5-2 ひとりにひとつ

 門番ヘイムダルによる危機回避。


 対象が笛吹うずしき真理まりという超常的な存在だったから、休止スリープ状態へ移行しても、効果が強く漏れ続けてしまった。


 信号機の色がずっと青、みたいな『遅刻の危機』を回避しようとするレベルではなく、本当は『大規模な戦闘の可能性』を回避するレベルで効果が残っていた。


 もし、『門番ヘイムダル』の効果に邪魔されず入生田いりうだ達に追い付いていたとすれば、そのまま調査を進め、いずれ8人で捻じ曲がった者クラーケンに遭遇していただろう。


 だが相手は空想級の鱗ル・ファンタスク・スケール――最高クラスの危険性空魚。

 だから『門番ヘイムダル』は、その危機を回避させた。


 結良ゆうらを寝過ごさせ、入生田いりうだ達に追い付けないようにして、空想級の鱗ル・ファンタスク・スケールと遭遇する危機を入生田いりうだ達だけに押し付けた。


「あの火柱が空想級の鱗ル・ファンタスク・スケールの能力?」

「いや、これは小撫こなで号付ブルベによる攻撃だ。既に数百数千の実爆弾が炸裂してる」

「じゃあ、もう終わっ――」

「終わらない。仕留められないよ。この程度じゃ」


 もみじが被せ気味に言う。黄金世代とはいえ3Cが仕留められるのなら『幻想』なんて仰々しい名前が冠されたりしない。


「呑気なこと言ってる場合じゃないって。入生田いりうだ達を招聘したり、『門番ヘイムダル』の余韻を見誤ったり、ウチにも責任がある。だけどしかし申し訳ない……別件で忙しくて、ウチはそっちに行けん」


 こんなに自分の非を認めるもみじは珍しかった。顔は見えないが、その声と様子で事態はそれ程に逼迫しているのだと、結良ゆうらも認識させられた。


酒梨さなせからの応援要請によりゃあ、出会でくわしたのは捻じ曲がった者クラーケンらしいが」

捻じ曲がった者クラーケン? もみじが昔、仕留めたのとは別固体ってこと?」

「そう。しかしどうもキナ臭い……ウチがヤった奴と情報が掛け離れ過ぎている」


 もみじは、これまで5体の空想級の鱗ル・ファンタスク・スケールクラスを仕留めている。


 と付いているのは、空想級の鱗ル・ファンタスク・スケールはあくまで空想のようであるからであって、仕留められてしまったらその時点で空想ではなくなる。

 つまり空想級の鱗ル・ファンタスク・スケールを仕留められる者は事実上、存在しない。

 この屁理屈じみた理論に「じゃあ仕留めたウチらを空想級ル・ファンタスク潜水士ダイバーって呼んで崇拝しやがれ!」ってキレていたが、5体の中に今回のとは別個体の捻じ曲がった者クラーケンが居たらしい。


「光学的擬態は捻じ曲がった者クラーケン固有の能力として、それ以外にいくつも全く異なる系統の能力が確認されている……あまり考えたくないが、これは号付異質同体ブルベシメールだろうな」

「ブ、号付異質同体ブルベシメール……まさかあの悪魔の研究?」

「そう。しかも潜水士ダイバーじゃなくて、空魚への技術転用」

 

 潜水士ダイバーの個人個人の代名詞のような号付ブルベ

 号付ブルベは、開発者専用の算術アリスマと思われがちだが、実は厳密に言うとそうではない。

 ただ、設計の基本思想として第三者にも使用出来るような汎用性は組み込まないのが普通だ。

 水媒子アープの使用量や変換速度、発動後の効果の調整などなど、緻密に精密に、設計する。

 だから第三者が仕組みや構造を知っていたとしても、開発者のようには発動出来ない。

 

 そして開発の継続や実戦での使用を繰り返していくうちに、開発者自身が逆に号付ブルベの性質や構造へことも多く、練度が高まれば高まるほど、開発者も算術アリスマも相互的に専用感が強くなっていくのだ。


 こういった理屈から1人の潜水士ダイバーに1つの号付ブルベというのが常識となっている。


 だが、この常識的限界を超えようと始まった研究が、かつてあった。

 それが号付異質同体ブルベシメールと呼ばれるものだ。

 1人の潜水士ダイバーに複数の名物ブルベを強制的に保有させることを目指す研究で、一昔前の算術アリスマ開発界隈のトレンドだった。


 しかし、複数の名物ブルベを保有したとして、脳や身体への負担が大きく、元々の開発者が発動した場合の半分の効果も出せなかった。

 それだけならまだしも、開発段階に生じる大きな非人道性が問題視され、トレンドはすぐに下火になった。


号付異質同体ブルベシメールって、もうどこも研究続けてない筈じゃ」

「国際ルールで禁止されたから、続けられないってのが正しい表現かもな……ただ――」


 もみじが、これまた珍しく言い淀む。


走井はしりい学園の教授陣の中に1人、かつて号付異質同体ブルベシメールの関連研究施設に居た経歴を持っているヤツがいる」

「え?」

結良ゆうら、お前もよく知っているヤツだよ……国頭くにがみ沙耶さやだ」

国頭くにがみ――」


 なんでまた、ここでも国頭くにがみの名前が出てくるんだ、と結良ゆうらは混乱した。


「ウチも、ついさっき知ったことだ。ただ、現時点で国頭くにがみがこの件に関わっているという確証は未だ無い」


 結良ゆうらは、真理まりに言われた『国頭くにがみに絡まれたり、私に出会す事なんて無かったんだろうさ』という言葉を、唐突に思い出した。

 この時は、苦手な相手を回避するって意味だと思ったが、もしかしたら真理まりは全然違う意味で言っていたのかも知れない。


「いずれにしても酒梨さなせからの報告通りであれば間違いなく、誰かが、号付異質同体ブルベシメールの研究を密かに続けていたってことだ。しかも効果付与の対象を潜水士ダイバーから空魚に置き換えることで監視の目を逃れていたってことなんだろうね」


 結良ゆうらの混乱を他所よそもみじが核心へ迫る。


「空想っつーよりは危険思想の産物だな。そしてこの捻じ曲がった者クラーケン潜水士ダイバー墜落事故に関わっているのは、状況的にほぼ確定だろう」


 ……。

 

「恐らくだが、飛泳能力を麻痺させるような能力も保有している」


 …………。

 

結良ゆうら。……聞け、結良ゆうら! もう一度言うぞ。アンタが何とかするんだ」


 ………………。

 

「じゃなきゃ、あの子ら全員死ぬぞ」

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