8-7 背負う

 流石に自分から言い出すだけあって水上むながいの料理の腕はなかなかのようだった。

 あっという間に、鯛のカルパッチョと野菜スティック、それとシラスが沢山乗ったペペロンチーノが完成した。


「レストランみたいじゃん!」と結良ゆうらは驚いた。


 幽霊地区ゴーストタウンで『魚料理はしばらく食べたくない』と思ったことはもう忘れていた。

 それと……なんとなくお米を使った料理が出てくる気がしていたが、それは何かの間違いだったらしい。

 

「つ、作り過ぎてしまったかも知れません……食材の使用計画とか確認すべきでした!」

「いやいや、そんな計画無いし、寧ろいつも余らし気味だから。しかし本当に美味しそう」

「ほとんどの食事を1人でするので……工程にも出来映えにも――勿論、味にも、目一杯拘らないと食事をする気が起きないんです、私」

「そっかー。そこは俺と逆かも。ほとんど1人だから、めちゃくちゃ手を抜いてしまう」

「あ。結良ゆうら先輩は、ご家庭――」

「んー、家族ね……よく分からない」

「分からない?」


 目の前にいるのが、隠したいことは適切に隠す人だと水上むながいは知っているので『分からない』というのが、本当に文字通り『分からない』のだろうと認識した。


 ――認識したが、しかし理解は出来ない。


 深く追求したかったが、結良ゆうらは数回首を縦に振っただけだで、それ以上その話を続ける様子は無かった。


 だから水上むながいは、口をキュッと結んで、少しだけ口角を上げた。


「えっと――どうぞ、召し上がって下さい」

「ありがとう、いただきます!」


 ペペロンチーノをクルクルとフォークで巻き取って口へ運ぶ。

 材料・作業工程の少ないシンプルな料理だからこそ、細かな技量が味に直結する、ごまかしの利かない料理――


 満遍なく乳化している麺は艶々と輝いている。唐辛子とシラスと、オリーブオイルの香りが混ざりあって食欲をそそる。


美味うんまっ……良いねー、辛さと塩気がちょうど良い」

「ありがとうございます! 私もそうなんですが、珈琲好きな方って辛いものも好きなことが多いと思っていて」

「それでペペロンチーノを選ぶのは、なかなかチャレンジングじゃない? いやーそれにしてもシラスと大葉の組み合わせは無敵〜」

「ちなみに……ニンニク入れてません」

「へぇー、そうなんだ! ニンニク無くてもこんなに美味しいくなるんだね」


 その意味を結良ゆうらは正しく理解していない。


「――そう言えば、冷蔵庫に色々とお酒見つけましたが、特に何がお好きなんですか?」

「まあビールかな」

「じゃあやっぱり和食にしなくて良かった」

「ん? ああ、そういうこと? ……だとしても多分ビールなんだけど」

「へー、そうなんですか! なるほど、つまり……拘りが無いというよりは寧ろ『お酒好きじゃなくてビール好き』なんですね? 結良ゆうら先輩は」


 そんな他愛も無い話がとても新鮮で、心地良かった。

 ――お互いに。


 ◆◆◆◆◆◆


「有りもしない行間……ノーモーション……先輩も結構ディスりますねぇ」

「『魔法』を扱う主人公が、人類の敵サイドということなら、それでも良いんだけどね」

「なるほど、そうですね」

「あるいはその表現がワザとなら、世界がひっくり返ったということを暗に匂わせたいのか……」

「今、世界の覇権を握っている側が、実はかつて侵略者側で、権力の転覆に成功していた! みたいなことですか?」

「そうそう!そんな感じ」

「だとしたら余計に『魔』とは付けない気もしますねー」

「確かに……それもそうだね」


 ◆◆◆◆◆◆

 

「……だかぁ私、言ってやったんぇすよ! 『お前は鳥か!』ってね」

「と、鳥……! はははは! それは上手い……傑作っ、ははは」


 ◆◆◆◆◆◆


「せぇんぱーい……なぁんか、世界が揺れていますぅ」

「え、飲み過ぎ? ……なんか面白い感じになっちゃってるね」


 気付くと時計は0時を回っていた。


 うっかり時間を忘れて盛り上がってしまっていた。

 結良ゆうらの長い長い一日は、ひっそりと終わっていた。


「ゆーらゆーらゆーら……あ、呼び捨てしてるわけじゃあないですかぁねー? 先輩」


 倒れそうで倒れない――独楽こまみたいな水上むながい


『お酒は嫌いじゃない』とは決して『お酒に強い』ということではないようだった。

 色白の水上むながいは、酔いが顔に出やすくて、綺麗に紅潮している。


「水、持ってくるよ」


 サイドテーブルに右手を着いて、立ち上がろうとした瞬間――

 その手を掴まれて、体の内側に向かって払われた。


「えっ――」


 支えと重心を一気に失って、結良ゆうらの体は空中で回った。

『資料映像で観たことある古武術みたいだ』とか思っている間に、顔は天井を向いて、背中が床に近付く。


 回転の勢いからして、背中を強打することを覚悟した……が、払われた右手が未だ掴まれままで、の役割をしてくれていた。


 着地の衝撃は予想の1割程度だった。


 結良ゆうらに古武術らしきものをかけたのは当然、水上むながいだ。

 しかし、それ自体を狙ってやったわけでもなく、引手で上手く衝撃を逃がせたのも偶然だったようで――その結果、自分自身に重さや運動エネルギーを捌き切ることは出来なかった。


 逆に体重の軽い水上むながい結良ゆうらに引っ張られるカタチになってしまう。

 

「どわっ!」


 床に仰向けになる結良ゆうらと、それに覆い被さる水上むながい

 

「いって」

「うっ……」


 水上むながい結良ゆうらの右手を離さないまま、両腕を突っ張っ体を起こす。

 まるで水上むながいが、結良ゆうらを押し倒したような状況。


結良ゆうら……先輩。今日、色々お話出来て楽しかったです」


 お互いの息が混ざり合う距離で、話し始める。


「う……ん、俺、も」

「私のワガママに付き合って下さって、ありがとうございます」

「いいよ、全然」

「でも先輩? あー……きっとこういうこと言わない方が、本当は良いんだと思うんですが……結良ゆうら先輩? 忘れたくないことは忘れないとしても――忘れて良いこともあるんじゃないんですか」

「何の、話」

「いつまでも背負って生きていけば、誰かに許して貰えますか。誰かが戻って来てくれますか……そもそも、先輩1人が背負うべき問題ですか」

「…………」

「偉そうに、ごめんなさい。それでも、きっと先輩は背負い続けていこうとするんでしょうね……だったら、私にも……一緒に背負わせてくれませんか」

「……っ」

「一宿一飯の、恩義――として」


 そこまで言って、水上むながいの両腕の突っ張りの力が抜けた。

 咄嗟に、顔面同士が衝突するのを回避しつつ、空いている左手で水上むながいの頭が床に激突しないようにそっと支えた。

 結良ゆうらの上半身に水上むながいのほぼ全体重が乗っている。それでも軽く、細く――そして柔らかい。


「――わたし……香織かおりチャンには負けますが……そこそこ良いモノ持っている、と……思いま……すーっ…………」

 

 すーっ……すーっ…………。

 

「……お、おーい。水上むながい? 最後のすーっは寝息? どっち?」


 そんなどうでもいいことを口にしていないと、とても理性を保っていられない。


「ま、ず、は……ここからどうやって抜け出しましょうか」

 

 どうやら結良ゆうらの長い長い一日の終わりは、もう少し先のようだった。

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