厳木きゅうらぎ君……


 そして『天滅神号ピリオドシグナル』か……


 いや、前線に出てくることはない言問ことといちゃんより、塒ヶ森とやもり君の方が厄介だな。


 全くとんでもないメンツを集めたねぇ。

 そろそろ我慢の限界ってことか。


 しかし流れとしては悪くない。

 想定に近い。この位の、上振れは仕方ない。


 黄金世代を1人でも号付異質同体ブルベシメールの性能テストとしての意味合いが強くなる。

 それに今の走井はしりいが最も期待しているメンツを攻撃対象にするのは、『研究解体の恨みを晴らす』って動機にも矛盾しない。


 ただ……入生田いりうだ君達の白波しらなみより上だ。このままじゃ、あっさり返り討ちだろう。


「仕方ない。26の気配隠蔽と能力麻痺に、27の自律制御や耐久力、単純戦闘能力を……混ぜるか」


 捻じ曲がった者クラーケン同士の捕食なんて……こんな使い方――


 いや、そんなこと言ってる場合じゃない。

 

「27番……26番を、喰らえ」


 ◆◆◆◆◆◆


「――何、その手があったかみたいなアホ面してんだよ。というか計画立てるなら、最後の最後の最後まで考え抜け」


「キャラを作るなら徹底的に演じきれ。中途半端にやるくらいなら、やらない方がマシだ」


「復讐がしたいキャラ設定なら、最後まで憎悪を消すな。怨嗟を叫んで死んでいけよ」


「ウチに詰められたところで計画が90パーセント完遂したからって、フッと気ぃ抜いて安心してんじゃねえよ」


「アンタがを使ってなきゃ、ここまで深く追求しなかったんだ。ただなぁ、ここは走井はしりいだぞ?」


「さっき自分でも言っていたように号付異質同体ブルベシメールと少なからず因縁があるこの場所で……そこの元研究員が、密かに研究を続けていて、あろう事か空想級の鱗ル・ファンタスク・スケールクラスが人工的に産み出されていたなんて――あってはならないんだよ」


「ウチとしては、その事実をが重要だ。上層部は間抜けだからな。ウチらがどうにかしてやなきゃなんねぇんだ。だから――アンタが守りたいものなんか、どうだって良い」


「その下手くそな演技を続けるつもりなら……マジで『爆心マインドマイン』でも引っ張り出して、全て洗いざらいぶちまけてやるから――そしたらアンタの守りたいものは、ひっそりとだ」


「なあ、国頭くにがみ沙耶さや。取り引きしようか」


「いや、勘違いするなよ? 何も対等な取り引きではないからな。ウチにも、ここで無理やりアンタの記憶を引き抜くこともできる。ただまあ『爆心マインドマイン』ほど上手くいかないだろうから、アンタは廃人になっちまうだろうけどねぇ! ははは!」


「アンタ、本当は何で、号付異質同体ブルベシメール作り続けていたんだ?」


明白あからさまに解体時より精度上がっているじゃないか。え? さっきのは、アンタを煽るための売り言葉だろ。半額にしても買われなかったがな!」


号付異質同体ブルベシメールの飛躍に……アンタしか知らない、アンタにしか出来ない、あるんだろう?」


「いや――アンタが理由があるんだろ」


「さっきのチグハグ感が真実だとするなら、号付異質同体ブルベシメールの研究を続けていた本当の理由は、何だ?」


 ◆◆◆◆◆◆


 私しか知らない号付異質同体ブルベシメールの、飛躍の鍵。

 それはそのまま白波しらなみ那由花なゆかを守ることに繋がるものだった。


 守れるのは彼女だけじゃない。


 潜水士ダイバー社会に於いてと蔑まれ続けている同性愛者の全てを守れるかも知れない。


 同性愛者と異性愛者の性的指向の差異は、脳の『視床下部第五下垂核』と呼ばれる部位の中に溜まっている髄液の量によって変わる可能性がある。


 男性で髄液の量が平均より少ない場合と、女性で髄液の量が平均より多い場合に性的思考が同性になる確率が高いらしい。


 私は、『視床下部第五下垂核の髄液量』と『生物学的な性別』の組み合わせによって、号付異質同体ブルベシメールで付与した第三者の算術アリスマが発揮する性能に差が出ることを見付けた。



 基本的に付与した直後は、元々の算術アリスマ開発者と比較して85パーセント程度の出力になることが多く、この位の落差なら実用に耐えうるレベルだ。


 しかしそれが時間経過とともに、出力値が下がってしまい、最終的に10から15パーセント程度に落ち着く。

 ……クラス4がクラス2以下になるようなものだ。これでは全く使い物にならない。


 しかも付与した算術アリスマの出力減衰に引きずられるように、自身の算術アリスマも出力が下がっていくことも多かった。

 脳への負荷が大きいからなのか、号付異質同体ブルベシメールの成果が上げられなかったことに対する自信喪失なのか、はたまた全く別の要因なのか……とにかく、結果的に優秀な潜水士ダイバーを失うことも少なくなかった。


 これを、と言われてしまったんだろうな。


 予算が取り崩され、被験者も集められない状況で私は、もう号付異質同体ブルベシメールの研究が続けられないのなら、最後に未だやっていないことを試そうと思った。


 どうせ、この先が無いのなら――自分自身に他人の算術アリスマを付与してみようと思い立った。


 当時の私にそんな権限などなく、完全な規律違反だが……そんなことに目が届くような状況ではなかったからな。


 私のこのヤケクソの気まぐれこそが、飛躍の鍵だった。


 驚くべきことに私は、自分自身に付与した第三者の算術アリスマを90パーセント超で発動することが出来た。

 しかもその出力が落ちることはなかった。何時間、何日経過したとしても。

 むしろ時間経過で、身になじみ出力が上がったりもした。


 偶然かと思ったが、これまでの研究で1度も起きなかった現象が、私の時だけ起きるなんて、あまりにも出来過ぎている。


 じゃあ、これまでの被験者と、私の違いは何か。

 私が別段優れているということもなく、あるとすれば『性的指向』くらいだけだった。


 私の性的思考は、同性愛。つまり女性で第五

下垂核の髄液量が平均より多いのだ。


 ◆◆◆◆◆◆


 発見した可能性を、さらに突き詰めたかったが、時既に遅し。……私は、この頃から色々と遅過ぎるんだな。


 すぐに研究施設は礼羽らいは市と諸共に崩壊してしまった。


 でも希望の種を捨てるわけにもいかない。だから私は走井はしりい学園に拾ってもらった。

 行き場を失った哀れな一研究員として。


 走井はしりい学園のスパイ監視をかいくぐるのは骨が折れたが、何とか採用してもらえた。



 90パーセント以上の出力で付与した算術アリスマ発動できるからといって、無尽蔵に第三者の算術アリスマを付与出来るわけではない。

 そこは脳の処理能力にるところで、どうにもならない。


 新たに被験者を募ることもできず、自分自身の付与キャパもオーバー……という打つ手なしのような状況下でも出来ることはあった。


 被験者を集められないのは、何もこの時が初めてというわけではない。

 潜水士ダイバーへの号付異質同体ブルベシメール付与の安全性が不確かだった頃、どのように基礎実験を行っていたかと言えば空魚への算術アリスマ付与だ。


 だからまた、改めて潜水士ダイバーの被験者を募れるようになるまでは、空魚を実験体モルモットにすれば良いだけ。


 潜水士ダイバーで起きる現象は空魚でも起きる。


 メス属性とオス属性の空魚をそれぞれ捕らえ、オスの第五下垂核の髄液を少し抜いて、それをメスの第五下垂核へ注入してやればきっと、号付異質同体ブルベシメールの性能向上が期待できる空魚が2体生み出せる筈だと考えた。


 空魚の脳を弄る技術は無かったが、それが出来る奴に心当たりはあったから、金でどうにかした。


 そして、結果は予想通りだった。


当然かもしれないが、空魚の危険度が上がれば上がるほど、付与した算術アリスマが高出力化され、付与数の上限も上がった。

 私に空想級の鱗ル・ファンタスク・スケールクラスは捕らえられないが、S級くらいならなんとかいけた。


 そこに複数の算術アリスマを付与してやれば、空想級の鱗ル・ファンタスク・スケールをも凌ぐだろうと想像するとワクワクしたよ。


 そして更に、研究を進めると面白いことに気が付いた。

 空魚同士で髄液の量を調整するよりも、私――つまり同性愛者の髄液を注入してやると性能向上が著しかった。


 私の髄液を、メス属性の空魚へ。



 と思った。私は私の天命を知った。

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