9-6 砕け波の恋物語 陸

 空を飛ぶ鳥は、本能的に羽ばたき続けてしまうから、自らの意思で墜落死することは出来ないって、あの人は言っていた。


 生存を有利にするために手に入れた技術や能力は、普通に考えれば性能を発揮するってことだろう。


 寧ろ、生命の危機にこそ真価を見せたりするものだ。


 だから身投げで亡くなる人は、年々少なくなっているって。他の方法も同じく減少傾向にあるって。

 こういう側面からも、潜水士ダイバーの技術開発や第二の水アナザーウォーターの研究は意義があるんだと言っていた。

 

 初めて聞いたときは、とても感心した。

 あの人と、こういう話をするのが好きだった。


 点と点を美しく繋ぐような感性と思考。好きだった。

 その美しさで、私とあなたという点も、きっと結んでもらえると思っていた。結んでもらえていると信じていた。

 

 でも違った。


 線は、私を通り過ぎていった。


 そうか……点の使い方は『経由地』って場合も有るんだね。私は通過点で、経由地で、寄り道で。


 あの人は私を見ているようで見ていなかった。もっと遠くの景色が、その瞳には映っていたんだ。

 


 あぁ、何だったんだろう、この4年間。


 4年なんて、大した時間じゃないって他人ともだちは言う。そんなの他人事だから言える綺麗事。私は、全部を掛けていた。


 こんな気持ち、他人になんか分かる筈もないし、分かられたくもない。だけどその『他人』には、あの人も含まれていたみたい。


 難しい勉強も沢山した。あの人と同じ超難関の名門の大学にも死ぬ気で合格した。都会の街に合うように化粧やオシャレも勉強した。

 やっと親を説得して、今年からオートロックのアパートを借りて一人暮らしも始めた。


 やっとここまで来たのに。全部あの人の為だったのに。全部、無意味だったんだ。


 私は墜ちていく最中、そんなことばかり考えていた。

 考えていないとすぐにが勝手に私を浮遊させてしまう。



 でも、私――落ちている。



 ほら、ちゃんと出来るじゃないか。やろと思えばやれるもんなんだ。

 私は、自ら飛ぶのを止めた。泳ぐのを止めたんだ。

 

 頭を下にして、どんどん加速していくのがわかる。


 ごめんね、さようなら。

 こんな方法でしか私は、あなたへの思いの丈を示せない。

 

 近づく地面、遠のく水面。

 空魚は相変わらず綺麗だな――キラキラとユラユラと。人生最後の思い出がこの光景なら、悪くないのかも知れない。



 いや、本当にそうだろうか? この光景を良い思い出と思えてしまうくらい、下らない人生だったってことじゃないのか。


 ああ、やっぱり許すなんて出来ないんだ私。忘れるなんて出来ないんだ私。あの人のことを、何もかも。


 ……そう、だよね。だからこうして落ちているんだもんね。


 忘れられないから。許せないから。

 

「どうか最後に、あの人の未来これからに――ささやかな呪いを」



 私はそうして、ぐしゃりと、地面の上で大きな赤黒い染みになった。

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