4-2 水上(むながい)の昔話

 水上むながいは自分の感覚の鋭さを嫌いながら生きてきた。

 

 音、光、匂いといった五感の鋭さは言うに及ばず。

 潜水士ダイバーになる前もなった後も、酷いうねりサージ酔いにずっと悩まされてきた。

 比較的マシになってきたのは走井はしりいに入った頃からだ。

 

 感覚的なもの以外にも、他人の言葉のイントネーションや言い回し、身振り素振りの変化にも敏感に反応してしまい、そこに何か意図があるのでは? と、つい詮索したくなる。

 

 だいたいは深層心理的な問題に起因しているので、本人も変わっていることを意識していないし、認識していない。

 それなのに水上むながいから「変わったよね?」「変えたよね?」「何で変えたの?」と詰められたたりするもんだから、皆疎ましがった。

 それで水上むながいと距離を取ろうとする人は多かった。

 

 でもそれすら水上むながいは「そういう理由で変わるのね!」と飄々としていた。

 研究標本サンプルが増えて嬉しいと言わんばかりに。

 

 ある事件が起きるまでは。

 

 ――――その日、水上むながいは家族とハイパーループで旅行に出掛けた。

 ……いや、出掛ける予定だった、というのが正しい表現だろう。

 

「この電車、乗りたくない……」

 

 見慣れた、あるいは乗り慣れたハイパーループに何処か違和感があった。それが具体的に何かは分からなかったけど。

 もしかすると停車した時の車体の傾きがいつもより反時計回りに数ミリ深かっただけかも知れない。


 ただ、得体の知れないみたいなものを感じた。

 

 ――そしてもう1つ。

 それとは別に、乗車待ちの列の中にも違和感があった。水上むながいの家族の前に居た男性客から放たれた違和感。

 その男性客とは全くの他人であったが、今まで無数に見てきた『これからハイパーループに乗り込む人』の研究標本サンプルの、そのどれにも当てはまらない雰囲気。


 仕事でも休暇でもない。何かのイベントへ向かうようなそれでもない。

 

 1つなら気にしなかったかも知れない。でも2つの別々の違和感が同時に目の前にある時、それは何かの前兆のように感じた。


 あれこれ理由を付けて家族をそのハイパーループに乗せないように画策したが上手く行かなかった。

 それでも――自分はどうしたって気持ち悪くて、それには乗れない。

 仕方なく『お弁当を買っていたら乗りそびれた』ていで無理矢理、次発の電車に変更した。

 

 果たして――

 その次発のハイパーループで、水上むながいが家族に追い付くことはなかった。

 

 水上むながいの家族を乗せて先に出発した電車は、次の駅に着くことなく、そのまま爆発炎上した。

 

 かれこれ10年も前の話だが、完全には原因が特定されていない大事故。

 この事故で、多数の犠牲者・負傷者が出たが、その主な死因は爆発による四肢の損傷や、炎や熱風による熱傷、煙を吸い込んでの窒息などである。


 ……ただ、爆発した前方車体から遠い、後方車両に全く別の死因で亡くなった方が十数人居た。

 彼らは皆、失血性のショックで亡くなっていた。鋭利な刃物のようなモノで、首を切られたり腹部を複数箇所刺されたりしていたらしい。


 車内での切り付け――閉鎖空間で起きた通り魔だった。

 そこでの犠牲者も、結局は爆煙に巻き込まれてしまったので本来の死因や身元の特定に時間がかかった。

 切り付けの張本人も凶行後に爆炎に呑まれ、その犯行動機も灰になってしまった。

 

 一瞬にして家族を失い、絶望の中に居た水上むながいへ知らされた家族の死因は、失血性ショック死だった。

 

 切り付けの犯人は乗車記録や、奇跡的に生き残った乗客の証言等によって特定され、顔写真が公開された。その姿を、水上むながいは知っていた。

 それは、自分達の前に並んでいた、あの男――

 

「……足の骨を折ってでも、引き留めるべきだったよね」

 

 今でも思い出す。そして後悔を反芻する。何度も、何度も。何度も、何度も。

 

 爆発事故と、通り魔事件が同時に起きるという、異常な出来事は当時のニュースで、ひっきりなしに取り上げられた。

 そしてマスメディアは当たり前のように遺族を見付けだし、晒し者にした。

 

 しかし水上むながいは、自身に向けられる好奇な眼差しや声を全て受け止め、真っ向から切り返してみせた。

 

「何故、そんな質問をするのか」

「その質問にどんな意味があるのか」

「意味を持たない質問に私が答える必要はどこにあるのか」

「このやり取りが、あなたの人生にどんな影響を与えるのか」

「私がどんな風に言えば、あなたの期待に応えられるのか」

「期待に沿った言葉を得られたら、あなたのお給料はいくらか上がるのか」

「上がらないなら、どうしてここにそんな労力を割けるのか」

「その攻撃的な口調は、私を泣かせるためか」

「私が泣いた方が、見た目がいいのか」

「私が泣いたら、あなたの何かが満たされるのか」

「こんなことをしないと満たされないほど、下らない人生を歩んでこられたのか」

「私を憐れんでいるのか、それとも憐れんでほしいのか」


 家族を亡くした10代の子供が、大きく澄んだ瞳を真っ直ぐ向けて、こんな物言いをしてきたら、それこそ不気味だった。

 

 そうして、あっという間にマスメディアを退けた。

 大衆の前で水上むながいの逆詰問に晒され、そして潰された者たちは自尊心を深く傷付けられ、業界から引退した者や、精神的に病んでしまった者も居るらしい。

 

 この辺りで水上むながいは自分のを認識し、しかし嫌悪した。

 このチカラを使って、人を壊すことは容易だが、救うことは難しい。

 

「でも、今は違う」

 

 潜水士ダイバーとしての高い技術と、優れた算術アリスマを手にした水上むながいは、違和感を取りこぼさない。

 違和感に気付いても、対処しきれないから言い淀んでしまった。強く引き止められなかった。

 でも今は、対処するだけのチカラがある。


 相変わらずこの感覚の鋭さは嫌いだが、それも自分の一部。蔑ろにはしない。


が嫌われるだけで救える命があるなら、は進んでその役を演じる」――――



「――皆! そろそろ次の現場、ロイヤルゲートホテルだよ」


 入生田いりうだが発した、そのワードで水上むながい断片ピースが繋がった。


「1年と半年くらい前……陰謀論……その発端となった事件、『ロイヤルゲートホテルの惨劇』……」


 何で忘れていたんだろうと水上むながいは自分で自分を不思議がった。


走井はしりい学園の学生が沢山亡くなった大事故だ……あの事故から巻き起こった第二の水アナザーウォーターの陰謀論。その話題を入生田いりうだクンに持ち出されて、塒ヶ森とやもり先輩は、その話が広がるのを見えたんだ」

 

 35階層の摩天楼が、もう目の前にあった。

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