007
7-1 守りたいもの
甘ったるい空気が充満した部屋の中で、
「まあ。そりゃ、そうか……」
意味ありげに髪をかきあげる。
「検体番号27、
「それはどうなんだろうな? アンタ、ワザと目に付くような動き方してたじゃん」
その部屋には
雪を欺く白肌と、ハッキリした二重の切れ長の猫目。その奥にある深く透明な碧眼が、獲物を狙う猛獣のように鋭く光る。
その部屋に1つしかないドアのすぐ横で、壁に
「ウチには、何がしたくて、何でそんなに焦っていたのか分からない。まあ、その辺は
「じゃ、じゃあ……何故……キミはここへ来たのかな?」
「
「ははは……キミの興味はそこなのか。指示を出すことよりも、記録を取るのが目的だったのさ……しかしそうだよな、電波なんか使ったら、キミに捕まえてくれと言っているようなものか。詰んでいたというより、詰めが甘かったね」
「それも含めワザとだろうと言っているんだよ」
クスッと
「私はただ、国に――いや、
そう言って
――
あくまで噂、戯言、都市伝説……だが、一応、根拠らしきものがないわけではない。
更に、
そして
そんなこともあって、
「ふーん……当時、ペーペーの平研究員程度だった筈のアンタが、そこまで復讐心を燃やすものかね」
「立場なんか関係ないんだよ。こちらは皆、人生狂わされたんだから――いや、現在進行形で狂わされていると言っても良いくらいだ」
事実がどうあれ、結果はそうだった。
その、行き場のない憤りを、ぶつける対象は必要だったのかも知れない。
「
「クラス4数名だけでも十分だったが、黄金世代が相手となれば、名を売るには最適だろう? でもそれも
「
「――ああ、その通りさ! 国内も海外も、興味を持ってくれているところはいくつかあってね」
「……それでよく、スパイ対策で配属されている
「それは! ……そ、それは。
被せ気味に来た
「……弱点をきちんと理解して把握しているヤツの方が実は難敵、か。なるほど、アンタを完膚無きまで看破したかったら『
「その顔でやたらと、はしたない言葉を使うもんじゃないよ? ファンが泣くぞ」
「言葉使い程度で泣くやつはファンじゃねぇ」
「それもそうか……じゃない。『
「指摘した直後に自分も使うのは新手のギャグか? 笑えねぇな」
肩で大きく息を吸って「私にはファンなんか居ないからね」と適当な相槌を打って――ふぅ、と1つ溜め息を吐いて、間を取ろうとする
「手ずから潰した
「囲い込んで、制裁か。妄想はどこまでも飛躍するねぇ。
「ふふふ……キミ達はずっとそういうスタンスだったっけな」
「――その恩を仇で返すなんて、酷いヤツだ。学園の研究設備でコソコソと
「実用に耐えうるレベルのは3体だけだった。その子達も、ついさっき
「――馴れ馴れしくちゃん付けするな」
バリバリバリ、と根源的な恐怖を煽る炸裂音が部屋に響く。
「さっきウチが潰した2体……
「そ、その通りだよ……だからアレは流石に街に野放しには――」
「それでも」
大きくスタッカートを打って、
「全くお話にならなかった。野生の
「は、ははは……いくら天下の『
「いや。待て、待て、待て。あんま笑わせんなよ? あんなのでウチに傷を負わせられるつもりだったのか? 見誤るにも程がある。見
「……っ!」
「所詮な、その程度なんだよ。
長い銀髪が青白い光を帯びてユラユラと
神秘的に、荘厳に。
あるいは不気味に、妖艶に。
「空魚への技術転用で、あのレベルなら
気付くと
悠然と歩を進め、
「自分達の不甲斐なさや無能さを棚に上げて、他人のこと逆恨みしてたら、世話無ぇよ」
揺れていたのは部屋ではなく――世界全体だった。言葉のひとつひとつに世界が揺らぐ。
冷や汗は頬や背中を伝うことなく、すぐに蒸発してしまう。
ダージリンの甘い
「――はっ、はあ、はぁ…………ふふふ、なんと、まあ。酷い言われよう。言いたい放題だね」
そうしてまた意味ありげに前髪をかきあげる。
「キミの――
言いながら
――その瞬間、部屋にかかった圧が解かれた。
「違う。そうじゃないだろ、普通」
挑発的だった今までと打って変わって、空っぽな口調で
「なに勝手に黄昏の中、エピローグでも語るような哀愁漂わせてんだよ」
「……は?」
「いやいや、『は?』はこっちのセリフだよ。やっぱりチグハグしてんだ、アンタ。
「そ、そうだが……それが」
「だーかーら」
気怠そうに、溜め息交じりに。
「その可愛いペットが、3体も瞬殺でぶち殺されてんだぞ? そして目の前でそのペットも研究自体もボロクソに扱き下ろされてんだぞ? 普通、ブチ切れて、飛び掛ってくるところだろうがよ。んで、最後に、ダメ元でもなんでも一矢報いようとするところだろうが!」
「……っ」
ハッとしたような表情を見せる
「
「わ、わた……私は――」
「アンタ、何を守ろうとしているんだ?」
消えたと思っていたダージリンの香りが、また鼻先に戻って来た。
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