9-5 砕け波の恋物語 伍

 ――……断って欲しかった。そんなことくらいで拒まれるなら、ならないですって言ってほしかった――


 ◆◆◆◆◆◆


 ――教授になれば、走井はしりいの中でもある程度のチカラを持つことになる。

 そうすれば、学生内にも蔓延る同性愛者への差別や偏見を変えていくための動きが今よりもっと活発にできる筈だ。

 私がから変えていくんだ。そうすれば……なゆを、あの子を守ることにも繋がる


今直ぐは気持ちが整理できなくて、話し合うことが難しいとしても……時間が経てば、あの子もわかってくれる。私はそう信じている――


 ◆◆◆◆◆◆


 二人はそれから、しばらく顔を合わせなかった。


 国頭くにがみは、いつか分かり合えると信じて――片や白波しらなみは茫然自失のまま。

 

 国頭くにがみは、定期的にメッセージを送っていて、白波しらなみもそれを見てはいるようだったが一切返信は無かった。

 

 だが、白波しらなみの気持ちが落ち着くのを待っていられなかった。

 数日後に迫った自身の誕生日に婚姻届を提出する段取りだったからだ。

 

 偽装だからこそ、より普通に。そして、に。

 

 並んで書いた名前、仮初の指輪、投げ掛けられる祝福の言葉。そのどれもに国頭くにがみは無感情だった。

 ただ淡々と、粛々と、目的に向かって進んでいくだけだった。


 そうすればいつか必ず、白波しらなみにも思いが届くと信じて。



 そして……婚姻届を提出した2日後、白波しらなみは正式に教授として採用されることが決まった。

 

「ははっ……こんなにも時差が無いと、本当にそこがネックだったと言われているようなもんだ」

 

 だからを伝えるためにも、改めて白波しらなみへ正式採用を報告するメッセージを打った。


 しかしやっぱり返信は来なかった。


◆◆◆◆◆◆


 教授としてのデビュー初日。

 後ろから声を掛けられた。

 

国頭くにがみ――教授」


 振り向くとそこには塒ヶ森とやもり結良ゆうらが居た。

 

「早速、教授を付けてくれるなんて嬉しいね……しかもキミの方から声を掛けてくれるのも、また珍しい」

「はっ! ――しまった。間違えた」

「おい。何か用があるんじゃないの?」

「あ、そうなんです。ここ数日、白波しらなみの姿を見ていなくて。国頭くにがみ教授なら何か知っているかなって」

「……あ、そうなんだ。私も知らないな」

「そう、なんですね。先週だったか、一番最近会った時も何となく元気なさそうだったんですよ。それも珍しくて」

「そっか………わかった、ちょっとあとで連絡してみるよ」

「ありがとうございます……じゃあ、宜しくお願いします」


 その夜、結良ゆうらが心配していた旨を伝えるメッセージを打った。

 

 それでも、返信は無い。


 ◆◆◆◆◆◆

 

  教授となって2ヶ月くらい――それはつまり白波しらなみと連絡が取れなくなって2ヶ月くらい経ったある日。


 突然、白波しらなみからメッセージが着信した。


 通知センターに『白波』と表示され、飛び上がりそうになる心臓を抑え付けながらメッセージアプリを開く。


そこには、たった5文字――『さようなら』とだけ書かれていた。

 

 飲み込んだ息を吐き出せない。

 世界が崩れていく音がする。

 視界がぼやける。


 倒れそうになる感覚の中、メッセージに付随して表示される日付けを見て、把握した。


「9月……29日」


 4年前に、オープンキャンパスで2人が出会った日。


 今年もオープンキャンパスは開催されている。

 今日はその最終日。


「ウソ……ウソでしょ…………なゆ!」

 

 何故、2ヶ月もあの子を放っておいたのか。

 何故、メッセージを送るだけで済ませていたのか。

 何故、直接あの子の部屋へ行かなかったのか。鍵を持っているのに。

 何故、時間を置けば分かってもらえると思い込んでいたのか。


 何故……何故…………何故――


 ぐちゃぐちゃの思考のまま国頭くにがみは、とにかく急いで白波しらなみの部屋へ向かった。


 決して遠くはない、その距離。


 何故、2ヶ月も部屋へこの道を避けていたのか――国頭くにがみは唇を血が出る程、強く噛んだ。


 少しも痛さを感じない。

 

 ドアの前へ着くと、まず1つ目の悪い想定は回避された。

 カギは開く。変えられてはいない。


「なゆ! ――なゆ?」


 聞きなれない程に自身の声が反響した。



 それもその筈――部屋の中には何も無かった。

 ベッドも布団も、テーブルも椅子も、本棚も本も、食器も冷蔵庫も。


 伽藍のリビングの真ん中に、1枚手紙があって、その横に国頭くにがみの所有物が纏めて綺麗に置かれていた。


「……え? コレって…………ちょ、ちょっと待ってよ……! 嘘でしょ、なゆ!」


 国頭くにがみは気付く。異様な雰囲気に。

 カギが開く以上、実家へ戻ったとかではない。


「なゆ! ……あああ、あぁぁぁ!」




 これは

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