4-6 空想級の怪物

 捻じ曲がった者クラーケンと距離を取りつつ睨み合う黄金世代の5人。

 入生田いりうだ小撫こなで羽咋はくいの3人が前線、酒梨さなせ水上むながいは後衛のような位置取り。


「――よし、あっちは大丈夫だ」


 ロイヤルゲートホテルの屋上に、紅い炎を確認した入生田いりうだ


「うーし、取り敢えずもう1回やってみるか……『種明かしワームパーム』!」


 クラーケンに向けて手を突き出し、そのまま手の平をグッと握り込む、が……左手がバチンと弾かれる。指先から出血している。


「くっ……何だこれ」

「大丈夫か、羽咋はくい

「さっきとはまた別の……? カウンターみたいな能力だとすると、擬態や気配隠匿……何個、能力有るっていうんだ? 空想級の鱗ル・ファンタスク・スケールって皆こうなのか?」

「いや、わからないね。そもそも実在するのか怪しい空魚達ってことなんだからね……」


 キイイイ、キキイ

 

 ウネウネと触手を動かす捻じ曲がった者クラーケン。そのうちの1本が、不意に入生田いりうだ達へ向かって振り下ろされる。

 ゴウっという鈍い風切り音。


「うっ……お」


 触手が叩きつけられて、地面が大きく砕ける。際どくその触手を躱した前線の3人だが、動揺が隠せない。


「今の、から出てきたぞ!」


 入生田いりうだ達に対して表側に見える触手をウネウネと、一定のリズムで動かし続け、『規則的に動いている』という思い込みを植え付けた。

 その上で、表の触手と同じ動きをさせながら影のように隠れていた裏の触手を、リズムをズラして打ち下ろしてきた。


「こんなトリッキーな……明らかに意図というか意志というか、そういうのが感じられる攻撃だな」


 薄明の陽光に照らされる鈍色の巨体。蛇のような捕食者の目がギラつく。

『自分の姿を見られている』ことに対する憤慨なのか、それとも純粋な威嚇行動なのか、複数の触手を広げている。


だねぇ……なんか餌でも見るような目付きじゃん」


 危険性空魚は自分より弱いものを襲う。


「このメンツ引っ括めても、自分の方が強いと認識しているのかもね」

「本当にそうだとしても、ちょっと癪だ」


 小撫こなでが、少し長めの前髪からガバッと全体を掻き上げて、後ろで束ねた。

 常時ユルっとした雰囲気だった小撫こなでの纏う空気が変わった。


 キイイイイ!

 

 捻じ曲がった者クラーケンが叫ぶ。


「何だ、その声。何か見誤ったか? おい、イカ野郎……ん、タコ野郎か? まあいいやどっちでも」


 小撫こなでが歩を詰める。


「おい、軟体野郎。1つ教えてやる。こういうのを『能ある鷹は爪を隠す』って言うんだぜ!」


 言いながらノーモーションで飛びかかる。

 それとほぼ同時に放たれ襲い来る触手の網目を縫いながら、瞬きをする間もなく小撫こなで捻じ曲がった者クラーケンへ潜り込んでいく。


「さて、お前にもあるのかね――は」

 

 何故、潜水士ダイバーは自身の算術アリスマで負傷しないのか。それはこの無風地帯の存在によって説明される。

 潜水士ダイバーは、自らの算術アリスマで自分自身を傷付けてしまわないように効果を展開させない領域を設定している。それが無風地帯。


 例えば発火能力パイロキネシスなどがわかりやすい。

 一般的な潜水士ダイバーだと、自分が扱う炎や熱によって火傷しないように少なくとも1メートルくらいは無風地帯を設ける。

 つまり、自身を中心とした半径1メートルの球状の空間には炎が発生しない。


 意識的な場合もあれば無意識的な場合もあるが、もしこの中へ入り込まれてしまうと、文字通り何も出来ないのだ。


 小撫こなではそういった空間のサイズを見極めるのが非常に上手い。早く正確に、無風地帯を見付け、そこへ入り込む。

 スピードと緩急をつけた独特な飛泳法を使い、気付いた時には何もされない領域に小撫こなでは居る。

 

「流石だ、小撫こなで

「凄っ!」

 

 獲物を見失ったままの捻じ曲がった者クラーケン

 とある触手の側、その脇に。


「この巨体で、こんな狭い無風地帯……マジで怖すぎるから、いきなり切り札使わしてもらうわ」


 右の拳を捻じ曲がった者クラーケンの、1本の触手にグッと押し当てる。


「『宝物洞アーカイブ』……無限連鎖爆破カオスアドラヌス


 ドドドドドドドドドドドドドドドドド……


 捻じ曲がった者クラーケンの触手が爆発した。


 爆発したそばから、また爆発する。

 爆発して、爆発して、爆発して、爆発して、爆発して、爆発して、爆発する。


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……


「――よっ、と」


 入生田いりうだ羽咋はくいの元へ、爆風に乗るようにして小撫こなでが軽やかに戻ってきた。

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……


 無限連鎖爆破カオスアドラヌスは未だ終わらない。

 小撫こなで算術アリスマ、『宝物洞アーカイブ』は空間移動テレポートの一種。

 人や生物を移動させることは全く考えず、モノをいかに速く、いかに大量に、いかに簡単に移動させるかを主眼としている。


 一般的に空間移動テレポートは、移動対象物の質量や大きさ、移動距離などを計算する必要があり、それ故に難易度の高い部類に入る。そして発動に時間を要する場合が多い。


 そこで小撫こなでは、その辺の問題を解決するために算術アリスマによる座標スタンプを開発した。

 スタンプには主と従があり、移動対象物には従のスタンプを、呼び寄せる場所(基本的には小撫こなで自身)に主のスタンプを押印する。


 この主従スタンプにより移動対象物の質量等を事前に計算し、移動距離に関しては随時的・自動的に計算し続ける。


 結果、小撫こなでが意識した瞬間に、意図した対象物をタイムラグ無く呼び寄せることを可能にした。

 刀や剣、銃などの武器を呼び寄せて、無風地帯への飛び込みと組み合わせるのが通常時の小撫こなでのスタイルだが、無限連鎖爆破カオスアドラヌスは対象に甚大なダメージを与え、早期決着を目指す大技。


 仕組みとしてはシンプルで、従スタンプを施した爆弾を主スタンプのポイントへ呼び寄せ爆撃しているだけ。

 それだけなのだが、その爆撃が永遠のように終わらない。

 主であれ従であれスタンプは、土台となる押印された物が破壊されると同時に消失するものなので、爆弾が1発でも爆発すれば主従どちらのスタンプも消失してしまう。


 だが、無限連鎖爆破カオスアドラヌスは、爆発によって主スタンプが1つ消失すると、その近くに新たに主スタンプを自動で押印する仕組みが組み込まれている。

 自動押印が可能の範囲は、前回のスタンプ位置から『最も近接した位置にある、構造的に最も類似した物質』にのみ新たな主スタンプが押印される。


 最初に捻じ曲がった者クラーケンの触手に主スタンプが押印されたので1回目の爆発の後、最も近くて最も類似した物質は当然捻じ曲がった者クラーケンの触手ということになる。

 爆発で損傷しつつも残存した触手に新たなスタンプが押印され、新たな爆弾が呼び寄せられ、また爆発する。この繰り返し。


 自動押印可能な最大範囲は一応設定されていて、その範囲内に構造的に近しい物質が無くなるか、あるいは小撫こなでか強制的に終わらせるか、そのどちらかまで無限に爆撃が続く。


 呼び寄せる爆弾側――つまり従のスタンプも、若干異なるが大体同じような仕組みで次々に押印されていく。


「……お、多くない?」


 小撫こなでの隣で、爆風と閃光に目を細めた入生田いりうだが半笑いで漏らす。


「こんな爆弾、どこに隠し持ってんの?」

「ん? ああ……場所は言えないけど、の倉庫1棟、貸してもらってて。そこでストックが常時1万弾切らないように自動生産させてる」

「……あ、そう」


 小撫こなでは御曹司。だった。

 割と複雑コンプレックスなバックボーンを持つメンツが多い黄金世代においてはちょっとだけ異質。


「と、いうことは、この爆弾って最新式の?」

「いや、俺のオリジナル。輸送することを丸っきり考慮していない軽さと威力に全振り爆弾」

「……あ、そう」


 入生田いりうだにはついていけない次元の話題だった。

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……


 その間も爆撃は止まらない。

 対象が大きいので連続爆撃の時間が長いが、1度無限連鎖爆破カオスアドラヌスが発動してしまえば大きさは関係無く、ただ待っていればいい。


 キイイイイ……!


 爆音の中から捻じ曲がった者クラーケンの断末魔だろうか、悲鳴が聞こえる。


「そろそろ、かな」


 自動押印可能な対象物が消滅しなくとも、生物であれば一定以上の損傷を与えれば絶命する筈なので小撫こなでは強制終了のタイミングを見計らっていた。爆弾も安くない。


「……ん?」


 爆炎の中に一瞬、高く掲げられた触手が1本あったように見えた。


 バァン!


 そして振り下ろされ、薙ぎ払う。

 無限連鎖爆破カオスアドラヌスが、物凄い勢いで遠方に飛んで行った。


「なにっ」


 自切。捻じ曲がった者クラーケンは自ら、爆発を続ける自分の触手を切り落とし、そして遠方へ捨てた。


「ウソだろ、切り捨てやがった!」


 あと数秒あれば、自動押印が胴部へ写っていたかもしれない。そんなタイミングで。


「……無限連鎖爆破カオスアドラヌスの仕組みを理解したっていうのかよ、この爆撃に晒されながら!」


 残炎の中から、先ほどより鋭い捕食者の目がこちらを見ていた。

 切り落とした触手の断面は、再生を始めている。

 

空想級の鱗ル・ファンタスク・スケール……」


 誰かが呟いた。

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