9-3 砕け波の恋物語 参

 国頭くにがみの、右の腕枕に、まるであつえたようにスッポリと収まる白波しらなみ

 

「寒くない?」

「……うん。沙耶さや、温かい」

「お、おい、さわさわするなよ」

「えへへ、くすぐったいのー?」

 

 2人は肌と肌で触れ合う。


 お互いの一番柔らかいところと、温かいところを、まさぐり尽くして少しだけ疲れた。

 

「ねぇ。なゆ」

「なに? 沙耶さや

 

 天井を見据えたまま、今までよりちょっとだけ強く白波しらなみを抱き寄せる国頭くにがみ

 

「……ど、どうしたの」

「うん。なゆ? 私達――って普通じゃないのかな」

「んー……そういう質問って私のがしそうだけど――どうしたの? 何かあった?」

「私、算術アリスマが割りと常時発動型に近かったんだ、昔。だから、よく他人がどう思っているかきちゃってさ」

「昔――っていうと、学生の頃? 高校?」

「そう、その頃」

 

 同性愛への世間の理解は、ずっと行ったり来たりだった。

 

 ある時代においては進んでカミングアウトするものでは無いとされたり、嫌悪の対象であったり。

 またある時代においては逆に政府が同性婚を認めたり、差別発言をした者が激しく糾弾されたり。

 

 そんな時代感に振り回され続けてきた。

 

 そしてこの時代――第二の水アナザーウォーターが現れて以来の現代においては、国家戦力に成りうる潜水士ダイバーの候補を生み出せないことからとする声は根強い。

 

 表立っては同性婚などの法整備が完璧になされているのにも関わらず。

 

「……どっかの大国のとある州が、同性婚撤廃の条例制定した頃だね」

「よく覚えているね。ってか、その頃、何歳だった?」

「ううん、沙耶さやと会ってから……色々調べた」

「なるほど」

 

 未だ国頭くにがみは視線を下ろさない。

 

「その州法の余波は大きくてさ、こっちでも大規模なデモがあったりしたんだ……で、私、その頃……今より世間知らずというか怖いもの知らずというか、でさ――『同性婚って、何がそんなに変なの?』って、普通に発言しちゃってたんだよね」

「……今より」

「そこじゃないのよ、今の会話のポイントは」

「うん、ごめんごめん」

 

 言いながら、白波しらなみ国頭くにがみを抱き返す。

 

「……それで、色々聞こえてきちゃったんだ? あることないこと」

「まあ……その頃から私、あったし……あることあることなんだけど」

「――他人の声なんて、どうでも良くない?」

「なゆなら、そう言うと思ったけど……でも私は、未だに心のどこかで、なゆに自分と同じこちら側へ来て欲しくはないって感情もあるんだ。『こんな可愛い子が、酷い言葉に晒されるのは見たくない』って」

「――何、それ」

 

 白波しらなみは、申し訳程度にかかっていた布団を剥ぎ、国頭くにがみの乳房の先端に噛み付いた。

 

「……やっ――な、に……すん」

 

 白波しらなみ国頭くにがみ『こう見えて私にだって覚悟くらいあるんだよ』的なことを、もごもごと言った。

 

 一言一言発する度に、敏感に反応する国頭くにがみを上目に見ながら鼻から荒く呼吸する。

 

「ちょ、ちょっと――」

「ぷはっ――ふふん、お仕置です!」

 

 勢いよく吸い上げてから、解き放つ。


「――あ、やぁっ! お、お仕置?」


 豊かな乳房が波のように揺蕩たゆたって、国頭くにがみは腰をくねらせながら身をよじる。

 

沙耶さやが! 変なこと言うから!」

 

 白波しらなみは、語尾の『ら』の口のまま、国頭くにがみの脚の付け根をむ。

 

「え! ……ひ、ひゃ」

「いっつも、私がやられているからね。攻守交替だよ」

「悪かった、悪かった! 私が、悪かった……もう言わ、言わない――」

「……うん。言わないで。私は、私の感覚を疑ったりしてないし、別に沙耶さやに矯正されたり、強制されたりして、こうなったわけでもないから」

 

 白波しらなみの言葉に、無言で何回も小刻みに頷く国頭くにがみ

 

「……だから、そんな悲しいこと言わないで? 確かに、昔の沙耶さやが1人で受け止めるには辛い言葉だったとしても……今は私も一緒だから」

「……あ、ありがとう……でも、ちょ――ももに、口当てながら、喋っ――らないで! ひぁ……」

「悲しいことは半分こ、楽しいことは4倍」

「ど……どういう計、算? ていうか、今……私、泣くとこじゃない?」

「泣かせないよ。泣かせるわけないじゃん、私が着いていて」

「泣く、の意味が――違っ……ん!」

 

 2人の夜は、まだ始まったばかりらしかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る