005

5-1 市内環状線

 無限連鎖爆破カオスアドラヌスが黄昏を焦がすより、少し前。

 また結良ゆうらは救難信号を受信する。

 

 

 ――――ハイパーループから降りた結良ゆうらは一応、もみじから共有された資料に目を通してみることにした。

 入生田いりうだ達が見ていたのと同じものである。


 その中で気になる点を見付けた。

 発生日時順で1番目、つまり死亡順でいうと3番目……その犠牲者の名前。

 

白波しらなみ那由花なゆか? まさか、これって」

 

 この名前、知っている。

 いや、知らない筈がない。走井はしりい学園の学生だ。今の結良ゆうらと同じ三回生だった。

 

 実質的には結良ゆうらの1つ下、入生田いりうだ達の1つ上の学年ということだが、彼女もまたその世代のスターだった。

 生前の最終的なライセンスはクラス3Bだったが、在学中にクラス4へ到達することは間違いないと思われていた。


 留年していきなり下の学年に友達など出来るわけもなく、ポツンとしていた結良ゆうらを見兼ね、国頭くにがみが(半ば強制的に)紹介してくれた。


 出身地が同じだとかで、2人はやたら仲が良く見えたが「四六時中くっついて来られちゃってさぁ……私以外の人間とも、ちょっとは関わった方が良いと思うんだよ。だから、な?」とか国頭くにがみは言っていた。


 三回生にもなって、ろくすっぽ学友を作ろうとしない白波しらなみ、留年して同輩がいない結良ゆうら白波しらなみから少し手離れしたい国頭くにがみ――目を細めると利害が一致しているように見えた。


 取り足りていない単位は無かったが、せっかくなので、興味を持ちつつもが被って諦めた幾つかの講義を白波しらなみと一緒に取ってみることにした。


 国防やら自衛やら戦略やら戦術やら、そっち方面にばかりに偏った思考の、同輩とは違い、算術アリスマによる医療の発展や環境保全、貧富の差の解消などに関心を持っていた白波しらなみはとても新鮮で、一緒に居て学びが多かった。


 古風な宗教にも入っているらしく、自然に対してなど独特な感性を持っていた。

 本人は、親から強制的に入信させられていて嫌だとは言いつつも、染み付いているようだった。

 古風であるが故に縛られることも多くて、それがたまに辛い時もあるとか、たまに愚痴を零していた。


 詳細までは聞きはしなかったが、白波しらなみが打ち明ける悩みや葛藤すらも自分の知見を広めてくれるような気がした。

 ざっくり言ってしまえば結良ゆうらは、白波しらなみと居ると楽しかった……のだが。


「精神を病んで退学したって、国頭くにがみ沙耶さやに……もとい、国頭くにがみ教授に聞いていたけどな。あれ、あの時は未だ准教授だったっけ? もう教授になっていたっけ?」


 入生田いりうだ厳木きゅうらぎが二回生ながらクラス3Aに、そして酒梨さなせがクラス3Bに到達していたそのタイミングでの退学は、彼らとの才能の差に打ちひしがれて絶望したんじゃないか――なんて噂を流す者も居た。


 天才中の天才達と比較して自暴自棄になったのだと。


 共に過ごしたのは僅かな期間であったが、結良ゆうら白波しらなみの持つ才能や志を間近で見ていたので、たかだか後輩にライセンスを抜かれたくらいで自棄やけになるとは思えなかった。


 そうは言っても、算術アリスマ開発の過程では突然、原因不明の精神失調をきたし、そのまま退学していった学生の前例は確かにあり、その学生達にもこれと言った前触れは無かったらしい。


「それにしたって……」


 まさか事故死していたとは。

 だとすると何故、国頭くにがみは事実と違うことを結良ゆうらに伝えたのか――――



 もやもやした気分のまま、入生田いりうだを追おうと駅舎から足を踏み出した、その瞬間……

 

 ツーツーツートントントンツーツーツー

 ツーツーツートントントンツーツーツー

 ツーツーツートントントンツーツーツー


 突然の着信は、正しく救難信号。

 朝より少し長めのそれはメッセージではなく音声着信。

 タブレットを取り出し、応答する。


「どうした? もみじ

「出た、遅い! どうしたじゃないよ、結良ゆうら!」


 霹靂へきれきが鼓膜を突く。


「アンタ、まさかハイパーループなんか使ってた? しかも乗っているつもりよ!」


 どれだけ乗っている――その意味が結良ゆうらは直ぐに理解出来なかった。

 事実こうして、2駅分しか移動していない。


「……え? どういう……」


 事態を飲み込めず曖昧な返事をする。


「チッ……んー、いや! 悪い。アンタばっか責めても仕方ない。ウチも迂闊だった! ……そりゃそうだよ、あの真理まりちゃんレベルをした後なんだから、そのくらいの事態は想定するべきだった」


 いつになく緊迫したトーンと勢いで発せられた真理まりの名前、そして回避というワード。

 ここまで来てようやく、結良ゆうらもハッとした。タブレットの画面上部に視線をやって、驚愕する。


「は? 嘘だろ……? そんなに経って――」


 たった2駅の移動にそんな時間かかるわけがない。


「多分だけど……寝ていたんじゃないか? 結良ゆうら


 もみじの言葉通り結良ゆうらは寝ていた。そして寝過ごしていた。の車両の中で。


 環状線に終着駅は無く、日中は延々と周回する。

 1周するのにかかる時間は約1時間。乗り過ごしても1時間後には同じ駅に戻ってくる。

 つまり結良ゆうらは、その車両の中で2周と2駅分、寝過ごしていた。


「そんな……一瞬、目を瞑っただけだったのに」

「使用者の感覚すら誤認させるんだろ。『門番ヘイムダル』なら……そのくらいの事象操作、なんてことないって」

 

 事象操作として、これから起きるものを回避するのは、それほど難しいことではない。


 しかし今、注目すべきはそこではない。


「誰かさんの『門番ヘイムダル』が意味不明に手に負えないのは今に始まったことじゃない。それよりの方が重要なんだ、結良ゆうら


 考えられないくらい寝過ごしたのが『門番ヘイムダル』の効果だとするならば、何か回避したい危機があるということだ。


「まさか……」

「ああ。だがきっと、その想定よりもっと悪いぞ。入生田いりうだ達が、空想級の鱗ル・ファンタスク・スケールに遭遇した」


 そのもみじの言葉とほぼ同時に、結良ゆうらは遠くに大きな火柱を見た。

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