7-3 犯行計画

 第二の水アナザーウォーターが出現し、潜水士ダイバー技術が確立されて以降、統計的に減少の一途を辿っているものがある。


 ――それは


 その中でも特に顕著なのが投身自殺だ。

 これには、潜水士ダイバーの基本能力である飛泳能力が大きく影響していると言われている。


 高所に対する恐怖感、落下することへの恐怖感が根本的に薄れているのだ。

 その結果として、命を絶てるイメージが湧かなくなっているらしい。


 もっとも、意識的な問題以上に、飛べるのに落ちるという矛盾を脳は達成できない。

 驚いた時に身をすくめるように、熱いものに触れた時に手を引っ込めるように――それと同じくらいの無条件の条件反射で、潜水士ダイバーは自身の落下に対して飛泳能力を発動してしまう。


 動物的な生存本能でもある。

 だから投身自殺は、ほぼ不可能なのだ。


 何らかの方法で意識を完全に絶つか、飛泳能力そのものを喪失しない限り、投身自殺は出来ない。


潜水士ダイバーとして優秀であればあるほど、難しくなるんだ……その行為は。そんなこと、分かっていたんだろう? 白波しらなみ……」


 白波しらなみの最終ライセンスは3B。生前は、1つ学年が下の酒梨さなせと共に学園内に2人しか居ない3B到達者であった。

 白波しらなみが亡くなって(退学したことになっているが)酒梨さなせは自身を『唯一の3B』と表現していた。


 入生田いりうだ達に一歩劣るとはいえ、それでも高ランクの潜水士ダイバーであることに違いは無い。


 ライセンスが高ければ飛泳能力も当然高い。


 それだけのチカラを持っていれば投身自殺という発想すら生まれず、実行しようとしたとしても1メートルも落下出来ずに無意識で飛泳能力を発動してしまい、落下は停止する。


 そうである筈の白波しらなみが、投身自殺なんて方法を思い立ち、実行に移し、尚且つ地面との激突直前まで自由落下していたというその事実が物語るのは――推し量ることの出来ない程の絶望と覚悟。


 ここで死ぬという強い決意。それによって示したい、呪いのような思い。


「……気付いてやれなくてごめんな、白波しらなみ


 せめてもう少し早くここへ来られていたら、と結良ゆうらは悔いた。

 国頭くにがみから、退学は精神的な問題と聞いて、積極的に連絡を取ろうとしなかった。


 もしそれでも一歩踏み込んで、連絡をしていたら、タブレットなどが家族の元にあって真実を聞けたかも知れないのに。


国頭くにがみに、あてがわれた感が無かったわけじゃないが、それでもこんな俺と友人として過ごしてくれたのに……」


 例えほんの少しの間だったとしても。

 退屈に蝕まれていた結良ゆうらの心を、少なからず癒してくれていたことは、間違いなかった。

 結良ゆうらを見上げて、目を瞑る。


 ふうっと息を吐いて目を開く結良ゆうら


「ハッキリしたのは、白波しらなみの死に捻じ曲がった者クラーケンは直接関係してはいないということ。……そして、白波しらなみ以外の潜水士ダイバー5人へ捻じ曲がった者クラーケンを刺し向けて、墜落死させた首謀者は国頭くにがみであるということ」


 もみじ結良ゆうらとの電話口で、捻じ曲がった者クラーケンから発せられていた電波信号を傍受したから、その通信先をに行くと言っていた。


 確証が無いと言っていたが、その確証を掴むべく国頭くにがみの所へ行くのだろうと結良ゆうらは理解した。


 結良ゆうら結良ゆうらで、捻じ曲がった者クラーケンと相対したことで確証を得ていた。


 捻じ曲がった者クラーケンから、国頭くにがみの匂いが芬々ふんぷんとしていたのだ。


「投身自殺を計った白波しらなみと、5人を墜落死させた国頭くにがみ……これが無関係である訳がない」


 例えば、国頭くにがみの凶行の動機が、号付異質同体ブルベシメール研究を潰された恨みを晴らしたいのだとしたら。


 走井はしりい出身の高ライセンス潜水士ダイバーを手に掛けて、その成果を知らしめたいという目的ならば、わざわざ自殺を計った白波しらなみが巻き込まれるような殺害方法を選ばないだろう。


 捻じ曲がった者クラーケンを使いたい理由が有るにしても、それならそれで飛泳能力を喪失させる以外の方法も有った筈だ。


「まさか1体しか作ってないってことは考えにくい。潜水士ダイバーを殺して性能を知らしめたかったなら、他のヤツを使うなりなんなり、もっと効率の良いやり方を選ぶだろ」


 そもそもタイミング的にも違和感が強い。


 元々、白波しらなみ国頭くにがみに繋がりが浅ければ話は変わるが、2人が学生と教職員という関係以上に仲が良かったという事実がある以上、別々の問題と切り分けることは難しい。


 傍から見るとのようだった白波しらなみの死と、わざわざタイミングを合わせるように、復讐を開始するだろうか。

 寧ろ、それが引き金になっているようにしか見えない。


 ならば、白波しらなみの死が引き金となって、復讐劇を開始した……という可能性も無くはない。

 無くはないが、だったら尚更、同じ死に方を設定しないだろうし、やはり復讐の方法としては回りくどい。


「効率が悪くても、回りくどくても、どうにかして白波しらなみと同じ死に方をさせなきゃならない理由があったんだな」


 殺害方法はコレでなきゃならなかった。計画を実行するタイミングもココでなきゃならなかった。


 白波しらなみの死は、引き金だ。


 でもその撃鉄が弾いたのは――復讐とは違う別の、何か。


白波しらなみの自殺未遂を知った国頭くにがみが、理由は分からないがその事実をどうにか隠したくて、無関係の潜水士ダイバーを墜落死させる計画を立てたんだ」


 客観的に見たら白波しらなみが、

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