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4-1 ボクっ娘は考える

 潜水士ダイバーの飛泳能力の差は、主にキックの巧さに出るんだよね! と水上むながい心春こはるは思う。


 突き詰めれば1回1回のキックで、どの位の飛泳距離とスピードが出せるか。そこに尽きる。

 潜水士ダイバーの飛泳に於けるキックとは、物理的な蹴りの動作と、第二の水アナザーウォーターの圧縮爆発の合わせ技のことを指す。

 一瞬で圧縮できる第二の水アナザーウォーターの量やその速度、そして爆発と蹴りのタイミングを合わせることが肝だ。


 技術的なカテゴライズでいうと、第二の水アナザーウォーターの圧縮は無銘アノン念動力サイコキネシスに近い。


 勿論、抵抗を減らす全身のしなやかさや、バランスを整える手の捌き方も大切な要素ではあるが、大元のエンジンたるキックにパワーが無ければ始まらない。


「やっぱり入生田いりうだクンと厳木きゅうらぎクン、それに香織かおりチャンはが上手いなあ!」


 男子の2人が、蹴りも圧縮爆発のパワーがあるのはわかる。しかし、そのパワーを逃がさず漏らさず、全て推進力に変える技術が最早、芸術的だと水上むながいは溜息を吐く。


 一蹴り一蹴り、グンと進むこの泳法は、パワーストライドと呼ばれるが、その弱点とされがちな左右のアンバランス感もほとんど見られず、いちいち体が左右に振られたりしない。


 じゃあ先頭3人の中で紅一点の酒梨さなせが、その中で見劣りするかと言えばそんなこともない。

 酒梨さなせは、2人のように両足を別々に動かすタイプのキックではなく、両足を揃えて打つ泳法――ドルフィンスタイルを得意とする。


 片足キックの連続よりも、腰から背中まで、より広く長く筋肉を連動性させて、大きなパワーを生み出している。

 学園でも屈指のスピードである入生田いりうだ厳木きゅうらぎに、ドルフィンスタイルで全く引けを取らない酒梨さなせもまた至高の域。


「いずれにしてもレベルが高過ぎるし、無駄が無さ過ぎる! 勉強になるけど、参考にはならないかな」


 先頭の3人の飛泳スキルを見ているうちに水上むながいは、心に引っかかっていたある違和感を思い出した。


「……そう言えば……あの時! 何で塒ヶ森とやもり先輩は、隊長を入生田いりうだクンにして、副隊長を香織かおりチャンにしたんだろう?」


 ライセンス等々のレベルで見ればトップは入生田いりうだ、次点が厳木きゅうらぎである。

 順当に考えれば、この2人を隊長副隊長に据えるべきだ。


 確かに酒梨さなせは、算術アリスマ的にも実績的にも危険性空魚についてとことん詳しい。

それを加味したのではという推察もできるが、だからといってライセンスの序列を覆す程の要素にも感じられない。


「それなら別に参謀で良いし! 順当に上から選んだって3番目は香織かおりチャンなんだし! ……あれ、ちょっと待って! 番目が謀……ホラ、こっちのが良い……ふふふ」


 自分で言って自分で笑った。


 水上むながいは一応、周囲には聞こえないように小声で呟いている。が、語尾を強く言い切る癖があって、ほとんどのセリフに感嘆符が付いて聞こえる。


「でも、いざって時のために、厳木きゅうらぎクンの電光石火! 先手必勝! 不意打ち御免! の戦闘力をフリーにしておくのは案外良いのかも?」


厳木きゅうらぎ』――彼が居ると、ほとんどの戦闘状況はコンマ5秒程度で収束してしまう。

 一学生ながら既に、警察からの要請で立てこもり犯や暴徒の制圧といった危険な現場をいくつもこなしている。

 だからその戦力・機動力をフリーに……という判断もアリかも知れないが――


「でも多分、と同じ違和感を言問こととい先輩も感じていたよね? 香織かおりチャンの『嫌じゃないです』発言が先輩を萎縮させてたからなのか、スルーしてしまっていたけど!」


 水上むながいは目を閉じて『塒ヶ森とやもり先輩は厳木きゅうらぎクンとのかな? きっと皆と同様に初対面の筈だけどなぁ』と首を傾げた。


「おーい、遅れてるよう」


 ――すかさず後ろから小撫こなでの声がした。目を閉じたのは1秒にも満たない僅かな時間だった筈だが、その刹那にもズレと遅れが生じてしまった。


「うおっと! しまった、ごめんごめん! が気を抜いて良いようなメンバーじゃなかった!」


 この7人の中で、こと飛泳速度に関しては自身が最下位だと水上むながいは認識している。


『だから隊の中程に配置してもらっているんだった! まずいまずい』と水上むながいは姿勢を正した。自分のキックに意識を割いた。


 水上むながいの飛泳は、細かく足を打つピッチスタイル。

 細かく打つのは簡単だが、力が発散しがちで高速飛泳には向かないというのが一般的な見解。

 しかし水上むながいは、ストライドやドルフィンは小柄な自分に合わないと判断し、ピッチを選択した。


 努力と研究の積み重ねにより、ピッチならではの機敏性・俊敏性を残したまま、前人未到の速度を手に入れた。

 先頭の3人や他のメンツと比較して、自分を低く見積もりがちだが、彼女もまた1つの頂点的存在。

 ピッチスタイルで水上むながいの右に出るものは居ない。


「飛泳しながら考えるのは良いけど、目を瞑っちゃダメだね!」


 隊長・副隊長の人選は、結良ゆうらの中で何らかの意図があるのだろうと、取り敢えずはそう思っておくことにした。

 

塒ヶ森とやもり先輩は、意味無いことはしなそうだけど、意味有ることのその意味は隠しそうなんだよね……」

 

 そう呟く水上むながいの心の中にもう1つの違和感が去来する。

 

 塒ヶ森とやもり結良ゆうらが意図的に避けたように感じた話題が。さり気なく、話題をすり替えたような。


 それまでの結良ゆうらの会話の作り方からして『そこ広げないんだ?』と水上むながいが感じた瞬間。

 

 意味無いことをしないとするなら、その避け方にも何か意味が有るような気がしてくる。


 ――それと同時にこの7人の中にも、ピリついた雰囲気出した人が居た。


「多分、以外は気付いてない……でもきっと大切な何か」

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