9-7 砕け波の恋物語 漆

 国頭くにがみがもぬけの殻の部屋に辿り着いてから約半日後、白波しらなみは見付かった。



 警察などにも依頼したが、最終的には索敵能力を詰め合わせた号付異質同体ブルベシメールの空魚が、重傷を負って意識の無い白波しらなみを探し出した。


 発見場所は、下之宮市の辺境にある、通称『幽霊地区ゴーストタウン』――礼羽らいは地区。

 空魚からの通信で場所は分かった。しかし国頭くにがみは直接そこへ行かなかった。行けなかった。


 発見した方法も、国頭くにがみ白波しらなみを必死に探していた理由も、白波しらなみも、とにかく色々と追求されると良くないと思った。


 匿名で警察へ通報し、後は任せるしかなかった。


 到着した時、白波しらなみに無数の見慣れない空魚が群がっていたと後から聞いた。

 靄のように揺らめいて真っ白な死神のように不気味だったらしい。


 白波しらなみは附属病院へ搬送され、そしてそのまま誰に見送られることなく集中治療室へ運び込まれた。

 

 ◆◆◆◆◆◆


 白波しらなみが入信していた宗教。


 名前もよく覚えていないが……2つ、絶対に犯してはならない禁忌があると聞かされていた。


 同性愛と自死――


 厳しい教えもかたくなな思想も、時代感に合わせて少しずつ変わってきた。寛容になった部分も多いらしい。

 それでも、この2つだけは……絶対に許されない。許してもらえない。


 だから国頭くにがみは、今、白波しらなみが置かれている状況が最悪であると理解していた。


「わ……私のせいで……あの子は――」


 禁忌の1つを犯す原因となったのが、もう1つの禁忌を犯していたから。

 そんなこと、絶対に白波しらなみの親には伝えられない。知られてはならない。


 高所から転落して――と父親に伝えた時、最初に出てきた言葉が「それは、間違いなく事故ですか?」だった。

 


 ――事故であると明確にわかっているなら、病院へ行けます。が、もし少しでもがあるのなら、私達家族はその人に会えません――――



 実の娘に向かってと表現した。


 国頭くにがみは怒りや驚きよりも、気持ち悪さが勝った。

 瞬間、分かり合えないと思ってしまった。


『それが親の言うセリフか』と突っかかることも出来ない。

 学園の理事会でも、宗教団体との揉め事は極力避けるべきとされている。特に由緒正しきとは。


 しかし事実として、白波しらなみは、その教えに反した。こうなると分かっていて。


 家族と縁が切られるだろう。まるで他人のように呼ばれるだろう。もう二度と顔を見ることも出来ないだろう。


 最悪、人として扱われないかもしれない。

 

 それでも。それでも良いと思っていたのだろう――国頭くにがみと一緒に居られるなら。


「ああ……なんてことを! 私は! 私は……!」

 

 その覚悟を甘く見ていた。踏みにじった。


 憤りに任せてガラスのテーブルを拳で叩くと、ヒビが入り、蜘蛛の巣上に拡がった。

 ――その蜘蛛の巣の中心はあの日、白波しらなみが叩いた辺りのようだった。


 あと少し押し込んだら木っ端微塵に砕けてしまいそうなテーブルに、ギリギリのチカラを掛けて、ゆっくりと体を起こす。


「……私が――なんとかしなくちゃ。あの子の……白波しらなみ那由花なゆかの尊厳は、私が守らなくちゃいけない。全て、私のせいなんだから!」

 

 壊れていく世界なら、一層いっそ、自分の手で壊し切ってやる。

 

 ある目的のため密かに研究を続け、大切に育てたてきた号付異質同体ブルベシメールの空魚達を、に使うことを決めた。



 ――ガラスのテーブルが粉々に砕け散った。


 ◆◆◆◆◆◆


 自殺でないなら、墜落事故死したことにする。

 

 しかし白波しらなみ程の優秀な潜水士ダイバーは、そうそう墜落事故など起こさない。

 ならば何かに襲わたことにする。

 

 しかし、有する算術アリスマが決して戦闘向きではなとはいえクラス3上位は、対人戦等で遅れを取ることは少ない。危険性空魚にしても同様だ。

 ならば未知の空魚を使う。

 

 号付異質同体ブルベシメールの個体を出すにしても、Sランクくらいの危険性空魚程度ではダメだ。白波しらなみは討伐の実績がある。

 ならば空想級の鱗ル・ファンタスク・スケールクラスを出す。 


「あの4体の、どれかか――いや、隠密性や、墜落事故の偽装に向いているのは……この2体のどちらかだな」


 検体番号……捻じ曲がった者クラーケン――


「ごめんな、お前をこんなことに使うつもりは微塵もなかったんだ……全部、私が悪い。全然、私のせいだ……ごめん」


 キュイイイイ……


 細い鳴き声を残して、巨体が闇夜に溶け込んでいく。


 その夜、初めての墜落事故犠牲者が出た。

 クラス4の潜水士ダイバーが、飛泳中に突然、飛泳能力を喪失し、墜落死した。その3日後にもう1人。


 ――そして、集中治療室に入ってから、10日後……白波しらなみ那由花なゆかは治療の甲斐虚しく、誰にも看取られることなく、息を引き取った。



 国頭くにがみは悲しくなかった。感じたのは悲しさではなかった。

 気が狂いそうなくらいの怒り。ぶつけようのない怒り。


 気が狂わないように国頭くにがみいびつに――二律背反的アンビバレンスに笑って、捻じ曲がった者クラーケンをまた、街へ放った。

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