5-3 返したいもの

 熱い。

 熱い……でも


 この暖かさは知ってる……萌々香ももかの『緋炎コンルル』だ。


 回復系の号付ブルベ……対象者の傷を、損傷の度合いや範囲などに一切の制限無く再生するっていう、とんでもねぇ算術アリスマだ。


 傷を追っても炎と共に再生する、輪廻転生を司る伝説の不死鳥のように、真紅の炎が対象者のダメージを癒す。


 まあ即死からの蘇生は効果の対象外だとしても、このチカラが手の内にあると、戦略戦術には大きなアドバンテージだ。


 生半可な兵法使いが萌々香ももかをコマとして扱うと、この回復能力を当てにし過ぎて、傷を追うことを躊躇わない戦法になりがちだ。


 ただ、それも今回みたいな入生田いりうだ酒梨さなせが率いるような集団だとしたら、そのデメリットに嵌ることは皆無だろう。

 と言うか、そもそも『緋炎コンルル』が必要になるような状況を作らないだろう。


 そう、必要になる筈じゃなかったんだ。

 これは俺の油断が原因。


 右肩にが触れるまで、全く気配を感じなかったのは確かだ。

 でもレベルの攻撃だった。

 ちょっと負傷はしただろうが、切り落とされるようなことにはならなかっだろう。

 危険が伴うと分かっていた今回の調査で、しかも『敵』の存在が見え始めてきたあのタイミングで――

 気が逸れていた。気を抜いていた。気が緩んでいた。


 まさか、算術アリスマ待機スタンバイ状態にすらしていなかった。


 とんでもない体たらく。信じられない。

 兄が死んだ場所だから? 関係無い。

 今は今のことに集中すべきだろう?

 俺はいつも肝心な時にヘマをする。


 生半可な兵法使いは俺自身のことなんじゃないか……いつもいつも萌々香ももかのチカラを頼って。


 俺は萌々香ももかから貰ってばかり。


 初めて出会った頃もそうだ。走井はしりい学園を目指すようになった頃もそう。兄が死んだ時もそう。


 アイツがいなけりゃ今の俺は無い。


 母と共に移り住んだあの田舎で、荒んで……でも悪くなり切れない――『燻木スモルダー』なんて呼ばれていた俺に声を掛けてくれた萌々香ももか


 下らない話もたくさん聞いてくれたし、いつも笑いかけてくれた。

 だいぶ尖んがった見た目とは裏腹に聡明で、清流の源泉のような心の持ち主。近くに居るだけで、俺の心は浄化された。


 正しく不死鳥のように再生した。


 萌々香ももかと出会ってから、俺の算術アリスマには『火車の轍ドロップフレーム』っつーが付いて、コマ落ちの厳木きゅうらぎなんて通り名で呼ばれるようにもなった。


 俺は貰ってばかり。

 何も返せていない。何も、未だ。


 だから俺はこんなとこで寝てる場合じゃないんだ。

 腕をもがれてリタイアなんかしてやるものか。

 

 アイツに返したいものは、片手じゃ抱えきれない。この右腕には、まだまだ頑張って貰わなきゃならないんだ。

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