8-5 いきもの
気が付けば
「そ……そんな、そんなことって――」
「あららら、ビックリした。何で
「あり、ありがとうございます……すみません……でも、その時の、先輩の気持ちを、か……考えたら」
何もせずに救えなかった、あの時自分がちゃんと行動していれば、と。
でも1年前のロイヤルゲートホテルで、
それなのに――
「……優しいね」
両手で顔を覆って泣く
「ご……ごめん、なさい」
小さな嗚咽を隠すように、エアコンの送風音がまた強くなった。
「――先輩の手、なんか落ち着きますね。ありがとうございます」
そう言われて初めて、自分の右手が後輩の頭を撫でていることに気付いて
「…………あ、これは……その」
「大丈夫です。私は嫌じゃない、です」
どこかで聞いたような言い回しだった。きっと分かって言っている。
そうして
強く唸っていたエアコンがやっと落ち着きを取り戻して静かになろうとしていたので、それに合わせて感覚の無い右手をそっと引き戻した。
触れていた彼女の頭が、名残惜しむように僅かに着いてこようとしていたのは気のせいじゃない。
「タオル……洗ってお返ししますね」
「いや、別に、そんな」
「はぁ……すみません、私が取り乱しちゃって。先輩の話、続き聞いても良いですか?」
「あ。うん……」
『
「……他の皆がどうなったのか、誰も聞いては来なかった。アイツら、すぐに察したんだろう」
「先輩自身は……」
「俺はそのまま意識を失って、しばらく寝込んだみたい。起きた時にはロイヤルゲートホテルの事件は国家管轄とされていて、一切の情報が遮断されていた。だから、応援が到着するより前に
「でもニュースにはなってましたよね……」
「ざっくりとはね。ホテルから通報されたりしていたし、事件そのものを無かったことにするのは流石に無理があった」
「またそれで、マスメディアはあることないこと書いて……その結果、
「皺、癖になると跡残るよ」
「あ……しまった。ありがとうございます。マスメディアのこととなると……つい」
「置かれた状況は
他人の気持ちなんてわからない。
本当は
でもわかろうとすることは出来る。それが思い遣るってことなんだろう。
その思い遣りに触れて
「先輩こそ……優し過ぎます」
珈琲の入ったコップを口に当てながらモゴモゴとした。
「……でも結局、俺は直接的に攻撃に晒されていないから……
「直接的に? それも、まさか危機回避――」
「その通り。目覚めた時にはもう、『
そもそも数日で、目が覚めたこと自体も危機回避の効果によるものだったらしい。
20人以上を同時に接続した無茶苦茶な共同演算の、その要を担った
そうならなかったどころか、寧ろ事件前より調子が良いくらいになっていた。
「『
「じゃあ、先輩の『
「そう、止まる。でも、事情操作レベルに到達した『
「指示って、誰から……」
「算術省」
「うっわ、御上ですか。言っても学園の委員会からかと思いました」
自分の腕で自分の身体を抱くような姿勢になった
一介の学生が政府の一省庁から指示を受けるなどそうあることではない。
しかし、威力も規模も効果範囲も持続時間も、とにかく何もかもがハッキリしていない覚醒状態の
「なんとなくもう大丈夫だろって思っても、確証が無くて……結局、『解いても良い』と明言されるまで半年くらいかかったよね。まあ、それすらも『
「新しい所有者を選ぶとか、自分自身の延命とか……まるで、生き物みたいに言いますね」
「そう表現した方が、しっくりくるでしょ」
『敢えて語らないことにはきっと何か意図がある。それを尊重すべきなんだ』と、今の
そして『語ってもらえる器じゃないというだけかも知れないし、それならば、私がこれから相応しい器になっていけば良い』とも思った。
『
この辺りで
――そうすれば、あの計画を実行出来る。
例えそれで、四回生になれなかったとしても。
例えそれで、下らない通り名が付いたとしても。
例えそれが、人類の禁忌を犯すような内容であったとしても。
「……ありがとうございました。この2つ、根っこは同じ……どころじゃ無かったですね」
トランプのようなメモをまたサイドテーブルの上に出して、1と2のところにチェックを入れる。
「確かにそうだね。というか、自然に流してたけど……
「私達の前で先輩が、
「うっそ……そんなところから……凄いね」
「あと、先輩、私達と向き合っている時、わりと満遍なく視線を振り分けてくれていたのに、それが
「はぁ……マジですか。ははははは」
推理小説の解決パートで探偵に、完璧に論破される犯人はこんな気分なんだろうかと
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