8-3 ロイヤルゲートの惨劇
1年前までは同輩で、今は先輩。
『
彼がそのままそこから出たら、こちら側の世界は一瞬で終わる。だから授業もほとんどをリモートで参加していた。
居るだけで辺り一面を氷の世界に変え、あらゆる生物を静かに眠りつかせ、分子や原子をことごとく運動停止させる。
「ねねねねね眠りの森いいいいい、さぶっ」
それを何故、今思い出したのか。
頭がこんがらがって本人すら想定していなかったであろう質問を口にしてしまった
「うわわわ……何やってんだ、私! ごめんなさい、ごめんなさい!」
慌てて部屋の氷を溶かす――液体という状態を経由せずそのまま気体へ。
「び……びっくりしたぁ……どうしたの急に。まだ、調子悪いんじゃない?」
歯をガチガチと鳴らす
「えっと……今、何か聞こえました?」
「え? いや、何も?」
「そうですか……危なかったぁ」
「そうだね」
噛み合わないまま噛み合う会話。エアコンは焦っている。
「こ、このメモに書いたことの前に――やっぱり言わなきゃいけないことがあります! 私、
「そうなんだ……状況的にきっと、俺のここ1年の評判に関することでしょ」
「そ、そうです。わかるんですね。やっぱり、凄いです。すぐその答えに辿りつくなんて」
「まあね。キミからは、朝の時点で俺に対する懐疑的な視線を感じていたし」
「え……出てました? そういうの表に出さないようにしているのに」
「
「だとすると……私、何故、家にあげていただけているのでしょうか……」
「家にあげて貰えないほどの嫌な感情向けてた?」
その言葉に、ハッとする
「いや、そんなことは――」
「でしょ。そういうこと」
「はあ……先輩の観察力と懐の深さに感服です……私、
「当たらずとも遠からずだから、別にそんな謝らなくてもいいよ。あの瞬間あの場に居なかったのは、紛れもなく俺の落ち度だから――どんな理由があれ」
「でも、先輩を置いていく判断をしたのは自分達ですし、違和感を抱いたまま調査を進めたのも自分達。ましてや
「真面目だな、
目を細めて
「先輩が来て下さった時――私、地面に突っ伏していたと思いますが……ぼんやりした意識のまま、その後のことも見ていました。ほんとに、凄かったです。かっこ……か、感動すら覚えるような。だからこそ余計に申し訳なくて……誰が言い出したかもわからない噂を引き合いに出してしまった自分にも腹立たしいし」
「そっかそっか。じゃあさ、今度は逆の噂を流してくれたら良いよ。
「な、なるほど……わかりました! 是非、やらせてください! そして今後、
「ふふふ――さっきみたいに? でも犯罪者ってわけでもないから、すぐに溶かしてあげてね」
「わかりました! 任せてください」
顔の前で両手をグッと握って微笑む。
それを見て
「そ、そしたら! 気を取り直して、1つ目の質問をさせてください。先輩の、
「……うん。というか、2つ目に
「そうなんですか! それはより一層テンション上がりますね」
「そんなに期待しない方が良いよ。聞いて楽しいものじゃないと思うから」
「あ……勢いのまま進めてしまっていますが、ほんとに聞いて大丈夫なことでしょうか? 実は私が思っているよりずっとセンシティブな――」
言葉を遮るように、無言で頷く
「でも良いんだ。何となく……誰かに話したい気分だし」
それは何かの区切りとして意味があるのかも知れなかった。
「もし
「はい、もっと知りたいです。――先輩のこと」
自分が部屋の温度を下げて以降、強めに鳴っているエアコンの送風音に
「――え? なんて?」
「いえ、何でもないです! 先輩が、話してくださるなら私、聞きます」
そしてそれを都合良く聞き逃す
「
「だった……仲違いして今は違う、という意味ではないですよね」
リビングのように氷漬けにならなかったので、まだ温かい。
「そうだね……
サーバーから2つのコップへ珈琲を注ぎ分けながら、自然に言う。
「その場に俺も居たんだ」
流れ落ちる珈琲と同じように、淡々と。
「え……そ、それじゃ……
「あの日、ロイヤルゲートホテルで起きた大事件――通称『ロイヤルゲートの惨劇』。その唯一の生き残りが……俺だ」
「何が、あったんですか」
「まず5人組が5チーム、別々の課外活動へ出向いたところからなんだ。俺と
「別々の……? それが何故、全員同じ現場に」
「元々は
「そうですね……最近では多い方かとは思いますが」
「――で、そのうちの1チームから応援要請が入った。『ロイヤルゲートホテルで未知の危険性空魚と交戦中。危険度は恐らくS級相当』ってね」
「S――実質的に最高の危険度じゃないですか」
「うん、でもそのチームの隊長は
「きらきらざか……」
「きらら。俺が言うのもなんだけど珍しいよね」
割りと食い気味に訂正されて
「――すみません、茶化したみたいになってしまって。確かに、クラス4の方なら、そんじょそこらの空魚に押される気はしないですね。とはいえ要請に応じて皆さん駆け付けたんですよね?」
「勿論。残りの4チームと引率の先輩が、すぐにロイヤルゲートホテルに駆け付けた」
「どんな空魚が」
「居なかった……空魚は、居なかった」
「え」
「ロイヤルゲートホテルの30階にある大ホールの扉を開けると、そこに
「ひ、1人だけ?」
薄ら寒い感じがして、
「恐らくその時点で、
「……っ!」
「何があったか分からない。何が原因だったか分からない。でも、
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