009

9-1 砕け波の恋物語 壱

 その夜、結良ゆうらは、1つの悲しい物語を夢に見た。


 それは白波しらなみ那由花なゆか国頭くにがみ沙耶さやの物語。


 ◆◆◆◆◆◆


「――あ、あの……連絡先を、交換して貰えませんか!」


 走井はしりい学園で9月後半の平日に、5日間連続で開催されるオープンキャンパスの初日。


 気紛れで顔を出してみた准教授の国頭くにがみ沙耶さやは、そんな信じ難い声を掛けられた。


 驚きつつ声のした方を向くとそこには、この世のものとは思えないほどに可愛らしい少女が立っていた。


 俗っぽく言うと天使だった。


『少女? ――高校生は、少女の範疇か?』とか自問自答してる暇も無く、その天使のような少女は「あの! 迷惑でなければ!」と詰めてくる。


「は? えっと……私の? ですか?」


 勢いに押されて、思わず敬語になってしまった国頭くにがみ


「は、はい――ご迷惑でなければ」

 

 こんなに奇跡みたいなことがあっていいのか。

 私の好みの、ど真ん中の娘じゃないか。

 そして、そんな少女が私に連絡先交換を要求している。


 これが奇跡でなくて、なんだというのだ。

 

 国頭くにがみは思考が止まりそうになった。


「め、迷惑…………」

「――あ、やっぱり……そうですよね……すみま」

「じゃない、です」

「え? ……ホントですか! やった、嬉しい」


 ぴょんぴょん飛び跳ねる少女。

 可愛さのあまり爆発しそうになる頭と、蕩けそうになる頬を何とか繋ぎ止めて国頭くにがみは踏ん張る。


「えっと――でもまず、名前、聞いてもいい?」

「そ、そうですよね! ……私、白波しらなみ那由花なゆかと申します。峯ヶ原出身の高校3年です」

「峯ヶ原……私と同じだ」

「え! そうなんですか……なんか、運命みたいですね…………」


 無神論者だった国頭くにがみは、この日初めて神様に感謝した。


 だって目の前に、天使が居るのだから。


 ◆◆◆◆◆◆

 

 秋風の気持ちいい街角のカフェ。

 そのテラス席にドリンクを2つ持って戻ってくる白波しらなみ


 チョコレート系のラテでクリームがもこもこしていて、マシュマロがトッピングされている。


「うっわぁ、甘そ〜」

「新作、飲んでみたかったの! それでね、沙耶さや。私、走井はしりい学園に行くよ」

「――は? 峯ヶ原大学の推薦貰ってたんじゃないの?」

「そうだけど……でも、走井はしりい学園に行けば、もっと一緒に居られるでしょ」


 そういう問題じゃ……と言いながら国頭くにがみは頬が緩んでしまった。

 ストローから上手くドリンクが吸い込めない。


「ほら、沙耶さやも嬉しいんじゃない! 素直じゃないなぁ!」


 右腕を伸ばして、人差し指を突き出し、国頭くにがみの左頬をつつ白波しらなみ


「い、痛っ! 何すんだ、なゆ!」


 秋風が落ち葉を転がすように2人はじゃれ合う。

 ――傍から見ると姉妹のようだった。


「で、でも、今から志望校変えて、間に合うの? しかもよりにもよって、走井はしりいって……申し訳ないけど、よりだいぶ上よ?」

「大丈夫。私、意外と頭良いんだから。寧ろ今まで『峯ヶ原で良いの?』って言われてたんだし」

「それは、知っているけど……」

「もしかして、家族? 大丈夫だよ、何とかなるって」


 国頭くにがみ白波しらなみの学力の心配など、1ミリもしていない。


 それよりも、この状況や、走井はしりいへの本当の志望動機を白波しらなみの家族へ知られてしまわないかを心配している。


「――嫌だよね。私、自分の意思で入ったわけじゃないのにさ。あの宗教」

「まあ、それは仕方ないことなのかも知れないけど……めちゃくちゃ厳しいんだろ? 特にに」


 無言で小さく頷く白波しらなみ


「一番の禁忌みたいな感じ……同性愛なんて」


 あるべきものはあるべきままに――白波しらなみが入信している宗教の教えは特に、自然の摂理を重んじる。 


 時代と共に寛容になった教えの中でも、強く変わらぬ思想がいくつかあって、特に目に付くのが同性愛に対する過剰なまでの唾棄。


 ――この宗教において同性愛はと呼ばれる、最大級の禁忌なのだ。


「でもさ、同性愛みたい言われても……私、 女の人なら誰でも良いってわけでもないからさ。変に括られて、それも嫌」


 ムスッと膨れるのを見て、国頭くにがみは胸が締め付けられるような感覚があった。


「……私もだよ、なゆ」

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