4-2 水上(むながい)の昔話
音、光、匂いといった五感の鋭さは言うに及ばず。
比較的マシになってきたのは
感覚的なもの以外にも、他人の言葉のイントネーションや言い回し、身振り素振りの変化にも敏感に反応してしまい、そこに何か意図があるのでは? と、つい詮索したくなる。
だいたいは深層心理的な問題に起因しているので、本人も変わっていることを意識していないし、認識していない。
それなのに
それで
でもそれすら
ある事件が起きるまでは。
――――その日、
……いや、出掛ける予定だった、というのが正しい表現だろう。
「この電車、乗りたくない……」
見慣れた、あるいは乗り慣れたハイパーループに何処か違和感があった。それが具体的に何かは分からなかったけど。
もしかすると停車した時の車体の傾きがいつもより反時計回りに数ミリ深かっただけかも知れない。
ただ、得体の知れない危うさみたいなものを感じた。
――そしてもう1つ。
それとは別に、乗車待ちの列の中にも違和感があった。
その男性客とは全くの他人であったが、今まで無数に見てきた『これからハイパーループに乗り込む人』の
仕事でも休暇でもない。何かのイベントへ向かうようなそれでもない。
1つなら気にしなかったかも知れない。でも2つの別々の違和感が同時に目の前にある時、それは何かの前兆のように感じた。
あれこれ理由を付けて家族をそのハイパーループに乗せないように画策したが上手く行かなかった。
それでも――自分はどうしたって気持ち悪くて、それには乗れない。
仕方なく『お弁当を買っていたら乗りそびれた』
果たして――
その次発のハイパーループで、
かれこれ10年も前の話だが、完全には原因が特定されていない大事故。
この事故で、多数の犠牲者・負傷者が出たが、その主な死因は爆発による四肢の損傷や、炎や熱風による熱傷、煙を吸い込んでの窒息などである。
……ただ、爆発した前方車体から遠い、後方車両に全く別の死因で亡くなった方が十数人居た。
彼らは皆、失血性のショックで亡くなっていた。鋭利な刃物のようなモノで、首を切られたり腹部を複数箇所刺されたりしていたらしい。
車内での切り付け――閉鎖空間で起きた通り魔だった。
そこでの犠牲者も、結局は爆煙に巻き込まれてしまったので本来の死因や身元の特定に時間がかかった。
切り付けの張本人も凶行後に爆炎に呑まれ、その犯行動機も灰になってしまった。
一瞬にして家族を失い、絶望の中に居た
切り付けの犯人は乗車記録や、奇跡的に生き残った乗客の証言等によって特定され、顔写真が公開された。その姿を、
それは、自分達の前に並んでいた、あの男――
「……足の骨を折ってでも、引き留めるべきだったよね」
今でも思い出す。そして後悔を反芻する。何度も、何度も。何度も、何度も。
爆発事故と、通り魔事件が同時に起きるという、異常な出来事は当時のニュースで、ひっきりなしに取り上げられた。
そしてマスメディアは当たり前のように遺族を見付けだし、晒し者にした。
しかし
「何故、そんな質問をするのか」
「その質問にどんな意味があるのか」
「意味を持たない質問に私が答える必要はどこにあるのか」
「このやり取りが、あなたの人生にどんな影響を与えるのか」
「私がどんな風に言えば、あなたの期待に応えられるのか」
「期待に沿った言葉を得られたら、あなたのお給料はいくらか上がるのか」
「上がらないなら、どうしてここにそんな労力を割けるのか」
「その攻撃的な口調は、私を泣かせるためか」
「私が泣いた方が、見た目がいいのか」
「私が泣いたら、あなたの何かが満たされるのか」
「こんなことをしないと満たされないほど、下らない人生を歩んでこられたのか」
「私を憐れんでいるのか、それとも憐れんでほしいのか」
家族を亡くした10代の子供が、大きく澄んだ瞳を真っ直ぐ向けて、こんな物言いをしてきたら、それこそ不気味だった。
そうして、あっという間にマスメディアを退けた。
大衆の前で
この辺りで
このチカラを使って、人を壊すことは容易だが、救うことは難しい。
「でも、今は違う」
違和感に気付いても、対処しきれないから言い淀んでしまった。強く引き止められなかった。
でも今は、対処するだけのチカラがある。
相変わらずこの感覚の鋭さは嫌いだが、それも自分の一部。蔑ろにはしない。
「僕が嫌われるだけで救える命があるなら、僕は進んでその役を演じる」――――
「――皆! そろそろ次の現場、ロイヤルゲートホテルだよ」
「1年と半年くらい前……陰謀論……その発端となった事件、『ロイヤルゲートホテルの惨劇』……」
何で忘れていたんだろうと
「
35階層の摩天楼が、もう目の前にあった。
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